第二章一節"空と海の境界線"─2
男の話をしよう。
彼は元から只の人間だった。
人から当時は竜になったと言われはしたが、実際は魔族になった彼は、魔法が使えることがわかった。
元々なんの才能もなかった彼は、一から試行錯誤をすることになる。
最悪死にかけたが人とはかけ離れた生命力を得たせいで死なない。
成長はかなり遅く、精神の発達も中々育たない。
死にかけて泣いて、痛みにこれ以上ないくらいに苦しんで。
そして、徐々に慣れていく。
男が最初に覚えたのは"転移"。
最初は数センチ、そして数メートル。
座標がどうとか、着地点の地形がどうとか。
計算もひと苦労で最初に覚えたのに、最後まで苦労した。
彼は無属性の他、海、地、雷の属性に少しづつ手を出した。
それでも、まだ魔法について発達していなかった当時は身につけるのに苦労した。
「それでも、俺は叶えなきゃ・・・」
それは誰もが苦しまない世界。
魔法によってそれを果たすのは無理難題と言っても差し支えなかった。
竜たちは奇跡によって敗れた。
奇跡は忘れた遺産となって、魔法が主になった今の世界でも、結局王とそれに連なる連中には絶対に勝てない。
下克上と、世界を一変させる魔法は絶対的に抑えられている。
それを理解した時に彼は一度絶望する。
だが絶望の最中、ああすれば、こうすれば、と悩む。
悩んだ末、やがて絶望が過ぎてアプローチを考えてみる。
大体はその繰り返して、まるで絶望と試行錯誤の作業だった。
人間より長生きになってしまった頃には、もう希望と絶望はセットでありどう足掻いても押し寄せるのだと理解した。
少年のままだった彼は、少しづつ青年に近づいた。
───彼が人でなくなり、500年。
ようやく少年の面影が残る青年の顔立ちと体格になった頃、彼は運命に出会う。
滄劉のとある海辺で、歌が聞こえた。
美しい歌声だった。
薄茶をベースの髪で、毛先にいくにつれて青や紫のグラデーションで、瞳は不思議な色合いで、下半身は魚類のソレ。
つまり、彼女は人魚だった。
海面から上半身を出した状態で、空と海の境界線で歌い上げる。
それが美しくて────切なかった。
何故か彼女は、独りだと感じたのだ。
「君は誰なんだ!」
思わず、そんな風にいきなり話しかけた。
彼女は歌を止めて、答える。
「■■■■■■■■■■」
「なんて?」
第一コミュニケーションは、こんなアホみたいな感じだった。
「私は名前なんてないよ。」
「え、えー・・・。」
気を取り直して聞いてみると、なんと彼女には名前が無い。
彼女の最初の言語は、人魚特有の特殊なものだったらしい。
彼女の歌もそれによるもの。
彼女は誰かの傷や病を癒す力があり、その際に自分の体力、果ては生命力を犠牲にする。
この近辺のもの達は彼女の恩恵を受けることになる。
名前を名付けられることもなく、人魚は自らが贄となる。
素直に彼はドン引きした。
いや、そりゃそうだろう。
誰かの犠牲を強いて、かつ犠牲になってる側はそれを良しとして、誰かが助かるのを喜んでいる。
それが、あまりにも救いようがなかった。
そして俺は嘆き、悲しんだ。
放っておけるはずが無い。
誰かの犠牲を強いる世界を避けるために、彼は頑張っていたのだから。
彼は真面目だったから、「あれは仕方ない」と言えなかった。
そういえば、と人魚は彼を見る。
「貴方の名前は?」
そう聞いてきた彼女に、彼は涙を拭って向かい合う。
自分のために泣く彼を、彼女は不思議そうに見つめながら、言葉を待った。
「俺は・・・
名乗りは、同時に誓いだった。
「俺は君を救うから。」
不思議そうに見つめる彼女を気にも止めず、真面目な彼は望んで犠牲になろうとする彼女を見捨てられず。
力強く、宣言する。
「誰かの犠牲を強いる世界に、君を置いて言ったりしない!」
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