第二章二節"開花"

第二章二節"開花"─1


「─────え?」



マサトは、信じられないといった顔をした。


「・・・なに、今の。」


稽古相手になっていたブランも、何が起きたか訳がわからないでいる。





時は遡る。

マサトは思いつきである稽古法を提案した。

それは



「目隠しと耳栓でブランさんの攻撃から身を護ります!」

「・・・・・いいよ。」


ブランは沈黙の最中に"何言ってるんだろう、こいつ"と思ったが、マサトは本気だった。


本来ならば若さ故の過ち、というか幼さ故の過ちで済む話だった。


マサトは宣言した通り、目隠しと耳栓をして詠金かたなを抜く。

ブランはと言うと、さっさと背後から叩いてやろうと考えて静かに背後に回った。


音も光もない。

気配を感じ取ると言っても無理がある。

こんなやり方に意味は無いと踏んで、ブランはメイスをマサトの背後で振りかぶり。


そして無慈悲に振り下ろし、頭に当たって悶えるはずだった。




「─────え?」

「・・・なに、今の。」


振り下ろしたメイスは瞬で刀で受け流され、首元に刃を突きつけていた。


勝手に体が動いたことに動揺するマサトと、何があったか把握しきれてないブラン。


「いま、どうなっていますか。」

「刀、刃を押し付けられてるんだけど。」


へ、というマサトの間抜けた声の後、慌ててマサトは刀を鞘に収めた。


「ご、ごめんなさいっ!」

「いいよ、訓練所だし。油断したのは俺だよ。」


頭を下げるマサトだが、ブランは何も気にしていない。

事実、こうして不覚をとったのはブランである事に間違いないのだし。


しかし分からない。

いったい、自分の身に何が起きたのか。


困惑しっぱなしのマサトに、ブランは口を開く。


「たぶんアンタ、気配の読み取りが上手いんだ。」


天才と言うに相応しいブランなりの直感だった。

音も光もない状態で、背後からの攻撃に対し、完璧に捌いた後に無駄なく反撃をする。


そんな動き、今まで出来なかったのに今できたというのはつまり、最初からその才を持っていたからに他ならない。


結局、ブランとマサトはその後も稽古を続けた。

ただ一つ、大きな疑問だけを残しながら。




──────────




『さて、ちょうど誰もいないでやんすね。』

「こんな時間に、どうしたんですか?」


その日の夜、誰もいない訓練所に、刀に取り憑いている「初代詠金」、つまりご先祖さまの頼みにより、マサトは再び入ってきた。


ご先祖さまは霊体を見せる。

その顔は、真剣だった。

見たことないくらいの、中途半端な態度は許さないと。

そう暗に告げられている気がする。


『今日の稽古、。』

「ッ──────。」


その質問から、ガラリと雰囲気が変わる。

目は鋭く、空気が重く、そして張り詰めた。

ああ、これは戦う人の眼なんだと。

直感でそう感じた。

そして何より、これが戦うことに対して真剣な時のご先祖さまなのだと理解した。


「・・・・・わ、わかりません。」


唾を飲み込み、何か納得出来る言葉を探したが、答えは出ない。

絞り出すように、恐る恐る、僕はそう答えるしかなかった。

目を合わせるのも怖い。

命のやり取りをする人は、あんなにも恐ろしいと本能で理解する。


『だろうな。』


こんな答えだと言うのに、ご先祖さまは納得した。

分かっていたかのように、静かに。


『あの坊主は鋭いな。あれも天才って奴だ。

気配を読み取るのが上手い、とは中々的を得ていやがる。』


気配を読み取るのが上手い。

僕はてっきり、対暗殺者に強いのかな、と此処では思ったが。


『だが対暗殺のソレじゃねぇ。もっと言えば、戦うという意識の最中に周囲の気配を読み取るのが他より上手いってだけだ。ハッキリ言って稽古の年月で埋められる類だ。』


と、バッサリ言いきられてしまった。

言われてみればたった1度だけ起きたブランさんへの返しも、反射的に、かつたまたまそうなっただけで僕が制御したわけではない。


これはずっと言われていることだが、技を習得しても技を使わされてるだけじゃ意味が無い。


つまるところ────


「僕はその特技を、使いこなす技と鍛錬が必要なんですね。」


とても、当たり前のことだ。

どんなにすごい人でも、千里の道も一歩からと言われている。

僕もそれは例外ではない。

過程を無視した力は、いずれその報いを受けるから。


『間違っちゃいねぇ。だがマサト。テメェはまだ技を得るという意味を理解出来てねぇ。 それは経験が無けりゃ理解出来ねぇことだ。』


経験、それはつまり理解とはやってみなければ分からないこと。


『だから、こっから先の"誰かを殺さず、護る剣"はそれ相応の覚悟が要る。』


そう、僕は確かに誰かを護る剣だけでなく、殺さない剣を目指している。

それはずっと、無茶だと言われ続けたことだった。


武器これ攻撃魔法あれも、いつかは必要悪の部類になると信じた身だからな、その道を俺は否定しねぇ、だがな─────』


だから、そこから続く言葉は僕でもわかった。


「─────誰よりも辛い道になる。」

『・・・そうだ。』


言葉にして、不安が胸に残る。

想像しても、想像しきれない厳しさが待っていることに不安が隠せない。


それをご先祖さまは分かっている。

きっと、この人もそうだったから。


『・・・辞めたいなら、いつでも言いな。

責めはしねぇ、誰も責めさせねぇ。』

「・・・ありがとうございます。」


やっぱり、真剣になってもご先祖さまはご先祖さまなんだな、とわかる。

こうやって責任もって言葉をかけてくれるのだから。


「でも、やらせてください。」

『・・・わかった。明日から更に厳しくなる。いいな。』

「はい・・・!」


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