第一章"誰かの為に"─8


もはや、奴は眷星魔などではなかった。

それを外部から操る黒幕は、超然と殲滅行動を再開した。


────そして、新たな戦闘風景は今までと正反対のモノへと変化する。


放ってくる雷撃。それを纏った蹴り、拳。

盛り上がる大地の壁から打ち出される巨岩。

遠近距離で巧みに放ち、こちらの動きと連携を直接潰しにかかってくる。


英雄の黄金を纏った斬撃の一撃に一切慌てず、大型の雷光剣プラズマソードで相殺。

それでも突破する絶滅光ガンマレイには、鋼鉄を纏った手刀で迎え撃った。


手傷は負うが、慣れているかのように止まらない。

こちらに振り向きながら、三日月のように弧を描いて跳ね上がる踵の軌跡。

それはまるで死神の鎌のように、こちらの剣戟を跳ね除ける。


その動きに感嘆する暇もなく、奴は大地を一文字に腕を薙ぎ払う。

瞬間、岩盤が捲り上がり破壊の大地は津波のように押し寄せる。


当然俺たちは切り抜けて、奴もそれに対応して。


合理的だったさっきまでと違って、確実に弱くなっているはずの眷星魔は、研鑽した魔術と鍛えた技で渡り合う。


そう、眷星魔・ベデネデモンは弱体化していた。

仮想世界の増築、或いは塗り替えは2人がかりで発動前に出鼻を挫いているから仕方ないにしても、こいつは魔法の属性として海、地、雷、無の四つしか用いていない。


仮想世界を用いているアドバンテージを使っていない挙句、魔法の使い方も手に属性付与して発動するといった原始的なやり方だ。


無駄に消耗し、無駄に負傷する。


これは致命的な劣化であるが故に、確実に追い詰めていける、はずが。


「強い・・・!」


出てくる感想は真逆だった。

今のこいつの方が危険であり、下手をすれば飲み込まれかねない底知れなさがある。


これは執念、だろうか。

だが俺たちに馴染みのある爆発的な感情ではない。

ずっとずっと、小さく燃え続ける消えない篝火。

光に亡者とはまるで違う精神性が感じられた。


悪く言えばということだが、それを侮る気になれるものか。


追い詰められて覚醒することはなくても、何度打ちのめされても、立ち上がるのは目に見えている。

弱いと思えるはずがなかった。


そしてそれが、俺とこいつが、不思議と鏡合わせのように見えた。


眷星魔の向こうの黒幕と対峙する時間が長引くほど、どうしようもなく言葉に出来ない同情を感じてしまう。


「だからと言って─────」


そっちの言っている事は分かるが。


だ。こっちからも言わせてもらうぞ!」


俺は死にたくないし、死ぬ訳には行かない。

例え誰かの為とはいえ、暴論にはきちんと言葉としても返させてもらう。


こういう軋轢も、相互理解に繋がる一歩なのだから。


「"お前たちばかりが背負う"なんて、勝手に決めつけるな!

俺たちが選んだんだ!そして誰かと一緒に生きるんだよ。

手を携えて、少しでも明日を歩むために!

