第二章三節"聖都アークリュミール"

第二章三節"聖都アークリュミール"─1


白辰は砂漠の地である。

あらゆる無法者デスペラードが蔓延る、恐らくは一般的な神経を持つ人物ならば住みたがらない国として逆の意味で名高いだろう。


しかし、例外もある。

スカイライト=ヴェラチュールが治める都市、"アークリュミール"。

それは理想郷と名高いと同時に、一度住めばそこから出る者が少ない都市であった。


街は賑わい、その名の通り現人神ヴェラチュールと長を崇める。

徴兵令はあるものの、見返りは常に大きく不満も少ない。


当たり前に優れた環境で。

当たり前に優れた教えで。

優秀な人材を量産する。


スカイライトが趣味の散歩を終えて、街へ帰還した。

人々は口々に出迎え、そして正面にはこの都市が誇る最高騎士が待っていた。


「出迎えご苦労。」

「いえ、お帰りなさいませ。我が至高の現人神ヴェラチュールよ」


黒く、後ろはひとつに束ね、青い瞳で見通す男性、スカイライトの前に、灰色の髪をした無表情の男性が跪く。


名前はデイビッド=ウィリアムズ。

異名を遂行絶剣ブルンツヴィーク

スカイライトの近衛。第一階位聖騎士である。

まるで刀剣そのもののような彼は無双の腕前であり、民からは畏敬の対象となっている。


「顔を上げろ。積もる話もあるだろうからな、歩きながら報告を聞こう。」

「御意。」


スカイライトの言葉にデイビッドは立ち上がる。

目的地はスカイライトの宮殿。

街を眺めながら歩く彼の横で、遂行絶剣ブルンツヴィークはよそ見もなく報告する。


「報告は三点。

白辰本国から現状況の報告要請。

白辰内の廃墟施設が完全に崩壊、記録データは残されていないとのこと。

最後に、名を轟かせた無法者デスペラードを"群"の者が仕留めたとのこと。

以上です。」


最後まで聞いたスカイライトはふむ、と呟くように、続いて口を開く。


「二つ目までは了解した。報告は俺からやっておこう。

三つ目は、ふむ。」


ふぅ、と息を吐き、視線を空に向ける。


「彼らには頭が上がらんな。

設立当初はまさか、こうも名を轟かせるとは思わなかったよ。」


そう、彼は二千年を生きた男だった。

だから設立前と、現在の違いに心底驚いている。

世界各国の厄介者から、有名な戦闘者、或いは優れた技能の持ち主。

それが一気に群に集まるのだから、畏敬の対象になるのは仕方の無いことだ。


「如何しますか。」

「何もせんよ、喧嘩を打って何になる。」


聞くまでもないことを騎士は聞き、領主は呆れたように言う。

お互い分かっていての問答だが、少しでもすれ違いを抑えるために必要な事だ。


「なるべく、在るがままに在る事を理念としているのだから、他所にそれを咎める真似はせんよ。」

「差し出がましいことを聞きました。」

「構わんさ、必要な問答だったからな。」


宮殿にたどり着く、その執務室に二人は入る。

椅子に座り、騎士は机の前に立つ。


「・・・ふむ。」


執務室にある書類を次から次に見る。

作業のように、必須の報告を簡単に捌いていく。


「・・・今月も各家に給付金だな。」

「宜しいのですか。」

「構わんさ。赤字にはなるんだろうが、見返りは充分に見込める。」


ふ、と笑みを浮かべるスカイライトに、デイビッドは疑問を口にする。


「ここ数ヶ月連続で給付金を配布していますが、何故ですか。」

「経済が下向きになっていて金を回すのが億劫になっているようだからな。ならば、これでも使えと回させてやる。

それに─────」


言葉をひと区切りし、背もたれにもたれる。


「────人の可能性を見くびるなよデイビッド。

奴らの嘆きでどんな事をしでかすか分からんからな。」


それは二千年の経験からの言葉だった。

民を大事にはするが、それはそれ。

治める者として、何より生きる者たちへの冷めた視点でもある。

もはや光も闇も本心からの感情としては、何も感じない。

素晴らしいものは素晴らしい、危ういものは危ういが、やはりそれはそれ。

だが危険性は軽視しない。

ただの民草でもひとつの凶行で何もかもがご破算になる事だってある。


蟻一匹でも慢心はない。

石橋を叩き壊して新たな橋を建てるが如く、スカイライトの統治は隙を見せない。


「下手に権力と力に頼って押しつぶすより、めでたしめでたしで済ませる方が良いんだよ。優しい神様ありがとう、とな。」


合理的な優しい統治、それが聖都アークリュミールの実態だった。

しかしそんな心境が民に伝わるはずがないし、何より文句の言いようもない。

そして目の前にいる最も信頼する刀剣が私情を挟むことは無いので、反旗を翻される心配もなかった。


デイビッドにとっては、スカイライトは育ての親であり、師であり、絶対的な現人神ヴェラチュールなのだから。


「さて、明日は帝国に向かおう。あそこも大概事件続きだ。視察と援助を兼ねて行こう。」

「ならばお供します。」

「ああ、今回は頼む。俺一人では心許ないからな。」

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