第二章三節"聖都アークリュミール"─10(終)



現人神と人斬りの死闘の間、地上にて────。


血狂魔剣サンブレイドに心酔していた残党たちは、第七階位聖騎士ゴスペルが突如姿を消したことで勢いを取り戻そうとしていた。


悪逆の徒である彼らに、平民を傷つけ殺し、繁栄を見せつけてきた建造物を破壊するのに躊躇はない。

それが、首領を嵌め殺した現人神が治める地となれば、より一層士気が増すばかりだ。


結果的に、被害を被るのはやはり小市民たち。

正当性の欠けらも無い、醜悪極まる光景が今まさに開かれようとしていた。


テロリストの一人が、女や子供を捕まえた。

どのような事が起こるかなど、想像に容易いか、或いは想像を超えるだろう。








「済まないが、手荒になる。」





刹那、煌めく至高の剣閃─────極めた絶技が空を断つ。

滑空するは神速の刃、人の知覚速度を振り切る十の斬撃が、対象テロリストと人質を中心に戦場を駆け抜けながら炸裂した。


、と。

聞こえもしない異音が響いた直後、地獄と成り果てようとした街の一角は刃の軌跡に断たれ、敵も邪魔な建造物の一部さえ、縦横無尽に分割された。


被害は無論のこと、この場にいた聖都を脅かすテロリストのみ。

建造物は柱を断ち切ったことで崩れたものの、市民にはなんら被害を与えなかった。

逸らず、語らず、粛々と。

殺すべき者たちだけを、鏖殺した。


頂点と思われる程の完成度、無慙や英雄を超える剣技。

敵にとっては分かりやすい絶望、市民にとっては畏敬の象徴がそこに立っている。


「ば、っ、ばかな・・・聖騎士やつらは来ないんじゃなかったのか!」


聖都アークリュミールが誇る第一階位聖騎士"デイビッド=ウィリアムズ"。現人神ヴェラチュールが鍛えし絶対剣士

即ち、切り札である聖騎士の中でも最上級。


「第一階位聖騎士、デイビッド=ウィリアムズ────これより交戦を開始する。」


聖都アークリュミール史上最強の使徒────遂行絶剣ブルンツヴィーク、降臨。

千年の歴史の頂きに君臨し、魔人を超える才と心技体を極めた男はテロリストを無感情な瞳で射抜く。

まさに、鋼の刀剣であるが如く。


「たっ、助かりました!ウィリアムズ卿!」

「しかし、他の聖騎士は何処に・・・?」

「主の命にて、俺だけ先に戻ってきただけのことだ。」


許すがいい、と付け加え構えを崩さない。

波紋一つない水面のような、美しいとも感じられる剣気の到達点を纏い、残りのテロリストと対峙する。


「一応問おう、血狂魔剣サンブレイドの残党よ。貴公らの協力者は何者だ?」

「い、言うわけねぇだろ!」


ふむ、と。

テロリストの返す言葉を飲み込む。

第七階位聖騎士ゴスペルを分断し、そして今もなお姿を見せないとなれば、つまりはそれ程の実力者だ。

理由、目的、正体、それが何かという思考回路を、しかしデイビッドは遮断した。

今の己は一振の剣。ただ断ち切るのみ、それでいい。


「知りたきゃ、吐かせてみやがれ!」

「その必要は無い、何故ならば────」


この刀身を抜いた、その時に。

またしても、静かに風の如く駆け抜けて。


「────次の仕事に移っている。」


またしても、10人のテロリストの首を断ち切った。

この、たった一言の間にて。

魔力は一切用いない、鍛えた技ただそれのみで、戦況は完全に聖都側に傾いた。








少し時間は経ち、場面は現人神と人斬りの死闘に戻る。


「ぜつ!!!絶!!!絶!!!」


現人神の知らぬ絶技、飛びつくような一撃を烈黎は放とうとしていた。


この一瞬で、現人神は知覚する。

この必殺、無事では済まない。

防いだとて、手傷程度か、或いは致命か、最悪の場合・・・死か。


ああこれだから、光の亡者のみならず執念の化身は秤にとても収まらない。

せめて死さえ逃れればいい、とうんざりしたように傷つくのは慣れたかのように、防御の構えを取ったその時に────。


「────そうか、間に合ったか。」


ほくそ笑む。

最高のタイミングで、最高の切り札がここまで来た。

であれば、命じるのはただ一つ。


「断て、デイビッド」

「────御意。此より神敵、調伏致す。」


突如現れた無双の神剣デイビッド

現人神の懐に飛び込もうとする烈黎の側面に、斬撃数あわせて十に至る絶技が放たれた。


「─────ッ!!」


烈黎の反応は早かった。

不意であり、しかも重く設定された重力下でありながらも"身体強化・絶"の三つ重ねがけによる防御によってその絶技を二の腕を浅く切り裂かれる程度で済んだ。


デイビッドの到着と同時に、重力魔法は解かれる。

麻痺と脳震盪は僅かに残るが、まだ動ける。

しかし身体強化の負荷により、筋肉の裂傷、体力の大幅な消費が何より重い。

起死回生の一撃は、不発に終わり、そればかりか最悪の敵が増援として現れてしまった。


「流石に仕事が早いな、デイビッド。」

「主の命ゆえ、当然にございます。」


並び立つ現人神と、その片腕たる神剣。

聖都を支える者たちは、今の烈黎には絶望の状況だった。


「最悪、だな。」


これが罰当たりというやつか。

理由があれど、現人神に立ち向かった贖いをしろと。

この状況がそのまま神罰かのように思えた。


「その様子だと、テロリストは全滅させた後に俺たちが繋ぐ現在位置のパスを辿って来たか。」

「ご明察です。もはや報告は不要ですか。」

「ああ。おまえにこの場所を教えて正解だったな。」


主従の会話から察せられる事情。

まずは味方は全滅した。よって救援はなし。

いやそれより、いまコイツらは何と言った?


