第二章三節"聖都アークリュミール"─8
「はっ、ははははははは!!」
俺の動機を聞いた瞬間、我が意を得たりといわんばかりに奴の口元がほころぶ。
萎えた聖剣の鋭さが、また戻ってくる。
「馬脚を現したな!浮浪者───いや、短絡的なテロリストめ!
それは結局、私刑なだけだろう!単なる思想からの暴走、殺すことの自己肯定に過ぎないじゃないかッ!」
雷光は至近距離で放たれる。
輝く切っ先での斬撃もセットだ。
大義を得たと思ったその瞬間からは、さらに強く速い。
「覚悟?あるのだろうな、だからどうした。
強くて折れない覚悟があれば、誰かを殺しても構わないのか?非道を行うからといって、幸福を奪っても許されるのか?
免罪符なんて、何処にもない!その身勝手さで仮に、それを果たしたとして───どれほど多くの犠牲者を生むと思っているんだ!
知っているのならわかるだろう、聖都アークリュミールは
非道が真実としても、排除すればどうなるのか、少しは想像してみろ!
政策も、経済も、すべてが機能不全になる!あの方に跡取りは存在しないから、後を継ごうとするものの争奪戦だ!一気に地獄に巻き戻るんだ!
お前が苦しむのならそれでいい、お前の嘆きは自業自得だ。
けど現実はそうじゃない!最終的に血を流すのは、いつだって優しい
なるほどなるほど、ああ確かにそうなるだろうな。
そして俺は浮浪者だ、悪を斬ればそれでいい。
だから本来知ったことじゃないのだが、けれどその主張は───
「覚悟が決まっているのは伝わった、だから今こそ思い出せ!
そんな暴力は何も生まない!正しいことは痛いのだと!
ああそうとも、秩序とは───」
「秩序とは、即ち我慢なのだから、かい?」
もう知っているんだよ、そんなことは。
もう俺は師匠と違ってわずかに理性もあるものだから、そんな気付きはとうの昔に終えているんだ。
それでも止まれないから、ロクデナシなのさ。
「つまりお前は、支配者は殴りたい放題で構わないと言っているんだな?」
「・・・なに?」
そして何より、その手の主張もやはり穴があるのさ。
ひと昔前までならその言葉に賛同できたが、今は違う。
「自覚がないんだな。それさえ、どうせ
底の浅い、
「本当は自分も、誰かを好きに殴り続けたかったとでも言えばいいものをな。」
悲しいくらい、言葉も力もみなすべて、授かったものしかない。
俗っぽい感性を、授かっただけの宝石で装飾しているだけだ。
「巨大で偉大な存在に歯向かってはいけない。
その理論を突き詰めれば、上か下かの考えだ。
それは立派な、出来るやつを優先する判別方法なのさ。
さっきのお前の主張も、言い換えればこうなる。世界に必要な統治者であれば、民草の一人や二人磨り潰しても構わない、とな。
残された家族も友人も、相手は重鎮なのだからと。歯向かうのはやめるべき、秩序を重んじて耐えるのだ、全体を優先せよとな。胸糞悪いだろう?」
統治者や強者を優先すれば、確かに実際に全体として強くなるのだろう。
替えの利く人材より、君臨する頭のほうが重要なのは語るに及ばず。
結果として、自然に弱肉強食の理屈は続いていく。
「俺以上に、お前に向いてる理屈じゃないぜ?」
そんな主張を、目の前の優男が吼えるのだから。
呆れるやら、驚くやら。
だがまあ、そう確かに。
「だが間違っちゃいない。お前は正しいぜ、
だからこそ、滑稽だった。
どこまでもどこまでも、与えられて演じている聖騎士という立場からすれば、あまりに筋が通っていたものだから。
「だったら、なあ?いい加減卒業するべきなのさ、その理屈からは。
俺やお前、現人神すら乗り越えて、その宿命から一歩越えなきゃならんだろう。
言うは易し、行うは難しだが、あえて言わせてもらうとだな。
現人神の滅びが全体幸福につながれば、何の問題もないだろう?