お前の主張それは余計なお世話なんだよ!」


もう月光の制限時間は過ぎたが、それでも確かな武器となる聖剣の一撃を、言葉と共に叩き込む。


あまりにこちらの事情を配慮しない結論を、例えそれで出来るのが理想郷だとしても、俺は認めるわけにはいかない。

果たしてそれは、これからも皆で歩ける世界なのか。


少しでも互いに妥協点を探そう。双方納得出来る境地を探すと言ってくれたなら、俺はお前と分かり合えたのに。

悲しみを感じつつも、それでも生きる決意を胸に。

電撃を纏う鉄拳に対し、聖剣で辛うじて捌く。


「未来の俺ならば、逆にあれくらい不自由なのが丁度いい。理想的な抑止力ブレーキだ。」


そして悪の敵もまた、押し潰してくる鋼鉄の壁を十文字に切り裂きながら拒絶を告げる。


絶技にも等しい斬撃を手で弾き、流れるように近接戦闘に移行する。

俺とレイゴルトさんの斬撃を幾度も食らいながらも、しかし致命傷だけは絶妙な見切りで避けつつ、眷星魔から苦笑らしき声を漏らす。


本来は魔術師だろうが、アグニオスと同様に近接戦闘も巧みだ。

あちら程では無いのかもしれないが、俺たちと経験値が段違いなのは、こうして戦ってみれば嫌でも分かる。


「ああ、そうだろうとも。おまえたちは傑物だ。周囲への配慮については、言わずもがな。信念も一本筋が通っている。

だがしかし、おまえたちが戦うような悪魔どもはどうだ?まさか、これからひとつも何も起きないと楽観視しているわけではないだろう。

蜥蜴、凶鳥、邪神、純白、漆黒焔竜、死神、────直ぐに出てきた脅威だけでもこれだ。これから一度も起きないはずがないとは日の目を見るより明らかなはず。」

「・・・懸念はしたよ、確かに覚悟もしてたことだ。」

「貴様の動機は、つまりはそういうことなのか。これ以降の護る者と破壊する者、それを懸念していると。」


これほどまでの執念と目指す先。

その根源を、俺とレイゴルトさんは垣間見た。


「俺は最終的には歓迎したいのだがね。言っただろう、早すぎたか、遅すぎたのさ。この世界の功績は確かに否定できないが、それを差っ引いても今すぐに必要なんだよ。

どんな傑物が誕生しても、砕けない秩序と満足できる運命と、それぞれが描く世界が・・・


─────王と始祖かみがみの鎖を超えた、新天地アースガルドが要るだろう!」


荘厳な宣誓と共に、全身から放出される魔力の波動。

本音だからこそ宿る力強さと、経験と研鑽からくる威圧感で、俺たちを吹き飛ばした。


追撃は止まらず、魔力砲が次々に打ち出される。

決意という方向性ベクトルに呼応した眷星魔は、生み出したの思念と特徴を色濃く表面化する。


なるほど確かに、余りある決意は最早賞賛に値するが、しかし─────


。どちらにせよ、それは貴様の一方的な押しつけにすぎん。」

「此処は色んな人が生きる世界なんだよ。世界を賭けた博打なんて、誰が容認出来るんだ!」


俺たちは立ち上がり、レイゴルトさんと俺は力強くそう告げる。

そして─────


「俺は何度だって言ってやる!

これからも俺は、色んな人と手を携えて行くって!