第一階位聖騎士は、この巨大な植物らしきものがある場所を伝えられていた?

ああ、なるほど────。


「なるほどね、遂行絶剣ブルンツヴィーク殿はカミサマが秘密裏にしている事は承知しているわけか。」

「その通りだ、無慙の後継者よ。

俺の主であり、父であり、兄であり、師である現人神ヴェラチュールからの恩義が故に。」


よって、裏切りなど期待するなと。

言外にハッキリと伝えられたようなものだ。

解き明かすほど、絶望が迫る。

勝ち目など、万に一つもなく、そして逃げることも出来ない。


顎まで冷や汗が垂れて落ちる。

頭が可笑しくなりそうなほどの戦況で、一周まわって笑みが出てしまう。

だからこそ─────


「なら、斬るしかないな。」


選ぶ答えなどただ一つで、烈黎はほぼ満身創痍でありながら構えた。


「任せるぞ、デイビッド。」

「御意。」


ただ一言。

烈黎が間合いに踏み入れたその瞬間、神剣は腕が霞んだと思った直後────。


遂行絶剣ブルンツヴィークの絶技は、すべて烈黎に向けて十三の斬撃一息に放たれた。

抵抗?回避?等しく出来るはずもない。

たとえ烈黎であろうとも、満身創痍であれば尚のこと。

よって─────


「くっ、そ────・・・・・。」


幾つか相殺したものの、殆どの斬撃を受けて血を吹き出して力なくその場に倒れ伏した。


千年に一人と言える才能と、徹底的な新しい鍛錬による絶技を持つ遂行絶剣ブルンツヴィークは二千年を超える証明だった。


今度こそ、人斬りの意識はない。

よって、広大な聖都に進行したテロの被害はほんの一角と、第七階位聖騎士ゴスペルのみに収まった。


民衆の人気を一身に受け止めていた彼の存在は確かに大きなものだが、それもまた代わりを用意すればいいこと。


など、この世には腐るほど存在するのだから。


よって、与えられた役割は全うした。


「見事だ。これほどの剣士相手でも、のだからな。」

「主命ですので。」


振り返れば主である現人神が賞賛し、剣士は粛々と受け止める。


「次は何をすれば宜しいでしょう。」

「逆に問うが、おまえの方に希望はあるか?」


静かになったこの場にて、主君の問い返しに対し遂行絶剣ブルンツヴィークは欲を見せない。

そんな片腕の様子にスカイライトは思わず小さく苦笑する。

二千年も生きたせいで擦れてしまった自分と違い、まだ若いのにその無欲ぶりはどうなのかと。


長い付き合いゆえに分かってはいるが、デイビッドの行動原理は徹底的に刀剣である。

武器であるため我欲なく、何より主命こそが優先される。

それこそ命令とあらば、始祖や国の主であろうと両断することに躊躇がないほど、彼は完成されていた。

徹頭徹尾、遂行絶剣ブルンツヴィークは私情も私欲も廃しながら忠誠だけに己のすべてを捧げている。

それはもう、最初からそうであったかのように、なんの矛盾もなく自然体に。


だからこそ、主は主でそんな使徒を勿体ないと思うから。


「ここまでずっと、俺の野望わがままに付き合わせて来たからな。たまには何だ、主としてことをさせてくれ。

気取った表現をするなら、親代わりとして出来た息子の願いくらいは幾つか叶えてやりたいのさ。この際、何でも言ってみるがいい。」

「とは言いましても、依然変わらず。」


願い、求め、祈りを捧げる拠り所・・・ゆっくり首を振った。


「申し訳ありませんが、特に何も。

剣はただ剣として、御身の敵を斬るだけです。


ですが、しかし────」


────烈黎との一瞬のみの立ち会いで感じた、手に響いた手応えを思い出す。

放った絶技を、満身創痍でありながら十三の斬撃を防いでみせた。

本気ではなかったとか、殺すつもりではなかったとか、問題はそこではない。

想定通りにいかなかった、ただそれのみが重要だ。

それはデイビッドの想定を上回った証明なのだから────


「答えが見つかりそうではあるのです。

なのでもし、機会が上手く訪れた時には恥を忍んで頼みましょう。」

「遠慮するな、大きな進歩だ。未来に希望を抱く楽しみ、一度嵌れば病みつきだぞ。」


使徒の肩へと手を置きながら、寡黙なる刀剣に訪れた変化を祝福する。

従者は己が意を持たず、武器として仕える者。

主君は野望を胸に秘め、己が道を突き進む者。


正反対と言ってもいいほど性質を異にする主従だが、或いはまったく逆だからこそ馬が合うのか。そこには確かな恩義や忠誠以上と言える、不思議な絆が存在していた。


一方にとっては長く、一方にとっては短い歳月によって培った信頼が。


「さて、敵が全滅したならば報告や事後処理で忙しくなるゆえ、俺は戻らせてもらおう。

その前に─────」


倒れ伏した、瀕死の人斬りを現人神は見る。

そして何をするかなど、もう決まっていた。


新天地アースガルドへの、先行客だ。

デイビッド、案内してやれ。」

「拝命致しました。」


命令は粛々と遂行される。

人斬り、烈黎=ミヌアーノを見たものは、暫く居なかったという。

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