現に、聖都以外でも治安をよくしようと動き出している連中もいるのさ。一体どれだけかかるのかは知らないが、少なくとも足踏みはしていないぞ?」
「ふざけるな、黙れ、黙れよォォォォォ!!!!」
耐えられない、心の底からどす黒い感情が湧き上がってくる。
こんな薄汚い男が、そんな如何にもな主張を返せることが、なんでこんなにも羨ましいのか?
この男は勝手に期待して、そして勝手にやっていることなのに。
「頑張るなよ!頑張らせるなよ!自覚させるなよ!言わせるなよ!!」
誰か教えてくれ───辛い思いをせず報われたいという願望は、それほど罪なことなのか?呪わしい祈りなのか?
苦しまなければ成長できないというのなら、人はみな傷だらけになるべくして産まれるのか?
歩んで幸福を得るためではなく?そんなもの、産まれてこなければよかったなんて結論になるんだぞ?
そんなものがこの世界の真実ならば───
「認めないッ!」
心の底から嚇怒の感情がわいてくる。
どう足掻いても苦しむ世界など、在っていいはずがない。
だから、そう俺の
「いま、決めたんだ!
美しい世界が見たいんじゃない。素晴らしい世界が欲しいんじゃない。
ただ、易しい世界で生きていたいだけだ。もっと簡単でいいじゃないかッ」
にじみ出てくる涙を振り払い、自らの
「神様に選ばれたらめでたしめでたし。それは短慮で甘すぎる?いや違う。むしろ逆だ、そんなものでは足りないんだよ!」
神様が、仲間が、そう誰かがいたから、頑張ったから、出来たから・・・どれもダメだ。
そんな
「この世に生まれてきただけで、誰もが幸福になれる世界。それこそまさに、
出来ないやつは出来ないままでいいじゃないか。
この世に生きる生命の大半は、自分と同じ凡人なんだ。
選ばれて幸福になるのなら、それ以外は望んだ幸福を得られないということだ。
ああそうさ、確かに英雄だの現人神だの、出来る者たちの栄光は出来ないものからすれば格好いい。
しかし、それはもういい。
産まれながら望んだ幸福が得られないのなら、こんな世界に意味なんてないだろう!
「だから必ず作る。弱者の理想を嗤わせない。
俺がこの過酷な世界に、易しい楽園を作ってやるんだッ!!」
ようやく、俺の心を縛る
これが俺の祈りだ。
俺と同じような、出来ない弱者でもそのまま肯定して輝く未来に導くがために。
「だから、まずは貴様を殺す。」
「・・・ああ、俺もさ。」
烈黎の顔から、笑みは消えた。
それでいい、望んだ祈りに向けて歩みだそうとする意志と殺意は何にも勝るとも。
その答えの正しさは問わない。世界を変えようとする話なのだから、正誤なんて誤差だ。
それが実現可能かはさておいて、それでこそとようやく思えた。
ようやくをもって両者とも殺意が交差する。
「────いざ、参る。」
だが、悲しいかな。
その覚悟はあまりに遅すぎた。
もっと早くに気付くべきで、こうなる前に鍛え上げるべきだった。
人斬り、烈黎=ミヌアーノ。
殺意をちゃんと殺意で応報したものだから、その実力は完全に発揮される。
道楽による死闘ではなく、正しく譲れない死闘となってしまったばかりに、恩恵だけを授かってきたゴスペルの剣技と雷光は当たり前に届かない。
「ちく、しょう・・・!」
覚悟を決めてはや十秒。
驚くほどあっけなく、烈黎側の優位はまったく揺らぐこともなく。
両腕を切り捨てられ、護符はついに切らして首を晒し────そしてするりと切断した。
ちゃんと殺意で向かい合った相手への敬意を忘れない人斬りの眼を、胴体から絶たれ首のみとなったゴスペルの眼は一瞬だけを捉えた。
お前を忘れない、という。
あまりに身勝手な秩序なき男に、向ける感情はもはや空っぽになって───
───どいつもこいつも、
ほんのわずかな呪詛を思い浮かべた後、
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