第二章二節"開花"─7(終)



「済まないな、客人。まさかあの衝撃がそちらまで伝わるとは思わなかった。」


誰もいないハズの砂漠で、ある男の人が立っていた。

傷だらけだが、気遣わなくていいぞとこちらに笑いかけてくる。

なので僕は「大丈夫ですか」とも言えず、どう声をかけるべきなのか分からなくなってしまう。


「主よ。此処で何が?」

「おまえには後で詳しく話すが・・・なに、少々乱暴な輩が居たからな。撃退したところさ。」


何があったか、それを詳しく教えるつもりがないのが何となくわかって、モヤッとしたけれどしょうがないのかな、と自分を無理やり納得させた。


「なるほど、デイビッドには来るなと命じたがその少年が行くと言ったのだな。」

「申し訳ありません。」

「構わんさ。俺の落ち度でもある。」


わざわざ僕達が此処に来た経緯を説明するまでもなく、目の前の人は察して話を進める。


「折角だ、近くの街で飯でも奢ろう。俺からの詫びだ。」


そして僕が状況に追いつけずに肯定の返事をしたその時まで、僕から何か言うことは叶わなかった。





「あ、あの。ありがとうございます。いただきます。」

「詫びと言っただろう。そう畏まることはない。」


そこそこお高いお店に入り注文を終えて、目の前に料理を置かれ、ようやく僕から挨拶が出来た。

畏まるなと言われても無理がある。

だって目の前にいるのは・・・かの聖都の現人神、そしてその横に座る遂行絶剣ブルンツヴィーク

緊張するに決まっている。

周りからの注目も凄まじい。

とにかく僕がとても場違いに感じる。


「さて、今更だが自己紹介としよう。

知っているかもしれないが・・・聖都アークリュミールの長、スカイライト=ヴェラチュールという。」


それでも思った以上に僕が落ち着いていられるのはやはり、目の前の・・・スカイライトさんが気負わないように親しげに声をかけてくれるからだろうか。


「僕は、詠金優人です。今日はデイビッドさんを護衛につかせてくれて、ありがとうございます。」

「礼儀がいいな。流石は旅する医者の詠金家といったところか。」

「知っているんですか!?」


僕が思わずあげた驚きの声に「もちろんだとも」と頷いて答える。


「川を、山を、国を超えて救う医者だ。

そりゃ知っているさ。

つまり君は、現当主の息子というわけだな。」

「はいっ。修行中の身で、医療と剣技を鍛えてます。」


スカイライトさんはほう、といった顔で驚いた顔をする。


「あの初代詠金の先祖返りかのようだな。」

「そ、そこまで・・・」

「流石に2000年も生きているとな、様々な文献を探る事くらいはやるさ。」


初代様のことまで知っている。

聞けば何でも知っているのではないかと思えるくらいだ。


「どちらも頑張ってるとなれば、あまり遊ぶ時間も無いだろう。辛くはないか?」

「え・・・。」


まるで心の隙間を突いた質問。

考えたこともなかった。

辛い、といえばそうなのかもしれないけれど・・・その気持ちも消えていっているような気がする。


「なるほど、相当のめり込んでいるらしい。」


苦笑を浮かべるスカイライトさんは、現人神なんて呼ばれているけれど、まるで普通の人のようにも思えた。


「君は聖都の住人ではないが、君なりの決意を聞きたい。

これでも俺は、人々の幸福を願っているからな。」


真摯な問いかけに、僕は答えた。

何度も挫折しながらも、僕のきっかけと僕なりの決意を。










俺は、懐かしさを感じていたのかもしれない。


自分の欲望を削り、"誰か"の為に励み続ける様は■■■を思い出す。

妥協なく研鑽をして、"誰か"に向き合うかつての"俺"を思い出す。


いい目をしている。

それが茨の道とわかってのことだろう。

剣技に触れたのも、何処かの誰かを失ったその時がキッカケ。


・・・そう、飽くまで見てきた決意だ。

俺や■■■の決意事態も、何も珍しいことでは無かったことを知ったのは随分と昔。

向いてない人物が、無理難題に挑むなど何も珍しくない。


決意が軽いなどと言うつもりは無い。

寧ろ立派なものだ。

だがそれでも、行き着く感覚は一つだ。


───ああ、またか。


心底、表には出さないが苦笑する。

これでは人でなしだな、と。


目の前の少年は、必死に伝える。

自分の夢を、決意を。


恐らくだが、詠金優人という少年は虫も殺せない優しさを持っている。

こと戦うことにおいて、これほど似合わない者は居ないだろう。

だがそれでも、命のやり取りがまだまだ存在する世界だがら、混んな道を選んでしまう。


向き不向き関係なく、そうやって運命の生贄が、来たる理不尽に立ち向かい続けなければならない。

きっと俺の野望が始まったとしても、暫くはそれが続くだろう。

それがとても、歯がゆく思う。


話を終えた少年が、こちらを見る。

確かな決意に応えるように、俺も応えよう。


「ありがとう、参考になった。

だがそうだな、立派だがやはり君は見落としている。」


それはとても簡単なことだ。


「自分の幸福に纏わる欲望が無くなっていく、これはとても悲しいのだと理解出来るようになるといい。

そうでなければ、真実君の心はだろう。」


困惑していた。

理解出来ていないだろう。

10代前半の彼には、まだ難しいのも理解している。

これは所謂宿題だ。

これからの人生をかけて、学んでいくだろう。


・・・そうなる前にはもう、俺の野望は始まっているだろうが。


「話がつい長くなってしまったな。

飯が冷める前に、食べてしまおう。」















群に戻り、僕は日記を書いていた。

帰りにちょうどネネカさんと会ったから、旅の出来事を聞かせた。

無事なのを安心していたし、スカイライトさんと食事をしたと聞いた時は驚いていた。

自分でも実感は湧かない。


・・・だけど


【自分の幸福に纏わる欲望が無くなっていく、これはとても悲しいのだと理解出来るようになるといい。

そうでなければ、真実君の心はだろう。】


・・・わからない。

わからないけれど、僕の心に突き刺さる。

お前は本当にそれでいいのか?と。

何度も、こうやって自分に問い直す。

そして、分からないまま次の日を迎える。


・・・苦しい。

こうやって、辛くて苦しい思いをするから茨の道なのだと分かってくる。

避けられず、ずっと問い続ける。

これから先も、そんな悩みを抱き続けるんだろう。


「・・・また明日から頑張ろう。」


そして自分が決めた日々に戻るために、ベッドに潜る。








数週間後、群や各国に広告が届く。

聖都1000周年の祭りが行われるから是非来て欲しいという広告。


────運命の日は、近い。

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