第二章三節"聖都アークリュミール"─3
今日も賑わう聖都アークリュミール。
商業も、軍備も、食料問題も。
煌びやかな日々を送る場所。
その聖都を守るのは、長である
そして主君を初め人々に安寧を約束する、
とりわけ、
その中でも第七階位聖騎士ゴスペル=シャインブレイブは特に人気を誇っていた。
身分差が残る現在において、平民の座から一代で聖騎士団まで上り詰めた美青年。
おまけに、聖都の上級貴族の美女と結ばれ、今や聖都内においては御伽噺のような
「我が命と剣を、誇りと共に祖国と教義へ捧げましょう。」
その一言を言えば、誰もが湧き上がる。
まさに、象徴の一つとなっていた。
ああだが、だが。
何故こうも、自分はこうも。
【神託だ。俺に選ばれて以後、おまえは他の何処にも行けなくなる。たとえ自分一人では端から何にもなれずとも】
神に選ばれたら、めでたしめでたし。
成功が約束され、薔薇色の人生はやってくる。
そこまで能天気になっていたつもりはないが、少なくとも今よりは幸せになるだろうと思っていた。
そして、事実そうなった。
少なくとも最初こそ想像通りだった。
とんとん拍子で駆け抜けていくゴスペルは、何の苦労もなく栄光の階段を登りつめる。
平民から選ばれた聖騎士として、異例の出世を果たした。
最高の美女とその家督を与えられ、影に日向に手厚く優しく丁重に扱われながら・・・それを当然だと思い上がったまま。
経歴を彩り続ける華々しい
生活も人生もあらゆる面で豊かになり、家族の賞賛を受けても謙遜しつつ、悦に浸る生活を恥ずかしげもなく演じている。
ああだから、文句などなかった。
楽しかったとも。
絵に描いたような理想の未来に、最初こそ素直に喜んでいたが、しかし。
徐々に、少しづつ溜まっていく違和感があった。
馬鹿な自分でも少しづつ気づき始めたこと。
思いつきが通じない。
たとえば新しい政策が必要になったとき、自分はこれが最良だろうと思った提案をしても
現人神はそれを肯定してくれない。
それどころか、どうして画期的な思いつきが不可能なのか、やっても失敗するかというのを全部説明されてしまう。
当然、気分はよくない。
そしてよくない気分すら見抜いた上で、現人神はしっかり教育法を取ってくる。
完全にこちらが爆発しない許容限界を理解し、損害をカバーできる件だけは自由にやらせてくれたのがそれだった。
伴う結果は散々なものだらけで、あらかじめ説かれていた失敗例を呆れるほど再現してしまうものだから笑えない。
二千年生きて、千年を統治し続けた現人神の先見と、二十そこらの浮かれた若造の思いつき。どっちが良いかなど比べるまでもなく、それを分かっていなかった自分は順当に失敗し続けた。
元々、
挑戦して失敗するのが嫌になり、言われた通りをこなすままに戻ってしまう。
これは騎士になりだした辺りから、現在聖騎士になってからも続いている。
好きにやらせてくれた上で望んだ成功が得られないこと。
そんな幼稚な願望が、現実で叶うはずがないこと。
そんな当たり前の事実を知った苛立ちの芽は、今でも心の奥底で存在を主張している。
正しさに苦しめられた本音が、どうして実現しないんだと、八つ当たりのように叫んでいた。
けれど────
「まだ、それだけなら良かったのに。」
世界を逆恨み出来たのに。
【いい加減にしろッ!あなたのやり方は間違っている!騎士の誇りがないというのかッ!】
きっかけはいつも通り、格好つけたかったから。
たったそれだけの理由で俺は、貴族から排出された騎士を公の場で糾弾した。
権力を笠に切るのは騎士として恥ずべきことだと、歯の浮くような台詞を連発し、相手の威光と築いた歴史をこれ見よがしに傷つける。
それが普段の数倍増しで思いきれたのは、相手が実際に黒い噂つきの嫌われ者だったからだろう。
築き上げた功績を武器に好き放題にやり、しかし裁くことが難しい。当たり前に嫌われる黄金パターンだ。だから容赦しない。
