第三章"星を導く者(スフィアブレイバー)"ー4
「マサトっ、大丈夫ですか!」
「は、はい!なんとか!」
一方で、マサトとネネカは何とかもっていた。
ネネカは元々身体能力は優れており、鍛えた技もある。
マサトは元々戦うにあたる治癒は実践段階ではない。 あってないようなものだ。
代わりに、守りに尖った剣術があり、また気配を察するのも凄まじい才能だ。
マサトとネネカのどちらもが、この戦場で自分の長所を活かせる状態。
どちらもが、自分のことに集中していられる状態だった。
だが、いい事ばかりではない。
この状況を活かせるのは、この二人ばかりではない。
「ッ!ネネカさんっ・・・!」
「マサト・・・!」
忘れてはならない。
ここは、優秀な人材を排出し続ける聖都アークリュミール。
取り囲む相手は全てが、各国ならば精鋭の一端になる騎士。
的確に二人を分断する。
固まって、そして守りが強い?
ああ、だからそれが?
ならば数の暴力で取り囲み、抵抗しにくく分断して確実に戦闘不能に追い込めばいいだろう。
現人神仕込みの、無慈悲で無体な連携が確実に二人を追い込んでいた。
分断されたマサトは、息を飲む。
負ける未来しかない光景を予感したマサトは恐怖に震える。
ネネカはそれを見て、どうにかしなければと思考する。
それでも、これは覆せない。
馬鹿ではないから、それを理解してしまう。
こちらに心配そうに視線を向けるネネカを見て、マサトは歯を食いしばった。
このままでは、二人共にあの渦に真っ逆さまだ。
考えて考えて、マサトは勇気をもって────いいや、強がりをもって叫んだ。
「ネネカさん!分断して逃げましょう!そして外で落ち合いましょう!」
「ッ・・・!」
それしか手はない。
ネネカもわかっていた。
だがそれでも、自分からは選べない。
だから、マサトが選んだのだ。
「信じてください・・・僕は、強くなったから・・・!」
強がりと丸わかりなその言葉に、やはりネネカは苦しみながら・・・納得して頷いた。
もうそれしか道がなかった。
父を失ったあの日を連想させてもなお、背を向けて走り出す。
歯を食いしばり、苦しくて仕方ない心を押さえ込んで。
マサトもまた走り出す。
どうか、今度は、今度こそは。
自分の選択肢が彼女を救えることを祈って。
マサトは走る、走る。
小さな体躯と、旅で鍛えた足腰で、獣人という体躯で。
聖都の入口まで、もうそれほど遠くはないはずだ。
さあ、あと少し。
そう思った直後、少年は見てしまった────。
「ますた、ますたぁ・・・っ!」
泣きながら、騎士たちに追い詰められていく兎の少女を目にした。
彼女は確か、群にいた同年代の子。
話したことは無いが、見たことはある。
名前は知らない、いまあの子を守って逃げるだけの体力も実力も────
「知ったことかぁっ!!」
────あの子にも僕にも、それぞれ大事なものがあるんだろう。
詠金優人は、最悪の修羅場に飛び込んだ。
騎士たちと兎の少女、マリアに割って入る。
構えるのは背面、騎士たちに背を向けた構え。
何が起きたか分からない、呆然と見上げるマリアにマサトは一喝する。
「逃げるんだ!早く!」
「っ!!」
びくりと正気に戻るマリア、言葉がさっきまでの恐怖で出ないが、目線が「でも」と告げている。
「大丈夫、僕はたぶんどうなっても死なないから。」
・・・現人神の全員にかけた言葉を思い出して、半ば賭けのように言った。
だから安心?いいや、違う───それでも、まだまだ怖い。
「行って、外にいる白い猫のお姉さんに伝言して欲しい。」
だから、なけなしの強がりと意地張って弱さを最低限に絞り出して。
マリアに希望を託すべく。
「後で、みんなで迎えに来てください。信じてます。
そして─────」
ああ、それとは別件に。
抑えきれなかった弱さを漏らすように。
「────巻き込んで、ごめんなさい。」
もっと早く逃げていれば、彼女ももっと安全に逃げられたかもしれないのに。
「・・・ほら、行って。」
