第四章"STARDUST"─10



一目瞭然だった聖都側に傾いていた戦況。

数と質を揃えた騎士たち。

全ての要素において完全であったデイビッド。

そしてあらゆる面で無敵だったスカイライト。

戦況を整え、連携が練られており、当たり前に強い彼らは、当たり前に優勢となっていた。


しかし─────


『─────どうか、負けないでください!』


その言葉により、聖都の空気は一変した。

ここでは無い何処かから、しかしそれは現人神アースガルドからの声ではない。


戸惑いを隠せない、デイビッドを除く騎士達。

しかし群にいる者の中で、特にネネカは分かっている。

頑張りすぎる優しい少年の声を。


「マサト・・・。」


犠牲などなっていないのだと。

新天地アースガルドに呑まれたとはいえ、堕ちてはいないのだと。

そう、全ての前提がひっくり返った。


「なに・・・身体が鈍いだと・・・!」


最初に異変を感じ、最も意表を突かれたのはスカイライトだった。

理由は分からない、いや・・・直ぐに理解出来た。

だからこそ、誰よりも一番驚いていた。


大源オリジンとの意思が乖離しているのか・・・!」


そして、その影響はそれだけに留まらず。


「・・・これは、いったい。」

「奴の動きが鈍った・・・!」

「これなら・・・!」


配下である、遂行絶剣ブルンツヴィークにも影響が出る。

レイジとソラリスは絶好の機会とばかりに立て直す。

さて、こちらにも影響が出るならば当然。



「相手の動きが鈍い・・・。」

「隙が出来る、後は為すべきを為すのみ。」


タフィーと厄魔たちがいる戦場の騎士たちもまた、同じこと。

タフィーの剣戟と、厄魔の不意打ちが先程より遥かに通用する。

いずれは立て直すのだろうが、こんな事態になった時点で相手側の動揺はあまりに大きく。

致命的に戦況が群側に傾いた。






「聖都側にいる全員の動きを鈍くする祈りさ。

俺とスカイライトは同じ存在だから抵抗されるものの、それでも新天地アースガルドの主導権は俺だ。

だから当然、こんなことも出来る。」


新天地アースガルドの中で、光実は次なる手を打つ。

必ず自分自身スカイライトに引導を渡すべく────



「────転移、いや魔法を封じられただと!」

「もし負けた場合、魔法を使って逃げるつもりだったみたいですが・・・もう、逃がしません。」


ピースが対抗策が無いとした、もし優勢になっても逃がしてしまうという懸念はこれにて無くなった。


何があったのかは分からない、しかし少年マサトが頑張っていたことだけは確信する。


「そう、


故にスタミナを使い果たしたはずのネネカは、いま再び闘争の息吹を取り戻す。

スカイライトはこの影響下でも直ぐに立て直すものの、しかし今度こそ互角まで持ち込まれていた。




厄魔は、余裕が出来た一瞬でふと思い出した。

空虚になり、後は朽ち果てるはずの老体でも、そしてなぜ主亡きいまも戦うのか。


「為すべきを、為す。」


彼は忍びゆえ、ただこれのみ。

無論、新天地アースガルドならば叶うのだろう。

此方の主義主張あらゆる全てを叶える星は、確かに無敵なのだろう、認めるとも。

しかし、やはりそれは己にとってだから。

主が居なくなり、全てが空虚になった枯葉でも、そんな夢に堕ちるのは情けない限りだろう。

だから抵抗する。

大層な思想はないが、それでもこれが己の生き様として刻むがいい。



「そう、じゃないとぼくは納得しないから。」


タフィーはこれ以上長く、戦場にて剣を振るう。

新天地アースガルドは、ああ確かに素晴らしいのだろう。

シュディールと一緒に、ずっとお世されたり甘えたり、甘い夢を見続けるのだろう。

だけど、故郷の病は?