小市民の立場なら周囲と同じく影でコソコソと罵倒するのが関の山だが、今は違う。
現人神に選ばれた騎士、すなわち使徒なのだから。
堂々と溜まった鬱憤をぶつけ、当然のように勝利した。
裁かれた貴族は騎士もろとも没落する。
先祖代々、私腹を肥やして重ねた罪は晒された。
地位も領地も大幅に削られた後、もっとも位の低い騎士として何か起きた場合に最前線に送り出される。
最高にスカッとした。
ゴミめ、俺に逆らうからだ、ざまぁみろ。
権力を笠に着る蛆虫が。
それは久々の純粋な達成感だった。
気に入らない相手を破滅させられたのみならず、名声まで高まったのだから、これ以上はない。
だが、本当に待ち望んでいたものは────
【馬鹿な・・・その、姿は・・・。】
数ヶ月後、その天狗の鼻はへし折られた。
来訪者は片足と片目を失った騎士。
かつて自分が意気揚々に報いを与えた男が、変わり果てた凄惨な姿を晒していた。
復讐かと身構えるも、その顔を見て言葉を失う。
綺麗な微笑みで、賢者のような眼差し。
かつての過去も醜さも、そして掴んだ小さな救いも。
すべて受け止めている眼は、かつての醜悪さは欠片もない。
傍らには、彼を支える幼い少女。
いわゆる孤児というやつだ。
この聖都ではない何処かでの調査で出会ったらしい娘のために、かつて傲慢だった彼は頭を下げる。
この子のため、彼女を受け入れて
【なぜ、あなたは俺に頼るんだ。】
奪われたんだぞ?憎いはずだろう?
頭を下げるのは嫌なはずだ。
そんな凡俗な疑問を、彼は首を横に振る。
かつての悪徳騎士は、真なる導きの騎士のように、
民衆の星、高潔な騎士───ゴスペル=シャインブレイブ。
どうか戸惑わないでくれ。今となっては恨みなどあるはずもない。
糾弾された通り、かつての私は愚かだった。どうしようもない人間だった。
この小さな生命と出会えなければ、自分の醜さに気付かぬままだっただろう。
他者の笑顔を素晴らしい宝石だと感じられる。
目が覚めたのは、他ならぬあなたのおかげだ。
【やめてくれ】
そんな目で見ないでくれ。
途切れることのない賞賛に、耳を塞ぎたくなる。
羨望されたら嬉しいという価値観に、亀裂が生じた。
【違うだろう・・・!】
そして湧き上がる困惑と嫉妬。
蹴落とした相手が、何かの
小さな女の子を守り抜いた
なんで現人神に選ばれたはずの自分よりも、立派な人間になっている?
転げ落ちたなら、そのまま死んでくれ。
どうして嫌いな相手は嫌いなまま終わって、ああよかったと感じさせてくれないんだ。
こうなる可能性自体が、なぜ存在するんだ。
【違う、俺は・・・そんなこと思ってなくて・・・!】
本音を自覚するたびに顔が熱くてたまらない。
これは羞恥心だ。
初めて認知した幼稚さに、うずくまってしまいそうで。
そしてようやく、馬鹿で無知は
真の意味で、願望について自問できるようになってしまった。
そして、己が低俗さを自覚する。
思い返し、堪能してきた快楽が恥ずべき刃に変わる。
あれもこれも、平民が貴族になってやってみたいことのオンパレードだ。
楽しかった何もかもが、そんな内容しか浮かばない。
「俺は──」
静かに溜まる、自分自身への失望。
「俺は本当に"選ばれた者"なのか?」
そのはずだ。なのに想像通りじゃない。
描いた理想の間で、噛み合わないものだらけだ。
ああならば、立派になれるようになろうと思えたならばいいのに。
その感情は続かない。
湧き上がる感情の全てが、欲の癒しで解きほぐされる。
不満が爆発しないように適切なタイミングに、何もかもが与えられる。
何かが嫌だ、動いてない。
俺は本当に、生きているのか?
幸福が幸福じゃない。
ハッピーエンドが続かない。
何故、何故、何故─────。
そして俺は、その後の現人神とのやり取りで全てを自覚することになる。
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