第四章"STARDUST"

第四章"STARDUST"─1



スカイライト=ヴェラチュールを知りたい。

その願いは正しく受け取られた。

百万を超える人々の願いの中で、唯一の例外的な祈り。


「────驚いたよ、君には。」


新天地アースガルドに囚われた人々のすべてを見ることができる大源オリジン、蒼空光実はその願いも例外なく把握する。

そしてその祈りは拒否されることはない。

この新天地アースガルドでの蒼空光実は絶対神ではあるが、同時に神というのはでもある。

否が応でも、この祈りには真摯に応えねばならない。

故に────


「俺のすべてを見せてやるよ。

少々恥ずかしいけどな。


でも、まあ────」


少年の脳裏にノイズのように声が届き、苦笑を漏らすのも聞こえてくる。



「────語り合えそうなやつすらいないってのも、寂しいからな。」



ああ、なんて────人間らしいのだろう。

今や身体すらあるのかもわからない少年は、涙一つ流して記憶の奔流に飲まれていくのだった。














最初に見たのは、炎、血、荒れた大地、死。

地獄を煮詰めて現実に落とし込んだ光景が広がった。


好きなような視点から、ドキュメンタリーを見ているような。

しかし実感だけがリアルに少年の胸に襲い掛かる。


だから、いま大地でのたうち回る少年の痛みをただ見ることしかできない今がとてもとても、苦しくて仕方がない。

自分は確かにスカイライト=ヴェラチュールを知りたいと言った。

だけどそこにいる彼は、とても彼とは思えない。

だがしかし、理屈ではなくそこにいるのは確かに過去の彼だと理解できてしまう。


この地獄の光景とはなんなのか、見ている間に知識が入り込んでくる。

記憶を見る際にわからない知識を補完しているのだろうけれど、頭が痛くて仕方がない。

奇跡だの大戦争だの、知らないことだらけ。

しかし、大まかであるが端的に言えば、かつての彼は大昔の争いに巻き込まれた被害者でしかなかったのだと理解した。


────同時に、生きるために人ではいられなくなったのだと。





その後は場面が飛んだ。

ひたすら彼は魔法を鍛えていた。

一から誰から学ぶことも出来ずに、しかし確実に失敗と試行を試し続けてやがて習得して成長した。

彼は一度絶望した。

世界を変えたいと思っても、それがどれだけ力を持っていたとしても無理なのだと。


、という絶望に打ちひしがれていた。


そうであるならば、その世界のつくりを司る神々を納得させるモノを作ればいいと立ち直る。

その過程で、ただの少年から始まった彼でも、希望と絶望はセットでどう足掻いても襲ってくるのだと悟った青年へとなっていく。

それがとても、悲しかった。






さらに、場面は飛んだ。

海に囲まれた国、滄劉。

空と海の境界線が見える景色で、彼は運命に出会った。

下半身が魚の美しい人魚。

名前はなく、その人魚は美しい歌を奏でていた。


彼は彼女が何をしている存在なのかを知る。

誰かの傷や病を、彼女は自分の体力や生命を犠牲ににて癒す。

それも求められるがまま応えて、それを生きがいとする自己犠牲の徒。


とても、胸が痛む。

現実で自分と話した現人神ヴェラチュールが何故自己犠牲について否定的だったのか、それがわかってしまいそうになる。

親身になればなるほど、それが悲しくて仕方がないのだ。

自分の知らない地平に旅立ってしまいそうで、いつか消えてなくなってしまいそうで。


だからこそ、彼は迷わなかった。

もうこの時点で彼は目指している。

犠牲なく、みんなの楽園を作ることを。

だから、彼女に対しても例外はなく誓ったのだ。


「誰かの犠牲を強いる世界に、君を置いて言ったりしない!」


そのあとの彼は無茶苦茶だった。

今の彼とは思えないほど、論理的な行動をとっていなかった。

彼女の近辺の者たちと喧嘩をして、彼女の恩恵を都合よくあやかるなと。


だが彼女は争いも嫌いだったがために、涙した。

それでも譲れないと、彼は言う。

ああそういえば、彼女には名前がなかった。

だから、彼は彼女に名前を付けた。


そう、彼女の名は─────ホープ。

希望という名前を、そのまま彼女に預けていたのだった。



それからの彼らは、とても幸せそうだった。

周囲からはとても好かれているような感じではなかったが、それでも彼らは順当に距離をつめていった。

やがて惹かれあって、子供も授かっていた。

見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、とても当たり前のような光景で幸せそうだった。

胸が温かくなるほどに、どうかその幸せが続きますようにと祈りたくなるほどに。


けれど、ああけれど────これは遥か過去のこと。

絶対に介入できない物語。


だから、問答無用で次の悲劇が襲い掛かる。


白辰に蔓延る無法者デスペラード

それが彼がいる地域に襲い掛かったのだ。

略奪、たったそれだけで。

多くの人が血を流し、そしてそんな義理もなかっただろうに彼は必死に守ろうとした。


群にいる強い人ほど、当時の彼は強くなく。

多少頑丈で長生きなだけの身体で、限界まで戦い抜いた。


───それでも全部を守り抜くことは叶わず。

ついに多くの血を流して倒れた。


そして、目覚めた時にはもう遅く。


彼が一番愛した彼女は、彼と産まれた娘を置いて約束された自己犠牲の道に走る。


美しくて


切なくて


悲しくて


でも、優しい歌。


特殊な言語のせいで、何を言っているのかわからないけれど。

何故か理解できてしまって。

涙が、どうしても止まらない。


その先の結末を、もうわかってしまったから。


そして残酷に、その予想通りの結果は訪れた。


彼女は自分で心臓を打ち抜いて、最大の魔力でみんなを癒した。


住民も、娘も、そして彼も。

一切の例外なく、彼女一人の命で多くの命を救って彼女の物語は終わった。


それでも、彼は誰も恨まなかった。

誰かを恨み切れるほど、強くも弱くもなかったから。

なにより自分が理想を遂げられていないからなのだと、そう断じていた。





時は経って、彼は娘が一人立ちしたことを契機に滄劉を去り、白辰へと一切の足跡を絶って向かっていた。

その時に、彼は作りかけの新天地アースガルドにこの時までの自分自身の精神を隠した。

その本当の彼自身の名前は────蒼空光実。

そしてここからは、スカイライト=ヴェラチュールの物語。

彼もまた、蒼空光実でありながら、決して歩みを止められない生き地獄へと踏み出していった。


夢は、まだ続いていく────

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