第二章一節"空と海の境界線"
第二章一節"空と海の境界線"─1
「そうか、コメット・ホウプスというのか。」
蒼空光実と名乗った男は、コメットから名乗り返された。
光実は少し間を空けてから、微笑みながら言った。
「彗星、そして希望。
いい名前だ。」
その名前が持つ意味を、確かに感じ取っていた。
表情はフードの影で見えないけれど、あまりに噛み締めるように繰り返すものだから、少しコメットは苦笑する。
「そんな珍しい名前でもないだろー。」
ああ確かに、そうかもしれない。
そう言って笑いを零す男は、海を眺める。
海辺から、その地平線までを。
「・・・海、好きなのか。」
「海、だけではないさ。」
そう言って男は、水平線を指さす。
「海と空を結ぶ境界線が、俺は好きなんだ。」
なのにどうして、彼は悲しげな声を奏でるのか。
コメットには分からない。
分からないが、心中同情してしまう感覚に陥った。
この海辺に惹かれるからなのか、それとも・・・。
海と空が交わることなんて、実際には無いからなのか。
「コメット・ホウプス。運命には、出逢えたか。」
「俺?・・・うん。」
初対面の二人がやる話題では無いだろうに、こんな質問にちゃんと彼女は回答する。
背徳の炎から貰った、指輪を嬉しげに見つめ。
光実は、ああならば良かったと、心底安堵して。
「俺は行くよ、幸せにな。」
「ありがとう。」
自然に別れを告げる光実に、コメットもまた自然に返す。
まるで、いつか出逢ったかのような。
「お前も、幸せになれるといいな。」
「大丈夫だ、俺はもう幸せだったよ。」
そう言い残して、蒼空光実は去っていく。
そしてもう、蒼空光実は此処に戻ってくることは無かった。
男の話をしよう。
彼は普通の少年だった。
王と始祖とは言うものの、結局は今の世界の開闢に位置する存在、つまりは神々と言っても差支えがない。
「巫山戯るなよッ、巫山戯るな馬鹿野郎ッ!!
俺たちがなにしたんだよ!遠くでやってろよ!俺たちは何も関係なかっただろッ!!」
火が、水が、風が、雷が、地が。
あらゆるモノが災厄の如く少年を巻き添いにする。
やってる当人たちは戦争だろうが、巻き込まれる側はただの災いだ。
しかも、自然災害ではなく今で言う人災だ。
だが誰も、それを責められない、責めてはいけない。
聖戦に口を挟むなどという度胸は、只人にはありはしない。
だからこうやって、何処にも響けない嘆きを叫び、逃げ惑うしかない。
だがそれも続かない。
「がッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──────!!!!」
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
鉄くずが、岩が、少年の体を貫いて、大地に縫い付けられたように。
血が溢れて止まらない。
痛いが脳を貫いて。
しかし代わりに体に流れる血が喪失し。
ああ死ぬんだな、と直感して。
更に顔から血が引けていく。
涙と鼻水をだらしなく垂らしながら。
血反吐を出してみっともなくのたうち回る。
嫌だ嫌だと、死にたくないと哭き叫びながら。
しかし現実は人間で、勇者でもない彼は死ぬしかない。
産まれたからには死にたくないのに。
「あ──────────。」
目の前に、何かが落ちていた。
先程まで見た、
いくつもある。
何が起きるか分からない。
分からないが、今は・・・。
「あ、ぐ、っ、ァァ・・・・!」
必死に血の痕を大地に描きながら、それを拾う。
後はどうする?祈るか?
馬鹿を言え。
等の
機能を残している手と、脳と、口は、何のためにある。
目を強く瞑り、意を決して鱗を喰らう。
味なんて、食感なんて、最早感じる余裕すらない。
それでも噛みちぎって飲み込んで─────。
「う、あ、あがっ─────」
種族を何の処理もなしに変わるという激痛が、身体の中で荒れ狂う。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?!?」
かつてないほど。
今さっき死にかけた時の痛みより、何十倍もの苦しむ。
そこから先は、覚えてない。
暴れたのか、眠ったのかすら。
ただ分かることは。
少年はその日、人間ではなくなった。
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