第四章"STARDUST"─8
「さて、お前には何を話せばいいだろう。
それとも、語るに及ばずなのかな。」
「僕にも、わからない。
・・・でも。」
この人は、僕のすべてを見たというのなら・・・。
「スカイライトさんに対して思ったことは、同時にあなたへの思いでもあるんです。」
どうか止まってほしい。
人からずっと離れてしまった哀れな怪物に、どうか休みを与えたい。
けれど自分にはそうすることはできないから、こうして口にする以外ない。
当然、スカイライトと同じように長い時をここで過ごしてきた蒼空光実は苦笑を浮かべるほかない。
そうだとしても、こちらは大きな誓いがあるのだと。
そう、困ったような笑みを浮かべた。
「・・・そうは言われてもな、ああ畜生。」
でも、その様子はやはりスカイライトとは大きく違った。
失い、そして離れていったあの日からずっと、ずっとそのままの蒼空光実で在り続けた
「悪いな。
お前とは分かり合えないのに、けれど説き伏せることはできないだろうし、そしてお前を倒したいとも思わない。」
そう、この時の彼はまだ只人だから。
優先事項のために傷つけるという選択を取れない。
それは優人が、文字通りの優しい人だから。
誰も殺したことがない、優しいだけの・・・いいや、優しくてけれど自分を大事にしない賢いお馬鹿さんだから。
そんな人間を、どうして傷つけようと思うのか。
「・・・少し、安心しました。」
「どういうことだ?」
そんな、人間味に溢れた言葉と様子に、詠金優人はこれ以上なく安堵した。
それにもやはり、彼は戸惑うばかり。
子育ての経験をやりはしたものの、彼は全く他人。
種族も、過程も、まるで違うから。
何より、優人は少々大人びすぎているから。
「・・・僕のやりたいことが、わかりました。」
「・・・言ってみな。」
なるべくなら、叶えてやるよと。
「僕と、いろんな話をしませんか?」
涙を拭って目元が赤いままの少年は、微笑みながらそう言った。
優しい木の葉が囁くような、そう・・・これこそが少年の本当の在り方だと示さんばかりに。
「──────」
青年はあっけにとられた。
こんな時でも、すべでを見た後でも、もっと相手のことを知りたいと。
少年の相手から目をそらそうとしない様子に、少し呆けた時間を費やした後にため息をついて・・・
「・・・ああ、いいよ。
ついでに、少し歩こうか。」
敵いそうもないなと、笑みを浮かべた青年はそう応えた。
「・・・光実さんは、苦しくなかったんですか。」
「苦しいよ、ずっとずっと。」
再現された砂浜で、二人は歩いていた。
「なにも、綺麗な願いだけじゃない、あり触れた夢だけじゃない。
・・・とてもとても醜悪な願いだって目の当たりにするんだ。
見慣れたとはいえ、まあ吐き気はするとも。」
挑戦したくない、成長などしたくない。
それでもそんな自分のまま救われたい、報われたい、愛されたいし、甘やかされたい・・・ついでにおのれ以上の者は残らず死んでしまえ。
・・・などと、そんな願いはむしろ可愛いものだ。
「憎い連中の不幸が見たい、恋した相手を寝取りたい、むしゃくしゃしたから虐めてみたいし、構ってほしいし愛してほしい。
けれど、責任は取りたくない。自分の下衆さに気づくことなどしたくない。
狭き安寧の箱庭で甘露に溺れ続けていたいと・・・等々。
でもまあ、普通の人ならばちょっとくらいそんな心もあるもんだ。
俺も否定しないし、できもしない。
多少それが強いか弱いかがあるだけで、致命的にやらかさなきゃ裁くことだってできやしない。
そして俺は、絆を知らぬと踏み躙るのも人の可能性として・・・
その言葉はとても重く、少年には想像しきれるようなものじゃない。
醜い渇望を、いったいどれだけ見てきたのだろうか。
想像するだけで吐き気がしそうになる。
「醜い願いも、最初からそうじゃなかったけれど落ちこぼれになった人も含まれる。大人も子供も関係なくな。
だからそうなる前の初志を取り戻して挑戦しろ・・・と言いたいところだが、尻を叩くなんてのは結局地獄を味合わせることと変わらないんじゃないかとも思うのさ。」
