第二章三節"聖都アークリュミール"─9
ゴスペル=シャインブレイブの死と同時刻。
「────、なに?」
宮殿にて、恩恵の大元である現人神にその死が誰より早く伝わった。
元より、洗礼を誰より与えていたものが纏まって還ってきたのだ。
これが何を意味するか、何よりも鮮明に、誰より理解する。
信じられない、と呆然と虚空を見つめて戸惑い。
その喪失を確かな現実として受け止めて俯いて─────。
「そうか、ゴスペル。
─────信じられんな、殺されたか。」
現人神────スカイライト=ヴェラチュールは、一瞬で真実の顔を顕にした。
蒸発する哀悼、荘厳な眼光が空を射抜いて意識を完全に切り替えた。
ああ、なるほど────とんだ誤算だった。
驚愕したし、動揺したがそれはそれ。
自ら手を打たずに他の聖騎士が帰ってくるのを待つ方が、後の痛手に繋がるだろうと、一秒でも早く理解したから。
「そこまでだ。ナオタカの後継者、おまえは此処で確保する。」
瞬間、発動する魔法。
魔力反応を探す。
使徒を殺した犯人は、烈黎以外に有り得ない。
そして、決して誰にも見つからない場所での犯行だ。
表立って活動しているのが
「そこだな。」
遠く離れた宮殿にいても、位置を特定する。
ある魔法のコアとなる地下、そこ以外有り得ない。
事実そこで魔力探知をし、唯一生きている反応があった。
であれば─────。
「なッ─────!」
遠く離れた地下にて、構築されたいくつもの魔法陣。
烈黎はその対応の速さに驚愕した。
気配はない。
此処にはまだ、烈黎を見つけた本人は来ていない。
それでもなお、感知した上で完璧に魔法陣は烈黎の方に向けられている。
二千年の経験から自己の決定に疑いはなく、これ以上なく正確に狼藉者を補足する。
更に増え続ける魔法陣。
不味い、逃げろ────脇目もふらず走り抜け。
ゴスペルの死を餌に、
あの魔法陣すべてが、対象を蒸発する裁きの雷光だと理解した、次の瞬間─────。
先程までの騎士の雷など及びもしない、現人神による神威の雷光が魔法陣から放たれた。
躱しきらないと蒸発する。
一撃でも掠めたら、それだけで脚が止まるだろう。
そうなったらもう、終わりだ。
「オオオオオッ!!」
烈黎は喉を突き破るような絶叫で、全方位から雪崩込む雷光の嵐から全開で逃げ始める。
直撃を避けても、何一つとして安心出来ない。
何より恐ろしいのが、殺気が読めない。
これほど絶え間なく、絶滅させる雷光を矢継ぎ早で放出しているのにだ。
それは計算され尽くした殺戮技巧だった。
目測じゃないのに、この超長距離でこの命中精度。
なるほどこれは、本当に恐ろしい。
二千年の研鑽は嘘なんかじゃない。
「これが
しかも、底が分からない。
このままでは逃げることさえ不可能と判断した。
そして、ほんの僅かな隙を見つけた。
「舐めるなよッ!」
その隙を見つけて、疾駆する。
走り抜けて躱して躱して遂に────出口らしき扉を見つけて・・・。
「────ようこそ、烈黎=ミヌアーノ。」
絶望の雷光を超えた先は、更なる
だから、脚を止めるか?いいや────。
「参るッ・・・!」
いま走っているのだ、勢いはあるのだ。
だからこのまま、斬りかかる。
「これはこれは、手洗い挨拶だな。
まあこれも俺の不明だろう、甘んじて受け入れた上で先に状況を説明しようか。」
それを、現人神は手にした剣で受け止める。
しかも、その間にも口は止まらない。
「見ての通り、この場にいるのは俺だけだ。部下たちには何も知らせていない。」
つまり先の雷光は牽制であり、現人神は此処に来て待っていた。
汗ひとつかかないのを見ると、なるほど転移かと理解する。
「
つまり、スカイライト=ヴェラチュールを討つ最大の機会に他ならない。
「どうだ。千載一遇の好機だぞ?喜んでくれると嬉しいのだが。」
「舐められたもんだ。」
ギリ、と烈黎は歯ぎしりをして────。
「余裕の礼だ、洗いざらい吐いて貰おうかッ!」
まだ確定していない悪事を暴く為にも、此処で全てを終わらせようと、言葉と同時に斬り込む。
後先など最早考えない、身体強化をフルに使って連続で斬撃を打つ。
「余裕などないさ。いつだって俺は本気だ。
足らない知恵を振り絞り、目の前の問題に全力で挑んでいる。手を抜いた事など、一度たりともあるものか。」
捌き、いなし、躱し、弾く。
全力の連続攻撃は、何一つ届かない。
信じ難いことに、魔術師でありながら二千年の間に鍛え上げた近接戦闘の技量によって、烈黎の本気を防ぎ切っていた。
ただただ磨き上げた技術と見切りだけで、かすり傷一つだって負っていない。
「俺がいったい何度、人の可能性に辛酸を舐めさせられたと思っているんだ。」
そして反撃の太刀筋さえも、一流を超えている。
どれだけ若くとも、未熟でも、人によっちゃ心ひとつで巨大な敵を追い詰めることがある。
そんな可能性があるのだから、油断なく、慢心せず、鍛え上げて対応するのは当然だった。
「立派な自慢はいい。テロリストと結託して群の連中の二名を、仮想世界に放り込んで実験したのは事実か?」
「流星と、
英雄と聖戦をしたいという願いを叶えると約束し、依頼したのさ。実験として、な。」
あの一連の、地下の研究施設にておきた仮想世界の事件。
それを、現人神はサラリと認めた。
あの光の亡者らしからぬ理性的な判断に、最初こそ面食らったがそれはそれ。
