第四章"STARDUST"─9



「─────馬鹿野郎ッ!」


優人の真実の願いに、光実は焦りを見せる。

本当に、優人は自分の為に何も望まないのか。

少年があまりにも、自分の幸福に無欲だったことに嘆き、同時に焦る。


唯一、スカイライトの真実を望んだ優人に興味を抱いたことから発生した不具合バグの影響は致命的だった。

基本的に、主である蒼空光実との接触は不可能である。

しかし接触してしまったが故に、この中枢は最早光実と優人による二人の世界だ。


・・・それでもなお、景色は叶えようとする。

砂浜から見える景色は明瞭になり、見覚えのあり過ぎる光景へと変貌する。

二人の世界ならば、片方が拒絶すれば願いは叶わない。

最悪、また世界が分断される。

光実はそう望んだつもりなのに────


「止まらない・・・ああ、畜生・・・!」


そう、世界の構築は止まらない。

まず一つ、ただの心優しい少年を拒絶できる悪性を蒼空光実は持ち合わせていない。

そしてもう一つ、それは蒼空光実がホープとの再会を望んでいるから─────


「違うッ!違うだろ!

俺はまだ、まだ誓いを果たせてない!」


頭を抱え、首を振りながら言うもそれは届かない。

真に奥底の願いをこそ、新天地アースガルドは叶えるのだから。


優しく優人は見守り続ける。

微笑んで、どうかもう一度再会して話し合って欲しいのだと。


そして、高すぎる新天地アースガルドの完成度が、特例で許されたミズガルドからの来訪と滞りなく接続される。


「嘘、だ・・・」


駄目だ、駄目だ、拒絶しなければ。

でも出来ない、そんなことやっちゃいけない。

でもやらなきゃ、あの時の誓いは・・・それでも、を拒絶などできない、したくない。


そう、つまり─────


「―――また会えたね、ミツザネ」


空と海の境界線が映るあの景色、晴れ渡る視界に予期せぬを見た。喉は枯れ、意識が凍る。耳をくすぐる最愛の声に息をのみながら彼女の名を呟く。


「―――――ホープ。」


遥か昔に看取った最愛の妻を前に数多の願いを見届けた男は呆然と佇む。見渡す景色は恐ろしいほど二人が出会ったあの日のまま。

滄劉にたどり着いてたどり着いて出会った運命が、もう一度此処に再現される。


理解が追いつかない。

いいや、半分以上はこの新天地アースガルドの仕様のままだ。

それでも目の前の彼女は、夢じゃない。

それが何なのか思考したくても・・・ああ、ダメだ。


「―――もう、いいんだよ。ミツザネは頑張ったんだよ。

私が先に逝った後もたくさん失って、たくさん傷ついて、それでも涙をぬぐっては立ち上がってきたんでしょ?


あんな強がりが上手くなるまで駆け抜けて・・本当に、真面目で変なやつなんだから


―――大丈夫、ミツザネを私はすべて受け止めるよ。

良いことも悪いこともしたけど、そんなの別に気にしない。


たとえ世界のあらゆる人がミツザネを嫌っても、私だけはあなたの歩んだ足跡を一つ残らず抱き締めるから。


だから、お疲れ様ミツザネ。

ここまで必死に駆け抜けたミツザネの妻であることを、私は誇りに思うよ。


だからそろそろ、自分を許してあげて。

私の大好きな男の人を、ちゃんと認めてあげて。

ただそれだけを、私は我儘に祈るよ。」



そして、花のように大好きだった笑顔を向けて



「―――そして願わくばもう一度、優しい笑顔を見せて。


―――愛してるよ、ミツザネ。」


「うぅ、うぅぅ・・・ああぁあぁぁっ!!!」


囁く想いがあまりに、あまりに優しくて、もうそれで完全に駄目だった。


涙が止め処なく溢れ出し、心の堤防が決壊する。

手に触れた温もりへ許しを請う罪人のように現人神の使命は瞬く間に息絶えた。


代わりに残る蒼空光実というちっぽけな男は、訪れた再会の奇跡にもはや立ち上がることすらできない。


心が、思い出が、魂が、目の前の彼女が紛れもなくかつて自分を幸せにした、最愛の女性だと叫んでいた。

如何なる理屈や原理で、という無粋な疑問など頭の端にも浮かばない。いや、そんな真実を暴いた瞬間に目の前の妻が消えてしまう想像の方が何兆倍も耐えられなかった。


「どうして、俺は・・・お前と一緒に死ねなかったんだ。

こんな不老からだになった後で、出会ってしまったんだ。


同じ様に歳を重ねて生きたかった。背丈が伸びて、大人になって、小さな苦楽を共にして・・・そしていつか、お前の隣で皺くちゃのお爺さんになれていたら・・・ッ!


それだけで蒼空光実は良かったのに!

世界で一番、誰より幸せだったのに!」


震える喉が、ずっと溜め込んでいた悔恨を滲ませていく。誰にも言えずひた隠しにしていた本音が罅の入った我慢の器からあふれ出した。


穏やかな限りある人生を、すべてとすることが出来ていたなら、このささやかな愛と生死を共にできていたらそれだけで良かったのだ。


終わらないから前を向いて進む以外に道がなく、彼女が愛した男の笑顔を過去に置き去りにして、そして気づけば合理と革命の怪物になっていたなんて────。


「ごめん、ごめんなホープ・・・!こんな神様にならなくちゃ、歩くことさえ出来なくて!人間のままでいられなくて!お前を信じてくれた俺を忘れて……ごめんなさい、ごめんなさい!」


後悔に滂沱の涙を流すどこにでもいる迷子にんげんを慈愛の抱擁が包み込む。


「―――愛してるよ、ホープ。」






「・・・だから、先に待っててくれ。

俺も後で行くから。」


そう言った光実を、ホープは見守るように離す。


「最期の責任を、ちゃんと果たさなきゃ。

俺だけじゃなくて、独りぼっちのスカイライトあいつも終わりにしてあげなきゃいけないからな。」

「・・・うん。いってらっしゃい。

待ってるからね。」


それが幾星霜かかろうとも、或いは一瞬でも必ず約束は果たされるだろう。

もう蒼空光実は、現人神ではないのだから。

最期の役目を果たしたその時こそ、再会に間違いはないだろう。


「・・・優人、ありがとう。

そして、悪かったな。」


優しく、そして涙しながら見守った少年に、只人として光実は向かい合う。

巻き込んですまなかった、優しい夢を見せてやれなくてすまなかった、と。


「・・・いいんです、でももう一つ我儘を良いですか?」

「言ってみな。」

「みんなに、声援を送りたいんです。」


涙を拭って、ならばと優人はようやくを言う。

そう、まだ終わっていない。

外ではまだ、みんなが戦っているはずだから。


「じゃあ景気よく、吠えてくれ。

俺が必ず響かせるさ。」

「はい・・・!」


息を吸って、そして。


「─────どうか、負けないでください!」


それは聖都に、誰にも聞き逃させずに響いたのだ。

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