自分たちが探していた病を治す方法が、結局ないまま夢に堕ちたら現実は助からないだろう。

だからちゃんとやりきって、褒めてもらって、一緒に探すんだ。

剣を取り戦い続ける理由は、それで充分だ。




「呆れるわね。この期に及んでまだそのままなんて。」

「愚問だろう、俺の異名はもう知っているだろう。」


いついかなる時も、神の遂行絶剣ブルンツヴィーク────現人神ヴェラチュールの刀剣なれば。

ソラリスの呆れた言葉に、やはりというか私情の欠片もありはしない。

主君の敵はただ斬り捨てるのみであると、虚空を切り裂く究極剣技が、未だに豪雨のように放たれる。


しかし、迫り来る煌めきを二人は真っ向から迎え撃つ。

鈍ったあとの動きを、見逃す二人では断じてない。

ほとんどその剣技で乗り越えた実力は伊達では無い。

更に自分の技は、何より自分が知っている。

そんな鈍になった剣技が、二人に通用するはずもない。

そんな戦況の変化に、神の剣は薄く笑った。


「見事だよ、流石は頂点に近し若き剣士たち。やはり貴公らこそ我が好敵手うんめい

つまらぬ男に生きる目標を授けてくれる、唯一無二に他ならぬと─────」

「寝言を言うな、そんなの。」


レイジは自分が後から驚くほど、冷ややかに、そして淡々にデイビッドの言葉を遮った。


「主君の命令以外の自分も、そして自分探しも命令のうちの癖に笑わせないでよ。

貴方は単に今この時も、主君の神託ことばをなぞり続けているだけじゃない。」


目に見える刃より、より鋭い真実ことばが突き刺さる。


「──────。」


そして、鼓膜に響く敵手の言葉にデイビッドは無言だった。

違うと言うべき、なのだろう・・・恐らくは。

しかし本当に、心から自分はそう思っているのか?

のは、つまりそういうことなのでは?


などと、疑念を感じながらも絶技の嵐は止まらない。

心を乱してこれ以上鈍らせるのは間違いであり、勝つために最善を尽くすのは正しいから。

どこまでも一切の可愛げなく、彼は今もひたすらに敵を刈り取る無双の剣であり続けた。

悲しくなるほど命令に忠実な、を誇っている。

故に─────


「──────ぐ、ぁ」


決着は、どこまでもに訪れた。

そう、何もおかしなことはない。

弱体化したデイビッドの総合値ステータスを、二人が再び奮起したことにより万全となった総合値ステータスが上回ったから勝利を掴んだだけのこと。


デイビッドの左腕が斬り飛ばされ、更に連撃で胴体を斬る。

寒々しい幕引きはいっそ物悲しいほど明瞭で、笑ってしまうほど当然だった。


「お前は紛れもなく強かったよ。残酷で容赦のない、無慈悲な理屈の体現者だ。」


才能も、努力も、環境も、運も、師に至るまですべて、という当たり前の理屈を体現した、完全無欠の絶対剣士、だがしかし─────。


いや、或いはだろうか。


「だけど貴方は、物語うんめいだけを欠片も持ってないんじゃない?」


自分より大切な誰かや、守るべき民草への親愛。

それに興味さえ抱くことなく、無関心に神の敷いた秩序ルールへ倣い続けた結果がこれだった。


もし彼が、目の前の二人のように自分から出会い、そして駆け抜けて多少でも他者と仲を深めていれば────そう、うんめいは何処にでもあったはずだ。

宿敵でも、好敵手でも、或いは護るべき者にもそれこそ無限に出会えただろう。


けれど最後までデイビッドはこの様だった。

遂行絶剣は文句なく史上最強を誇りながら、どこまでもよく斬れる現人神の道具でしかなく・・・ああ、ゆえに。


「今は砕けなさい、無意味な遂行絶剣ブルンツヴィーク。」

「お前の運命は、お前が探してくれ。」


敗北という事実だけを残して堕ちるのだ。


「否、まだだ、まだ終わらぬ────などと咆哮できぬから我が身は所詮、刀剣か。」


奮い立たせようとする心は当然、まるで鼓動を鳴らさない。

奇跡も覚醒も起こせぬまま、運命の車輪を回す歯車は部品に過ぎない自分自身に小さな自嘲の笑みを浮かべて・・・


「・・・無念だ、初めて口惜しい。」


ほんの小さな、常任では悔いとも言えない一握りの悔恨を口にしながら、二人の剣の柄にて意識は彼方に消え失せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る