「っ・・・!」
マリアは駆け出した。
抑えていたものが反動で飛び出すように。
後は、そうきっと大丈夫だと願いながら視線は騎士に向ける。
「これはこれは、苦戦していると聞いたがまさか─────。」
「ええ、まさか。あの少年がここまでやるとは思いませんでした。」
そのタイミングで、最悪な人物たちが訪れた。
現人神、スカイライト。
遂行絶剣、デイビッド。
その二人の到来に、息を呑んだ。
絶望という状況だけが、マサトの希望を吹き飛ばした。
「詠金優人、素晴らしい剣士だ。
聞いたとも、連携を分断された傍らを逃がし、あまつさえ少女一人を逃がして見せたと。」
デイビッドは、惜しみない賞賛を送る。
女子供だろうと関係ない。
あの最善手を咄嗟に打って、確かな覚悟で誰かを救ったその結果を誰が文句をつけられようか。
「大金星だ、少年。
君の、いやおまえだけだよ。
誰かを逃がして此処に立ったのは。」
現人神からも、その功績を称える。
完璧だった布陣を、二名も逃がしたのがこの少年である事実に悔しく思ったがそれはそれ。
今すぐにでも拍手喝采を送りたい程だ。
老若男女問わず、平等に慈愛を向けている。
「───だがしかし、やはり答えは出なかったようだな。
おまえはやはり、自己犠牲になったのだな。
悲しい結果だ、誰もそれは望まなかっただろうに。」
自己犠牲とは、必ず誰かの想いを置き去りにすること。
それを、とても痛ましく思い。
しかし、その想いも砂の城のように"慣れた"という波によって流されて。
「・・・せめて、
少年らしく、その心に正直に。
どうか安らかにな。」
慈愛をもって、デイビッドに命ずる。
────断て、と。
すべての可能性を、確実に踏みにじるべく。
「────勘違い、しないでください。」
・・・訳知り顔で、何を自己犠牲と言い張るのは我慢ならない。
確かに貴方は、僕のような弱者の気持ちが分かるのかもしれない。
千年の都を維持し続けた時に、飽きるほど見てきたありふれた心なんだろう。
でも、僕の心は僕の心だ。
僕の自己犠牲は、確かに悲しいんだろう。
けれど、僕は何度だって言おう。
希望を遺し、そして賭けたんだ。
自分の命が惜しくないと言った覚えない。
自分の幸せを忘れていたのは間違ってないけれど、死なないということはまだ手があるはずなんだ。
「─────そうか。」
刀を握りしめ、整わぬ息で二人に向く僕をスカイライトさんは一切油断せず。
デイビッドさんは、向かってくる。
「師匠、御先祖様、アンバーさん、クウガさん、レイゴルトさん、ブランさん・・・」
お世話になった人達の名前を連ねて、そして────
「・・・ネネカさん。」
一番大好きで、片想いで、想いの一つも伝えていない人の顔や声を思い浮かべて。
「────僕は、誇れますか。」
来る痛みと怖さに震えて、涙を流しても。
最後まで、襲いかかる剣閃を凌ぎ、しかし躱しきれず。
僕はこの後に放り込まれる場所を確信しながら、意識を無くすのだった。
「・・・そん、な。」
聖都の外。
マリアの伝言を聞いたネネカは、膝をつく。
分断されて別れたあと、彼は立派に誰かを守り抜いたと理解して。
ああそれは同時に、あの子に守られてしまったのだと理解して。
・・・罪悪感が、胸を刺す。
だからこそ─────
「・・・もう少し、我儘を言ってもいいのに。」
苦しみながら漏れた言葉。
あの子は優しいから、そんな気遣ったようなことを伝言を残した。
「ごめんなさい、なんて・・・それは私のセリフなのに。」
私が一緒にいながら、ちゃんと守れなかったのに。
そんな風な伝言は、痛くてたまらない。
「・・・っ!!」
こんな所に居座れない、居座っちゃいけない。
希望を遺したあの子の為にも、今は兎の少女を連れていかなければ。
ネネカはマリアを連れて走り出す。
反撃の狼煙が為に、いざ────。
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