官能小説家と結婚した友人との話

飯田三一(いいだみい)

1つめの話「天然焦らしプレイ」

彼女は、高校の時からの友人だった。その頃はわかりやすくお嬢様って感じで、そのお嬢様加減を嫌悪して寄り付かない子もいた程だった。そうしていた人に言ってやりたい。今この人下ネタ星人になってるぞ。と。


「いつもありがとうね」

「いやいや、私も面白くて来てるんだから」

いつものカフェだ。専業主婦の彼女は、同じく専業主婦な私と新居がたまたま近かった関係で再会した。

「早速なんだけれどさ」

「うん」

ここから始まる話はあくまで愚痴である。決して観客が私1人の漫談ではない。

「昨日の晩、夫に押し倒されたの!ベットに!」

「ほう」

「なんかそのまま夫も私に包むように来るじゃん!それで耳元に口を寄せてきたの!」

「じゃあついに?」

「いや『こんなシチュどうかな』って」

「えー…急に現実に引き戻されるな」

彼女の夫について軽く触れておくと、まず官能小説、つまりエッチな小説を書いているお方だ。だがしかし、彼は童貞らしい。全然してくれないらしい。

「そうなの。だから私ね『ドキドキしたよ。ついに本番してくれるかと思っちゃった』(はーと)って言ったのよ。っていやなんで私が誘ってんだ!」

セルフツッコミを挟む。

「で?」

「『ありがとう、参考になった』ってソノ気な私をベットの上に放置してそのまま去っていったの」

「意図せず焦らしプレイ!」

「天然焦らしとかある?私聞いた事ないんだけど」

いや数年前のあなたSEXさえ知らないんじゃないかって程のそれだったけど

「なんかもう、絶句よ。1人ベットルームで心拍数と妄想力だけが上がり続ける空間よ?なんよそれもう」

「ふふっ…寂しさしかないな…ンフ…」

なんだか気持ち悪い笑いがコロコロ出てきだす。

「それでもう風呂入ろうと思って脱衣所で服脱いだらさ」

「うん」

「一丁前に湿ってんの。もうなんか馬鹿らしくなってきてさ、湯船で一生虚無。もう一生の虚無よ虚無」

「目にハイライト載ってないあんたの姿が手にとるように見えてくるわ…フフ」

別に大笑いはしないけどなんだか気持ち悪くフフフフ言いたくなる感じなのだ。わかって欲しい。

「それで虚無のまま服着るのもめんどくさくなってきて、リビングでバスタオル頭と体に巻いて虚無ってたら飲み物飲みに夫がリビングにやってきて『エロいね。かわいいよ』っていうのよ。爽やかスマイルで!」

「一言目がなければもっとよかった…!」

「もうそれは慣れたからいいんだけどさ、もうそれなら抱けや童貞!って言いかけたのを堪えるので必死だったって話」

「もう焦らしとかの次元じゃないね。それもう怒りだよね」

「そう!そうなのよ!純粋な怒り!エロいなら抱け!もう抱いてくれ!って言いたいのよ」

「とんでもない肉食系女子だね」

「うちの夫はとんでもない”性“物兵器育成してらっしゃるようでして」

「いつか襲うだろあんた」

「なんかそれはプライドが許さんのよね。あくまで27年お淑やか気取ってきたし」

「あ、気取ってる実感あったんだ」

「嫌われてるのも知ってたよ。でも今はそこじゃない」

さらっと暴露された。そして流された。

「そこまでして続けてきたものを曲げたくないじゃん?プライドが高いわけじゃないの!」

「プライド高い人ほどそういうこと言うよ」

「私は違う!本当に高かったらこんなカフェで大声で下ネタ喋らんでしょ!」

「…確かに」

言われてみればそうだ。

「あーでね、話戻すんだけどさ」

「うん」

「そのまま夫に私のさっきの心の中のセリフを最大限オブラートで包んで『エロいなら、私を襲ってもいいんだze⭐︎』(ウィンク)したのよ。もう。最大限のオブラートでこれよ?」

ちなみにこの(ホニャララ)はしっかりカッコホニャララと言っている。キモいオタクしかカッコまで喋るやついないだろという私のこれまでの偏見はこの人によって完全に排除された。

「オブラートってなんだっけ」

「私も思うよ?シラフでこれ言ってる私やべーなぁーってわかってんのよ?でもね。もうなんか色々収集つかなくなってきてんのよ。わかる?」

わからないわけがない。

「プライドと本能の葛藤的な感じでしょ?」

「いやプライドじゃないけどまあそんな感じ」

「あくまでそこは否定するのね」

「うん。意地だよ。意地と言って」

「はぁ…?何か違う…?」

「違うよ!ググれ!ググってみやがれggrks!」

ボルテージ上がりすぎて気性が荒くなってる彼女から目を逸らし、小さい鞄からノールックで取り出したスマホに目を向け調べる。

プライド—自尊心からくるもの

意地—虚栄心からくるもの

「ってこれ意地の方が酷くない!?」

「そうなのよ!別に自分を尊んでしてる行動ではもはやないのよ!」

「なんか難しい話になってきたな」

「つまり、つまりだ。私は夫とセックスしたいんだ〜!!!!」

「IQズルズルに落ちてった」

「以上!天然焦らしクソ夫とそれに乗せられて性欲オバケになった妻の話でした!!」

ジャカジャン!彼女は机に手を置き、それっぽい礼をする。

「今何時」

「一時半」

「じゃあそろそろ帰るか」

「そうだね〜」

こうして解散して其々午後の家事に就くために家に帰る。下品な話などなかったようにいつも通りに家路に着くのだ。

けれど私はこの後寝るまでの一日、彼女が言った「もうそれなら抱けや童貞!」が1日頭から離れなくなった。

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官能小説家と結婚した友人との話 飯田三一(いいだみい) @kori-omisosiru

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