第二章三節"聖都アークリュミール"─2

帝国での援助を終えて、聖都に帰還したスカイライトとデイビッドは執務室にて会話をする。

振り返り、そして近日の状況報告である。


「いやまさか、聖剣使いと邂逅しようとは思わなかったな。」

「帝国住みでしたからな。」


護虹者、生ける伝説、栄誉騎士、聖剣使い。

呼び名には困らない、街中で出会ったネザー・シュルクハウト。

2000年前の戦争時から活躍した彼女の話は、彼らの耳にも届いていた。


「俺のような凡人からすれば、雲の上の存在さ。」

「謙遜を。貴方の研鑽、その成果は誰かに真似できたことではありますまい。」


そうだといいがな、とスカイライトは苦笑する。

事実、スカイライトは政治家の面だけでなく、魔術師として最上級を簡単に使役する他、魔術師として欠点である近接戦も2000年の間に習得して弱点を埋めている。

つまるところ、全能という事である。


人心掌握、策謀、あらゆる経験値を駆使して聖都の長になったスカイライトだが、本人としては誇らしい実績などではなかった。

要するに、現状には全く満足はしていなかった。


「ま、俺の事はいい。報告だ、デイビッド。」

「はっ。」








話は変わる。

この聖都アークリュミールには兵役の義務がある。

成人すれば数年、聖都の兵として訓練し、人々を守る者として育てる法である。

数年の期間を経て、そのまま聖都の兵になるか、或いは私生活に戻るかを選択出来る。

遥かな実績を得ているスカイライトだからこそ認められた法だ。


そして兵役以外に、身寄りのない孤児の中か、或いは聖都に住む優秀な子どもから、現人神ヴェラチュールの為に戦う優秀な騎士を育成する養育機関があった。


千年かけて構築された英才教育。

それは一定の品質を持つ優秀な人材を排出する場となっている。

そこに25年前、名前も身寄りのない一人の少年が拾われた。


少年は同世代のものたちと同様の教育を受け、同様の環境に身を置いたが、過去に類を見ない優秀さで戦士として完成系まで上り詰めた。


誰よりも訓練に真面目に取り組み、誰よりも命令を忠実にこなし、現状に不満を欠片も抱かず、鍛えるために整えられた環境を十全に使ったから。


彼は誰よりも、当たり前に強くなった。

有力な対抗馬ダークホースが現れることも、若人にありがちな挫折が入り込む隙さえない。

これといって胸踊る物語ドラマを抜きに、彼は現人神ヴェラチュールに見初められ、見事"第一階位聖騎士"の座を勝ち取った。


それが、デイビッド=ウィリアムズと名付けられた絶対剣士の誕生である。


主君の懐刀となった以降も万事がするりとうまく運んだ。

何故と疑問に思うことさえなく、デイビッドという刀剣は現人神ヴェラチュールの刀剣で在り続けたが────。


「何故、彼らを快く他国に送り出したのですか?それもあそこまで厚遇して」


数少なく、主君の行動を理解できなかったことがあった。それはデイビッドと同じ養育機関で育った一組の男女が起こした叛逆の結末。

端的に言えば、彼らは駆け落ちを図り、現人神ヴェラチュールの聖都から逃げ出そうとしたのだ。


最も現人神ヴェラチュールの傍にいる者たちだったが故に、最重要機密を流出されてしまう危険性を考えれば抹殺するべきなのだが。


「なるほど、戦いは嫌なのか。本当はパンを焼きたいと?ああいいとも、実に素敵な夢じゃないか。二人で仲良く頑張りたまえ。噂になるほど美味かったら、その時は俺も通わせてもらうとしよう」


主君が与えたのは未来への門出を祝う慈悲深きだった。そればかりか生活していくのに十分な金銭と身分を授け、商店への紹介状までその場で書き綴り、二人の男女の手にそっと握らせたのだ。


後は文字通りのめでたしめでたし。監視や戒厳令の条件付きではあるものの、二人は現人神ヴェラチュールの大器に心から敬服し、感涙しながら晴れて念願の他国へ下ったのだ。



だからこそ、デイビッドにはその行動の真意がわからなかったのだ。彼らにそれほどの恩情を与える価値があったのか?これまでの教育にかけた費用と釣り合っていないどころか収支は完全な赤字なのに、なぜここまでするのか?


そんな寡黙な刀剣の稀な問いかけに、育ての親にして所有者たる現人神ヴェラチュールは笑いながら返答する。


「愛を侮るなよ、デイビッド。彼らのと言わんばかりの面構えを思い出せ。何度も言っただろう、人は良くも悪くも可能性の塊だと。


手折った途端、嘆きと共に訳の分からん余計な奇跡を引き起こされても困るのさ。

俺はそういう手合いに何度も何度も手を焼いてきた。


誰が言った言葉だったかな。人が想像し得ることは、必ず実現し得るらしい。、で終わるのが一番無難な解決策だよ」


余計な恨みはなるべく買わないに越したことはない。

何せ、悲願の成就に必要不可欠な一手を準備をしているのだから────。


この世界において努力と研鑽を重ねてきた現人神ヴェラチュールだが、たった数十年生きた程度の人が喉元まで食らいつく理不尽極まりない事態を何度も起こされてきたのだと、二千年の含蓄を籠めて主君は語る。


だからこそ、ふとデイビッドはそのことに興味が湧いた。

人はそんな理不尽をふとしたきっかけで起こす可能性の塊であり、自身が今まで一度も出会ったことがないその理不尽に相対する可能性があるのだと知ったから、主へと再び問いかける。


「私も、運命それと出会う日が来るのでしょうか?」

「さあな、詳しい未来は俺にも分からん。しかし恐らく、これだけは間違いないと言えるだろう。

かつての神託通りさ。――───必ずな。」


かつて主君より授けられた予言。いずれ来る結末に対し、歓喜も悲哀も、驚愕すらない。たとえその時が訪れたとしても、あるがまま、現人神ヴェラチュールの刀剣であり続けるだけのこと。


「であれば、期待しておきます」


しかし、いずれ運命が己の岐路へと立ちはだかるならば、最後まで主君の信頼に応えるのが剣としての務めだろうと、デイビッドという現人神ヴェラチュールの刀剣は己の在り方を再確認するのだった。

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