第二章二節"開花"─4



「あ、クウガさん。こんにちは。」

「こんにちは。昨日は大丈夫だった?」

「はい、なんとか・・・」


訓練所で死ぬことはまず無いが、少なくとはもマサトとしては死ぬかと思った、なんて言う資格位はあるだろう。


「無事なら良かった。」

「あ、あの・・・!」


マサトはふと、反射的に何かを問おうとした。

何か聞きたいことがあったはずだが、上手く言葉が出てこない。

それを見たクウガは、首を傾げたが直ぐに微笑んで────。


「何かジュースくらい奢るよ。話したいことがあるんだろ?」


クウガのその言葉に、マサトはゆっくり頷いたのだった。








「・・・ありがとうございます。」

「いいさ。俺も喉が乾いてた頃だし。」


休憩室、机を挟んで座る二人。

机には、オレンジジュースがある。


クウガはまだ16歳だが、マサトにとっては年齢的にも、そして戦う者としても大先輩だ。

だから正直、マサトにとっては恐縮だった。


「あの・・・っ」


だがそれでも、言えることがあるとしたら、今しかない。


「戦う人にとって、怖いのは恥ですか・・・?」


言ってみた。

ああ、言葉にはした。

まだ足りない。

本当に言葉にしたいのはこれだけか?


クウガは静かに待つ。

きっとまだ、伝えたいことがあるんだろうと。


「・・・師匠にも、ご先祖さまにも言えないんです、こんな事。

恐れたら、怖いと言ったら、刀を持つ資格はないと奪われる気がして・・・。

そんな情けない姿を、には見せたくなくて・・・。」


負けた時から、ずっと抱えていた悩み。

打ち明けるなら、今しかないと思ったから。

涙を堪える。

辛くて仕方なかった抱えたものを、吐き出していく。


「僕は今、虚勢で刀を握ってる気がする・・・。こんな事じゃダメなのは、わかってる、のに・・・。」


分かっているのに、震える恐怖を押さえつけるのに必死で耐えられない。

僅か12歳の少年が抱えるには、余りに重すぎる事だった。


もうこの先を言えない。

なんて纏めたら良いか分からない。

そう察したクウガは、言葉を噛み締めるように頷いて、その回答をしていく。


「恥なんかじゃない、あって当たり前なんだよ。恐怖って。」


優しく、そう告げた。

決してそれは、優しいだけの励ましではなく、真実からそう思っている。


「マサトは、何のために刀を握るんだ?」

「それは・・・何かあった時、自分を守れるように、あの人を守れるように、誰かを守れるように・・・後悔したくないから、守りたいんです。」


涙を拭ってそう言った。

本気だ。本物の心だ。

だが実行する際の恐怖はある。

あって当たり前だ、最初からないやつなんてほとんど居ないと、クウガは言う。


「そりゃ怖いさ。命が懸かってるんだから、怖くて当たり前だよ。

怖くて怖くて、自分のことに精一杯になる事だって、ある。」


追い込まれた時、人は冷静になれず倫理とは乖離した行動が発生することもある。

そうなっては仕方ないし、それで悪化しないために、それを抑えるプロだっている。


それは醜いことじゃなく、誰もが受け入れるべき事象で、だったらどうすると永遠に問われ続ける課題だ。

その課題は一人で解決するものではなく、みんなで考えなきゃいけないことだと、クウガは語る。


「だから、最終的には意地や虚勢で刀を握ることがあっても仕方ない。

でもね、戦いつづけるなら、自分の心と相手と向き合うことを捨てちゃいけない。

それだけは絶対にダメだ。」


それだけは、と。

クウガは念を押して伝える。


「マサトは、守るために相手を殺したい?」


クウガの質問に、少し黙って首を振る。


「本当は、悪いやつが相手なら殺さなきゃダメな時もあるとわかっても・・・自信が無いんです。

僕は、


力は力、刀は刀。

暴力は暴力だし、武器は武器だ。

存在して当然な道具であり概念だとしても、それはやはり必要悪の域を出ない。


ただそのうえで、本来忌むべき存在である武力も、一人の悪人を殺すために用いることで、万人を救い"活かす"ための手段となる。


それが活人剣であるが、マサトはそれすら出来るか分からない。

不殺に近い、何かにしかなれないかもしれない。


「だったら尚更、自分の心は棄てないこと。そして、相手と向き合う事だ。

きっとマサトはそうした所から始める方がいいんだ。」


相手を倒すことが、勝利にならないならば。

向き合う所から始めて、自分の勝利こたえを探すべきだとクウガは言いたいのだろう。


まだ世間の全てを見通せない只人を、じゃあ武器を持つなら戦えなどと。

クウガとしては、それは間違っていると断言する。

ただ、本人は手離したくないといい、勝利こたえを探したいのならば尊重するべきなのかもしれない。

恐怖や虚勢はあって当たり前だから、それは否定するべきじゃないし、抑える手段は必要でも棄てるべき心ではない。


「確かマサトは、休日一人で色んな場所に行ってるんだよな。

そして、マサトなりに色々見たと思う。」


色々見てきた上で、ほんのちっぽけで僅かな経験だけれども、それでも目指したものがあるならきっと、間違いなんかじゃないはずだから。


「たとえ、いきなりそんな場面に出会ったとしても。

マサトが自分の心を捨てない限り、目を背けない限り、恐怖は勇気に変わるはずだから。」


本当に大切な時、恐怖を我が物とする時に勇気に変わる。

どんなきっかけでも良い。


「俺はマサトを応援するし、目指さなかったり、失敗したりしても、俺は文句は言わない。

なんど間違ってもいいし、弱くてもいい。

失敗しても、俺やみんなが居るんだからさ。」


男の子の意地を、クウガが分からない訳では無い。

自分だってそういう意地を張ったりする。

だがその上で、前に進もうとする背中には、頼れる誰かが居るはずだ。

特に、マサトのような優しい子ならば。


「・・・僕は、頑張っても、いいんですね・・・っ!」


決壊したように泣きながら問うマサトに、クウガは頷く。

だったら、そうだ。

頑張ってみようと、マサトはようやく少し荷が降りたように誓うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る