第二章一節"空と海の境界線"─7


滄劉とは、離島の国である。

公国や帝国とは違い、比較的平和主義だ。

公国と帝国はいがみ合うが、滄劉にはあまり関係がない。

残りの白辰は、発展第一とし、その他の倫理を破壊するのが日常な国だ。

つまり、敵ではないが最も脅威なのは、海の向こうの白辰の無法者デスペラードたちであった。








爆裂音がした。


「なっ・・・!?」


俺は驚き、水晶玉から手を離す。

何が起きたか、なんて考える暇もなく。

俺は答えが出るより先に、地下から出た。



「ぱぱ!まま!」

「よかった、無事だ・・・!」

「本当にな・・・!おまえらは安全な所に行け!俺が対処するから!」



俺を呼び止める声が聞こえたが、俺は大丈夫と返して出ていく。

何が起きたか、少しづつ予想できる。

最も警戒するべき事態だったことが起きてしまった。


家を出て、海を見る。

そこにあったのは─────



「ふざけやがって、馬鹿野郎ッ!」



白辰から来た、無法者デスペラードたちの集団。

船から飛び降り、海沿いの民を傷つけ奪う。

頭に血がのぼったのがわかってしまった。


思い出すのは500年前の大戦争。

俺や巻き込まれる人々の理不尽な死。

在っていいはずがない、あんなことが。


俺は走り出した。

殺したくないけれど、傷つけたくないけれど。

今守る為には、誰かを殺さなきゃいけなかった。



「おまえら、おまえら────馬鹿野郎ッ!!」



雷の魔法を飛ばす。

だが強くはない。

それでも長年研鑽した技術で無法者デスペラードたちを打ちのめす。



「ぐっ・・・」



おかしいくらい、数が多い。

殴りつけられたり、切りつけられたり、或いは魔法に撃たれたり。

傷が出来、広がり、血が流れ、そして倒れる。

だけれど、もう慣れた。



「ちくしょうッ!やめろよ、くそっ!!」



だけど、俺以外のみんなは違う。

簡単に傷つくし、簡単に死ぬ。


重力魔法、岩操作、混乱魔法、雷。

全部使った。

使ったけれど、まるで間に合わない。


みんな傷ついて、みんな死ぬ。

確かに俺たちに親切じゃなかった連中だったけれど、こんな風に死んでいい奴らじゃなかった。

夢を見て、真っ当に叶える権利があった灯火が、次から次へと失ってゆく。

まだ死んでいなくても、致命傷になって助からぬ身体に果てていく。


弱い、あまりに俺が弱い。

何人打ち倒しても、その倍か、あるいは三倍奴らが傷つける。

只人で、なんの才能もない俺は、ただ惨めに抵抗しているだけになる。


段々、誰かを守る動きが、自分を守る動きになる。

それくらい追い詰められて、そして我が身が大切になる。

呪わしい、ふざけるな────!!



「俺は何のために、戦ってるんだァ!!!」



吼えた、それでも劇的な力は得られない。

本気なんて最初からずっと出してるんだから、それ以上が出るはずもない。

それでもがむしゃらに、泣きながら、吐きながら、叫びながら。


ついに、ようやく、多大な被害を出した無法者デスペラードたちは撤退していった。

だが俺は、限界だった。


死が、痛みが、血が、叫びが、火が、瓦礫が、地獄のように歌いあげる。

その中で魔力と体力を使い果たした俺は、当たり前のように倒れて気絶した。







誰か、起こしているのか?

