第三章"星を導く者(スフィアブレイバー)"ー6
祭りに訪れた者、聖都に住まう者。
あわせて百万人は優に超えているだろうか。
仮想世界とは、大量の魔力を消費して一つの疑似的な世界を作るのが限度である。
それを多重に重ねるのは演算リソースや魔力消費等で本来不可能であったが・・・。
「そのための仕掛けだ。」
最初に魔力を奪い、そして眠らせることで魔力回復に集中させ、仮想世界内での活動リソースを最低限に抑える。
そのお陰で仮想世界内で仮想世界を入った個人の数だけ無制限に増殖させ、仮想世界の形はその個人に委ねられる。
その際に求められるのは世界そのものの完成度より、その個人の理想に寄り添ったもの────つまりは願いと欲望である。
個人の祈りに際限はない。
実際に活動しているわけでもない為、どれだけ暴れようが影響はないし、逆に自身の生き死は起こる。
運命の相手と巡り合いたい願いも、その他者がいなければ、或いは居てもその他者が求めていなければ、個人の脳内リソースに依存して補完する。
問題点を的確に穴埋めし、あらゆる懸念を解決する。
二千年の積み重ねは伊達ではなく、故にこれが前人未到。
蒼空光実だけが起こすことができた偉業である。
「焼き菓子を作ってみたんです!みんな食べてくれるといいな。」
シルフィはいわゆる、争い等とは全く無縁の日常の象徴であった。
何気ない行動や言動で周囲を癒し続ける。
大した野望もなく、人並みの感性だとするならば当然作り上げる世界は決まっている。
何気ない、日常の続きのみだ。
普通に生きて、普通に歳を重ね、適度に愛され、そして普通に終わるだろう。
「レイヴンさま、今日もここにいてくれますか?」
トルエノもまた、根本的に戦うには向かない本質であった。
竜族でありながら、その感性は日常の人物に近く、しかし育った環境で歪になっている。
子供のまま成長して、大人になったのではなく、子供ではいられなかっただけの存在。
レイヴンという男といずれは結ばれるであろう運命ならば、当然その欲望こそが掬いあげられるわけだ。
甘えてもらうより甘えたいのだから、当然そういった夢を見る。
しかしながらレイヴンの深淵が如き内面をまだ知らないが為に、トルエノが再現するレイヴンとは、普段レイヴンがトルエノと関わる行動そのままである。
だがそれが巧妙であるならば違和感を感じることは難しく、良くも悪くも、望んだ通りにレイヴンとの日常が過ぎていく。
「せっかくだから、楽しまなきゃね。」
ヴァシリーサが望んだのは幼い少女たちに囲まれた生活───要はハーレムだった。
本来であれば褒められた状況ではないが、こういった欲望が叶うのも
これ以上のどす黒い欲望も当然のように叶うのだから、問題は何一つない。
末路もまた、思うが儘である。
「君を食べてもいいかな。」
ウィレスの欲望はまっすぐで、そして少々アブノーマルである。
見た目幼く少女のような男性、ベノマティアと恋人であるが現在この
甘い言葉で、行動で、しかし危ないことをして、組み伏せて鳴かせるなど日常茶飯事。
少々さらに踏み込んだとしても、誰もそれを止めるものはいない。
止めてほしいならそういった邪魔は入るような設計であり、何も問題はない。
「今日も商売あがったりだ。」
アルは野望を持たないが、貪欲に創作意欲を伸ばしていく。
他人にそれを求めれば叶うし、自分に求めても叶う。
約束された成功だと知らぬまま、当たり前の欲望を叶えていく。
夢の揺りかごの中で、自由であり続けるのみだろう。
「はやく帰らなきゃなー」
コメットは自分の家に向かって走って帰っている。
あんまり遅くなるとあいつらに怒られると思いながら、まっすぐに家に向かっている。
「ただいまー!」
勢いよく家に入る。
そしたらほら、いつもの通りの温かい"ただいま"が返ってくるのだ。
死んだはずの両親から。
「・・・あれ?」
思ったのとは違う気がする。
だってパパとママは────
違和感を感じても、それは霧のように散らされる。
最初から世界はこうだったといわんばかりに、絶対に叶わないはずだった願いを、この場で実現しているのだ。
ああ、だったら───
あいつらってなんだっけ。
微かに残る、記憶の欠片。
間違いなく大事なのに、しかし最初に望んだ幸せが優先されている。
「今日はエビグラタンよー!」
しかしそれもまた、二度と再現できない隠し味の入ったグラタンが待っていていたが為に、その欠片も埋まっていく。
いつの間にか幼い体躯はさらに幼くなっていて。
かつての子供のころに戻っている。
「食べる!!!」
大好きだった両親と。大好きだった食べ物。
大好きだった日常。
忌まわしき毒女の存在は欠片もない、最高のIFを描いていた。
「────俺は、お前を見つけてやる。」
それを認めないとばかりに、コメットの世界にある男は踏み込んだ。
その名はイグニス。
望みは誰よりも愛したコメットとの日常。
だが都合のいい未来は求めず、何があろうと己で生き抜いていくという自由という欲望が、都合のいい出会いを許さなかった。
しかし、イグニスの姿はノイズ塗れだった。
コメットもまた、無意識化でイグニスを求めている。
だが現在は両親との日常が優先されているため、不完全となっている。
イグニスはコメットを望んだために、もう
家から遠い森の中で、身体の重さを感じながらイグニスは歩き始めた。
────僕は、誇れますか。
意識を失う間際、そう言った。
褒められたくてやったのか?違う。
しかして、なんて自分本位。
誰かを助けたくて手を伸ばしただけだというのに、何を誇るという。
そんな自分が、何かを望む資格はない。
欲望がなければ、ただの日常が訪れるのだが、それもまた望まない。
自分はまだ、やり残したことがある。
教えてくれたことが、まだあるだろう。
自分は果たして、
違うだろう、まだ見たつもりでいるだけじゃないか。
何も成せていない、こんなもの自己満足で終わりだ。
詠金優人は諦めない、死んでいないのだから。
自分に対する幸福はもう何もない。
優しいだけだった男の子は、ほかの誰も望まなかった願いを送る。
「僕は知りたい、知らなきゃいけない────」
この
「────スカイライト=ヴェラチュールの真実を。」
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