すぐに手を打ち、烈黎に残党狩りを依頼した。
結果はご覧の通りで、優秀な広告塔を喪ったが仕方がない。
故にこうして直接向かい合っている。
そして─────。
「法外な実験についても、まぁ事実さ。
とは言っても、その対象の殆どは希望者と犯罪者だがな。」
これまたサラリと、簡単に吐いた。
さあ迷う必要がなくなったぞ?と。
現人神を殺す大義名分を自ら与えた。
「聞いてもないことまでぺらぺらと─────よく分かった、お前を斬る。」
「それは何よりだ。」
逃げる理由を奪ったぞ、と現人神は笑う。
次なる烈黎の斬撃もまた、現人神は防御と反撃を完璧にやり遂げる。
烈黎もまた無傷だが、しかし経験値の差がこれでもかと顕になる。
力押しも、瞬発力も、技の冴えも、胆力も、持久力も、あらゆる面で完成している。
底が見えないばかりか、魔術師共通の弱点であるはずの近接戦闘もこうして簡単に対応する。
常識に振り回されるべきでは無いのは確かだが、これはそんな度を超えている。
「弱点なしか。つくづく苛立つなッ・・・! 」
「無駄に長生きだからな。弱点や苦手の一つや二つ、時間を賭けて克服したさ。
都合よく、努力すれば埋められるような弱点を残したままだと思ったか?現実を見ろ。
どんな怪物でも、首を飛ばせば、それでもダメなら心臓を壊せば、そうでなくとも死ぬ方法は必ずあるんだぞ?殺されるんだぞ?慎重になるのは当たり前だろう。
仮にこんなものが他者より優れた生き物だったとしても、恐れるあまり尻尾を巻いて秘境に逃げるわけがあるか。
そんな呆れた
太古の怪物が最新鋭の戦闘者と技巧を見縊るあまり、遅れを取って間抜けに死ぬ?
そんな頭の硬さでは、とても勇者からは逃げられんさ。」
そんなものでは駄目だ、故に現人神は考えた。
「明確な弱点が存在するなら、耐性を得ようと努力する方が堅実だ。仮にそれが不可能なら、弱点をつけないような状況に持ち込めばいい。
理解出来るはずだ、俺は当たり前の話をしているのだと。」
生き残るのは、とても難しいのだから。
スカイライトの発言は、腹立たしいくらい正論だ。
物理的に強いだけでも、精神的に強いだけでも駄目なのだ。
果てのない
生命の長さに区別なく、隙を残したまま幸福になれるなど、今の世界は甘くない。
斬り結びながら、タイミングをずらす目的も含め、言葉は続いていく。
「だが物語において、例えどんな強大な怪物も必ず弱点を残している。
残さなければ言わずもがな、生まれ落ちて十や二十の
どこまでも当たり前の、そして絶望的な真実を語る。
長い間を費やした者の方が強いという、あまりに基本的な方程式をその体現者は断言する。
永遠の成長期を維持し続けて、誰よりも経験を蓄えながら、しかし新技術の到来を侮らず、社会の貢献者に君臨して、聖都の運営を励み続け、技能を、交渉力を、経験値を誰より多く積み重ねつつ、それでいても充分と慢心せず、長い年月を活用しながら、効果的な成長を、こつこつと、毎日と重ねていく。
「だから必然、俺が打つ次の手はこうだ。」
「がっ──────!?」
突如、烈黎は崩れ落ちた。
いま剣と刀を使用して向かいあってるからといって、じゃあ剣術だけに拘って戦うなど愚の骨頂だ。
当たり前のように、二千年積み重ねた魔術を複数同時に発動した。
海属性によって、感覚を狂わせて。
大地属性によって、烈黎にのみ重力を重くして。
雷属性によって、電気ショックを流して。
明らかなオーバーな魔法を行使して、烈黎は倒れた。
脳が揺れて吐き気が止まらない、あまりに重い重力で身体が持ち上がらず、更に電気ショックで麻痺している。
勝てない──────。
あらゆる面において、あまりに隙がなさ過ぎる。
今この場でこの機会をわざわざ与えたのも、此処で確実に捕らえるというメリットが勝ったから行ったことだ。
仮に此処から烈黎が逃げ仰せても、現人神はその立場を使って指名手配を発行する。
現人神がテロリストと結託したなどと、そんな世迷いごとを誰が信じるという?
逃げ場も打つ手も、先手を取られたのにも関わらず、的確に烈黎の勝機を奪い尽くしていた。
「チェックメイトだ、人斬りよ。
おまえを此処で確保する。」
だからこの結果も、当然だった。
倒れ伏した烈黎は、意識を失いかけていた。
恐らくは身体強化・絶を使っても、この男の二千年は越えられない。
なぜならそれはもう、既知の業なのだから。
──────超えられない?
「なに?」
烈黎の指が、ぴくりと動いた。
既知の業だから、越えられない?
ならば、ああならば─────それを超える一手を打つまでのこと。
「身体、きょ、う、か─────」
「馬鹿な、この状況でやればおまえの身体は────!」
壊れてしまうぞ、と。
告げるのは遅かった。
「ぜつ、絶、絶ッ!!!! 」
目を見開いて、烈黎は感覚を狂わせる魔法を超えて、重力に逆らって、麻痺する身体を無理やり動かして・・・現人神が知らない絶技を使用した。
ナオタカ流の身体強化の最終到達地点、身体強化・絶。
そこから更に禁忌である、三つの重ねがけ。
大きすぎる負荷を背負って、無理を通して烈黎は起き上がり、そのまま飛びつくように前へ、首を奪うべく刀を振るった─────。
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