第二章一節"空と海の境界線"─5
「おいひぃい・・・」
「お気に召したようで何よりだ。」
現在、彼女と出会って二年。
チョコレートを食いながら、俺は小屋の外で彼女といつものように話していた。
「ね、ミツザネ。」
「ん?どうした?」
「隣座ってもいい?」
そう言われて俺はもう断らない。
断れない、というよりもう拒む理由がない。
俺はいいよ、と言うと魚のような下半身を器用に使い、俺の隣に座る。
「・・・二年だよ、ミツザネ。」
「うん。」
そう、二年だ。
彼女が身を粉にする癒しを制限して二年だ。
こうやって話したり、時に喧嘩したり。
そんなことを繰り返して二年だ。
「夢にも思わなかった。ううん、夢ですらなかった。」
彼女は語る。
独りで誰かの為に傷や病を癒し続ける毎日。
誰かの笑顔だけが宝だったから、その宝の為に在ることしか知らなかった女の子だった。
「特別な人と、一緒に居られる時間が何より楽しいとか、一緒に居ない時間が何より寂しいとか─────」
だから、ほんの当たり前の・・・あって当たり前の幸せと孤独をようやく知ることが出来た。
彼女は俺の手に触れて、俺はその手を握る。
彼女は涙した。
悲しいわけではない。
分からないだけなんだ。
「ね、暖かいよミツザネ。」
人の手が、大切な人の手がこんなに。
知らなかったんだ、こんなに暖かかったことが。
「教えてよ、私はどうしちゃったの。
嬉しいよ、寂しいよ、穴が空いてるのに満たされてる、満たされてるのに穴が空いている。
分からないよ、助けてよミツザネ。」
矛盾を、しかし当たり前の感情を、知らぬ彼女は心が乱れていく。
ああそうか、と。
そんなになるまで俺は今まで伝えてなかったんだって、ようやく気づいた。
言えばよかったんだ、もうとっくに気づいてた癖に。
許してくれ、俺という男はヘタレな只人なんだ。
かつて戦争時代から輝かしい活躍をした英雄たちや、君のような滅私奉公の化身にはまるで及ばない、長生き過ぎるだけの人なんだ。
でも、そうだな。
ちゃんと答えてやらなきゃダメだな。
今がチャンスで、チャンスは今しかないんだ。
遍く日々を総合し、本当に伝えるべき言葉を伝えよう。
「それは、"好き"なんだよ、■■■。」
目を見開く彼女。
好きは好きでも、隣人を大切にするようなものじゃない。
もっと特別な、特別な誰かだけに向ける"好き"。
「ありがとう、俺もようやくこの気持ちを理解したんだ。
■■■のお陰でようやく。
だから、うん、そうだな────」
ああ全く、おまえにはちゃんと伝わるように言わなきゃ落ち着かないんだから。
だからそう、こう言う方が正しいだろう。
「────愛してる、■■■。」
彼女はようやく、理解出来た。
彼女は俺の手をしっかり握り。
言葉に出来ない、笑顔を向けた。
「だから、一緒にいてくれ。誰よりも何よりも、おまえが唯一の運命だから。」
「・・・はいっ。」
───────俺たちが出逢って、三年。
「────てことがあったよね。」
「やめろ!恥ずかしいだろ!格好つけたかったんだよ俺だって男なんだから!」
思い出話に花を咲かせる■■■と、悶える俺。
いやだって、そうだろう。
一世一代の告白シーンを掘り返されたら恥ずかしさで死ぬわ。
だがまぁ、せめて。
「心底歓迎してくれてる人は多くないことは、意外に救いかもな。」
本当に祝うヤツは、まぁ真っ当に他者の幸せを良しとするヤツらばかりだ。
そうでないとしたら、やはり密かに狙ってたやつとか、或いは彼女からの癒しの恩恵を受けたかった連中だろう。
俺たちを冷やかす奴らの絶対数が少ないのは助かっている。
だがやはり、彼女からしたら寂しさは多少あるようで、時たま俺にいつも聞くことがある。
「私で、後悔してない?
「してない。」
「本当?」
「するわけないだろ。」
だからもう、言いそうになったら食い気味に返している。
せっかく傍にいるし、うん、こうしよう。
「あぅっ!?」
思い切り抱きしめて、そしてキスをする。
長い間力強く抱いたまま、キスも長く長く。
そして離すと、彼女は恥ずかしげに、しかし嬉しげに笑う。
「・・・ばか」
「苦し紛れの照れ隠し罵倒はもう慣れたよ。」
それから一年、俺たちにめでたいことが起きた。
それは、彼女のお腹に子を授かったことだ。
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