第四章"STARDUST"─5
ネネカは一人、あの広場へと走った。
時間が無い、そうピースは言った。
それに対して忠実に、全速力で。
たとえこの身がどうなろうとも。
「見つけた・・・!」
「おまえが来たか。
確か、詠金優人と一緒に来ていたな。」
目標は補足した。
予定通り、速攻をかける。
拳、脚、全身を最大限利用した乱舞で追い詰めようとする。
「くっ・・・!」
その全てを、まるで予定調和のように防がれて蹴り飛ばされる。
才能ではなく、ごく当たり前の経験をもって先読みする。
「手荒い挨拶だな。そんなにあの少年を取り戻したいかな?」
「マサトだけでなく、皆を取り戻しに来たんです。」
蹴られたとはいえ、直ぐに体勢を立て直しもう一度前へ。
それはそれは、と苦笑を浮かべつつ
新天地とはいかなる場所か、その概要は知っているはずだから、その上で挑みに来たのだろう。
「お前は、マサトや他のみんなの未来を奪った。現実で幸せだった人たちまで・・・。」
「似たような事を、雷の竜族も言っていたよ。
あの時は時間が無かったから言えなかったがな。ああいうのは総じて、根拠らしい根拠は無いのさ。
それに、幸福に生きるものと不幸になるものは必ず一定数存在する。
更に、幸福だった者が不幸になるなんて話も珍しくない。逆もまた然りだ。」
必死に喰らい付かんと、つかみ技で体勢を崩すのも狙うネネカだが、それもやはり現人神には通じない。
瞬間瞬間で、経験則上にある無数のパターンから最適解を選んで受け流す。
「救いはそれぞれだとか、今更陳腐な事を言うつもりもないがな。
なに、いつもどおりの幸や不幸を望むならそう望めばいい。」
「ぐっ・・・っ・・・!」
そして手に持っている剣を横薙ぎに一閃。
ネネカは持ち前の速さで退くものの、肩に傷を負う。
「・・・これは、なるほど。」
異変を察する。
本来の魔力とは違うもの。
彼女から発せられる干渉は、まだその程度。
そして、神威の流れを認識した。
同時に打つ手も早かった。
現在この聖都への影響は無いだろうが、しかし念には念だ。
「
よって、彼女に印された紋章は問題なく機能する。
神格アジストアによる加護。
「ふむ。」
治癒されていく肩。
同時に、紋章が動いた─────否、広がったように見えた。
僅かな傷ゆえに気のせいか、或いは事実なのはまだ判断はつかない。
「ならば、これは?」
「ッ────つっ、い・・・!?」
追撃、動きの硬直を狙って剣による連撃を放つ。
ネネカは捌き、回避してみせるが、結果的に先程と同じく肩と、それとは別に胸元に。
先程より深く傷を負わせる。
計算してそのような結果に導いた現人神に対し悪寒が走る。
まるで、慣れた実験しているような。
そして成果は現れる。
最初に浅い傷を負わせた時と同じ速さで治癒が完了する。
胸元の紋章を裂くように傷を負わせてみたが、これもやはり治っていく。
そしてよく見れば、紋章は先程より僅かに広がっている。
凡その種は理解した、つまり・・・
「なるほど、おまえに課せられた加護は肉体再生能力。
それも、傷を負えば負うほど最適化するオマケ付きか。
そしてその紋章は消えることなく在り続け、発動すればするほど紋章は大きくなる。」
そこまで言うと苦笑を浮かべ、憐れむような眼で見下ろす。
「傷つけば傷つくほど死ななくなり、怪物に近づいていく。
そして紋章が最大まで広がればどうなるか、未知数だが少なくともロクな事にはなるまい。
同情するよ。神による加護は呪いと同義だ。」
「────勝手に、訳知り顔で同情しないでください。」
そのような言葉に、誰が感動などするものか。
お前が奪った癖に。
お前が傷つけた癖に。
その言葉がいかに真実だろうと、納得出来るはずもない。
静かに激昂するネネカは、より苛烈に攻勢に出た。
こちらがどれだけ傷つこうが知ったことじゃない。
より無茶な攻めをして、現人神の剣による牽制なども傷つきながら突破して拳を当てる。
直撃とはならなかったものの、しかし驚愕した顔は一瞬だけ見た。
希望が見えてくる。
攻めれば、傷ついてでも攻めれば正気はある。
後は実行するのみ。
なぜなら、これで誰かが救われるのならば、喜んで身を差し出せるのだから。
「─────そうか、おまえもか。」
それは、呆れ果てたという表情で。
同時に、金属の何かが硬い大地に落ちた音がする。
「・・・なにを。」
「勘違いするな、舐めてなどいないさ。
これが最適化と判断しただけのことさ。」
ネネカによる蹴りを、現人神は素手で受け流した。
密かに考えていた、武器を壊す算段もこれにより崩れ去る。
素手ならばもっと押し切れる、なんて酷い勘違いだ。
ネネカには分かる。
徒手空拳だとしても、まるで隙がないのだと。
「おまえが傷つけば傷つくほど倒しにくいというなら、話は簡単だ。
ならば傷つけなければいい。
傷つけずに受け流し続け、スタミナを消費させてしまえば後は体力切れで戦闘不能だ。」
無論、体力もネネカにはあるのだろうが問題ない。
スタミナを消費させる為の受け流し方も心得ている。
現人神からすれば、傷つけて倒すだけが手段ではない。
ここまで来たなら、多少時間をかけて勝利してしまえば次の段階に行くのみ。
対し、ネネカは何としても現人神は下さなければならない。
まだ援軍が来る保証すらないいま、精神的な保証さえない。
腹立たしいほど、一切慢心しないし手段さえも選ばない。
歯を食いしばり、余裕が無いことを自覚して攻めるも、現人神は宣言通り守りに徹する。
堅実に、堅実に、取った手段をこなして行く。
互角に戦っているように見えて、実際はまるでネネカ側に戦況が傾かない。
考えるしかない。
自己犠牲的な戦い方すら、封じられる。
「しかし大した技量だ。
若くしてそれくらいやれれば将来有望だろう。
その容姿と、他者を想う性格だ。非の打ち所のない人物と見られているだろう。」
そう、他者からは白々しく見えようとも賞賛した上で次なる
「だからこそ、この際だから言わせてくれ。
誰も面と向かって指摘されなかったのかもしれないのでな。
そうだな、お前は勘違いしているんじゃないのか?」
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