「何とかしたいと、思うことはあったんですね・・・。」
「そりゃ、俺も元々只人だからな。」
善も悪も、光も闇も、差別なく健やかに輝いていればいいという博愛精神が、この
そう、確かにそれは蒼空光実だからこそ出来た始まりだろう。
理念こそスカイライトからは感じられないと思われがちだが、知ってしまえばわかってしまう。
その理想はスカイライトも本物なのだと。
ああ、けれど・・・。
「・・・けれど、誰にも託せない。」
「・・・。」
「僕なりに思ったんです。
運命の相手に出会える、願いが必ず叶う世界で・・・本当に想いを誰かに預けられるのかな、て。」
できるかもしれない、けれど少年は疑問に思っていた。
苦難は当然あってほしくないが、その苦難が今の成長を形作ることもまた事実ではあるのだ。
無論、そう望めば叶う世界なのだから、もしかしたら杞憂かもしれない。
けれど───挑戦するものたちはいつかその壁を乗り越え続けてしまう。
「全部、
まさしく────
「・・・これこそ、今の光実さんのようになる人だっているんじゃないのかなって。」
他者を思うということが、他者を信じることが、こんなに虚しくなるなんて。
人は一人じゃないなんて、いまの蒼空光実を見て言えるはずがない。
だって、今の彼はこんなにも独りじゃないか。
「・・・僕たちには、それぞれ出来ることと出来ないことが沢山ある。
だから争うし・・・逆に分かち合える。」
それは、蒼空光実もわかっていたはずのこと。
けれど────
「それは・・・蒼空光実さん。そしてスカイライトさんも、僕たちと同じなんじゃないですか?」
そう、できないことだって沢山あるはずだ。
こんなにも多くの願いを描いているのが、皮肉にも証拠なのだ。
こんなの、屁理屈と笑ってもらって構わない。
だが、詠金優人は確かに言ったのだ。
はっきりすべて理解できた、と。
「・・・なら俺に、何を望むんだ。」
「ただ、目を逸らさないでほしい。」
「・・・違うだろう、おまえの願いはそうじゃないはずだ。」
優人の言葉に、困惑する光実は、いまの優人の願いを問う。
簡潔に即答される優人の願い、だけどこれは光実個人への願いなのだ。
「僕は、いまは充分幸せです。
そして、帰ってやりたいことがいっぱいある。
だから
だがしかし、それでも叶えるのが
ならば無欲な少年の祈りはただ一つ。
「ホープさんと蒼空光実さんを、もう一度会わせてください。」
蒼空光実は絶句する。
だがもう、誰も止められない。
そう、新天地は全肯定の世界。
如何なる夢も否定せずに叶えてみせる。
ここに真実の蒼空光実がいるというのなら、それが不可能とは言わせない。
現実は、聖都側がやはり優勢となっていた。
「済まないが、勝たせてもらおう。」
「ぐっ、ああ・・・!」
「いっ・・・つ・・・!!」
まだだ、まだだと立ち上がる二人に、ならば更に追い詰めてやろうと攻め方を変えてくる。
戦えば戦うほど、技は見切られていく。
「徐々に・・・苦しくなってきた。」
「・・・だが、立てる。」
タフィーの実力で、次々に騎士を戦闘不能に追い込むものの、それでも数と質で追い詰められていく。
厄魔の不意打ちも、通用するが致命傷には至らない。
当然無傷ではいられない。
傷を負い、体力を失いながらもまだだと立ち上がる。
「そろそろ限界だろう。」
「いいえ・・・それでも・・・。」
現人神も息は徐々に上がるものの、そして数発拳をうけるものの、一度通じた攻勢は二度と通じない。
次から次へ、攻め方を変えるという身体にも頭にも負担をかける行為を続ければこの通り、傷は追わずともスタミナだけが失われていく。
もし膝をついてしまったらもう、後はとどめをもらうだけ。
だから膝をついてはいけないし休んでもいけない。
ネネカは笑う膝を叩き、現人神に挑み続ける。
「いかなきゃ。」
現実とも、新天地とも違う場から見守る、ミズガルド。
特例を許された一人の死者が、今から運命と会いに行く。
慈愛の歌姫は、博愛の人魚は、今度こそ安息を選んでもらうべく────
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