待ってくれ、限界なんだ。

もう少しで、大丈夫だから、まだ────。



「パパっ!!」

「─────!」



声が聞こえて起き上がる。

娘だとわかり、気力を振り絞って意識を取り戻した。

娘が無事とわかり、ほっとするが・・・違う。

誰か足りない。



「ッ!!■■■はっ・・・!」



聞けば、娘がは泣き出した。

泣きながら、しかししっかり伝えてくれた。



「ぎんいろのてっぽうをもって、みんなのところへいっちゃった・・・ママが、これをって・・・!」


それは、二つのお守り。

やっと覚えた汚い字で、俺たちそれぞれの名前を書いている。


震える手で、俺のぶんを手に取った。


心臓の走りが早くなる。

血の気が引いて、身体が震える。

バカ、馬鹿野郎、そんなことがあるか。

いや、アイツならする。


こんなに傷ついて倒れてるやつがこんなにいたら、アイツなら。

そして、こんな人数すべてを癒すとしたら────。



「ま、まってろ・・・!迎えに、行くから!」



上手く言えず、震える口に鞭打って娘に伝えて走り出した。








聞こえてくる、訳の分からない歌が。


美しくて

切なくて

悲しくて

でも、優しい歌。


そんなにも美しい歌なのに、それだけはダメだと叫んで、心臓が早鐘を打つ。


魔力を感じた。

強い魔力だ。

しかし、いまこんな魔力を使えるやつがいるとしたら────。


やめろ


まって


やるな


やらないでくれ


それだけは


それだけは


やめろ


おいていくな










「やめろおおおおおお!!!!」




海沿いにいた皆が倒れている中、彼女はそこにいた。

片手には銀の銃、強い魔力を感じる。

歌はどこまで響いたのか、まだ反響していた。


嫌な予感はすべて的中した。


彼女は銀の銃を自分の心臓に向け、そして────。







「─────■■■■■■。」



彼女は笑って、引き金を引いた。


全ての魔力を銃に注いだのだから、膨大な魔力は心臓を貫いた。




「あ、あ──────。」




助からない、理解した。

膝を着いて、自分の中から何かを喪うのを感じた。



心臓を貫いた先の魔力弾は、波動を広げた。


綺麗だった。

生命の輝きを、そのまま増幅させて。

この襲撃で傷ついた者すべての傷を、完全に癒した。

俺も例外ではなかった。


だがそれは、誰の生命だ?


他の誰でもない、■■■の生命だろう。



「うわあああああああっ!!!」



狂い哭きながら、俺は足を引きずるように彼女に走り寄る。


この現実を認めたくなかった。

何かの悪夢だと思いたかった。


だがそれでも。


感じた魔力が。

流れる血が。

彼女の体温が。

俺の体温が。


現実だと理解させてくる。



「■■■!!■■■!!」



名前を呼ぶ。

彼女は嬉しそうに笑う。


生命をかけて、みんなを救えた。

俺には出来なかった。

みんなどころか、一番大好きだった生命でさえ守れない。


なのに

死ぬんだぞ?別離だぞ?守ってやれなかったんだぞ?

なのに何で笑うんだ、馬鹿野郎。


でも、よく見れば、二つの眼からは涙が溢れている。

自身の生命の喪失とはつまり、永遠の別離。

その寂しさの涙。


そして笑顔は、みんなを救えたこと。

そして、幸せだったこと。

何より、娘という何かを遺せたこと。


彼女の身体が、死とは別に泡になって消え始めている。

それさえも、全ての癒しとなってゆく。


ああ、なんだろうな本当に。

ワガママだ。

そして、残酷なほど優しい。


もう、何も言えない。

何を言っても手遅れだ。


だから俺は、彼女を抱えて泣くしかない。



そんな俺を見た彼女は、哀れだったのだろう。

最後の力を振り絞り、俺の首の後ろに手を伸ばした。


ああ、そうだ。

口にしなくても、これだけは────。



俺と彼女の唇が重なった。

そして彼女の全ては、泡になって海へと還っていった─────。








「────ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」



また、狂い哭く。


惨劇は、理不尽に誰かの生命を散らす。

だからそう、この結末も当たり前に訪れた。 運命なのだろう、ああそうとも、紛れもなく、俺は認めるだろう。


だが、だが─────!

こんな誰かの犠牲を強いる運命など、あっていいはずがないんだ。



「変えてやるッ!世界を、変えてやるッ!!」



枯れ果てた喉でも、誓いを叫ぶ。



「おまえのような、強い奴が苦難を歩き、弱い奴が巻き込まれる運命より、もっといいものをくれてやる!!」



繰り返したくない。

長い道のりで、何度も繰り返しても、ああそれでもこの出来事には及ばない。



「運命の誰かに出逢える素晴らしさと、在るがままで居られる世界を、俺が創ってやるッ!!」



それが傲慢だと言うのなら、名乗ってやろう。

─────現人神ヴェラチュール、と。




俺はもう逃げない。


何度でも、そう何度でも、涙を拭って歩んで往こう。


深い希望も絶望も、重ねた全部が俺の力だ。

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