────そうだろ、ミーティア!」


手を広げ、誰よりも大好きな人の名前を呼ぶ。

もう誰も踏み出せなかったはずの仮想世界で、星光の粒子は俺の体に染み渡った。


『そうだよ、この世界で僕らは出会ったんだから!』


紛れもなく、現実のミーティアの声。

そう、この仮想世界で再現されたジーク=フリーデンはまだまだやらかしていた。


眷星魔が兵器らしくなくなってゆくに連れて、あの凶鳥は最終的には仮想世界の一部の権限を掠めとっていた。

何なら今は邪悪にほくそ笑んでいることだろう。

そんな彼女によって、一人侵入できる白い渦を呼んだのだろう。

外では魔力を喰われるが、今の仮想世界ならば魔力問題は解決する。


『良かった、無事で・・・本当に良かった・・・!』

「当たり前だろ。誰がミーティアをおいて、死んでやるもんか。」


顔は見えずとも涙ぐんだ声で言うミーティアに、俺は笑って答える。

この状況下、もはや加減などなく。

直ぐに七色の恒星を発動させて、光が溢れだす。

感動の再会も今は収めて、ようやく流星となった俺たちはレイゴルトさんと共に鋭い視線で敵を射抜く。


さあ、そろそろこの馬鹿げた戦いも終わりにしなきゃ。


「気高く美しいが。悪いな、。」


ようやくの本領発揮に至った俺たちを前に、どこまでも眷星魔は平常心だった。

光のように猛りもせず、闇のように忌むでもない。気を疑うほどに安定している。


「輝く奇跡も、汚泥のような理不尽も、おまえたちのその雄姿でさえ、としか思えない。敗北必須の状況下に置かれても、、となるだけだ。


俺は決して諦めない。

何度でも、そう何度でも、涙を拭って歩きだそう。

あの日に誓ったことを、いつか形にするために。」


最後の足掻きだろうか、絞り出すように魔力を溢れださせ、眷星魔は突貫を開始した。

対し、俺達もいつものように迎え撃つ。

俺たちの七色の恒星は、英雄の剣にも宿る。


英雄から放たれる、神速の七連居合。

俺たちから放たれる、七色の魔力砲の弾幕。

絶技と砲撃が同時に眷星魔に襲いかかる。


回避も防御も困難極まるそれをこいつは────


「温いな、英雄たち。一歩ずつ、少しずつ、俺は対処するぞ、さあどうする!」


傷を負いながらも、やはり泥臭く向かってくる。

挑み、傷つき、対策し、また挑む。

断固として奴は怯まない。


その姿はまさに勇敢であり。

しかし、何処か胸を締め付けられる思いだった。

やはり、親近感や同情が溢れかえりそうになる。


剣と拳がぶつかり合いながら、俺は思わず口にした。


「お前はずっと、戦い続けたんだな。」

「そうだとも。」


本人がそこに居らずとも、その肯定には自信が宿っていた。


「深い希望も絶望も、重ねた全部が俺の力だ。」


輝く空のように、揺るぎない重厚さで奴はそう言って。

足を踏み出して、拳に魔力を込めて打ち込んでくる。


俺はほんの小さく、傍に居る彼女に向けて言葉にした。


「ありがとう、傍にいてくれて。」

『・・・僕もだよ。』


小さく笑ってから、また鋭い視線に代わり、拳には七色の恒星が収縮する。

俺はひとりじゃない間は、きっと大丈夫だと信じて俺も前へと踏み出して────。


「『いけぇえええッ!!』」


歯を食いしばって、カウンターで眷星魔の顔面に恒星が宿った拳を叩き込んで吹き飛ばす。


そこへ容赦なく、英雄は追撃の斬撃を放ち、眷星魔はそれを腕で防御する。


「もう滅べ。俺や貴様は、彼とは違う。」


七色の恒星を放つ若人たちを誇りに思う破綻者は、諭すように言う。

天霆は何一つ変わらない。

迷いながらも他者だれかを重んじる彼らを尊重するからこそ、どうあっても眷星魔は滅ぼさなければならない。


「おまえも消えるぞ、とは今更無粋か。」

「無論だ。承知の上で、貴様を討つと言っている。」


鍔迫り合いの最中、眷星魔からの最終確認に英雄はいつものように即答する。




「『創生せよ、天に示した極晃を────我らは煌めく流れ星』」




流星たちの詠唱が紡がれ始める。

英雄は、それを聞いて斬撃を放って眷星魔の片腕を切り飛ばした。



「幼い日、星々を眺めながら誓った約束は、きっと辛い生涯たびじになる。」

『ああ、それでも。貴方はいつまでも傍に居てくれる。

そうだ、僕らは決して独りでは無いのだから。』


最初から分かっていた。

きっと辛い道のりだ。

泣いたり笑ったり、でもそれが誰かと繋がるキッカケになるならば、それは素敵で嬉しいことなはずだ。



「ならば紡ごう、俺たちの絆を。

例え闇底に沈んでも、彼方の星を目印に、きっと共に歩めるから。」


『そして僕らは幾度の闇夜を超え、流星は新たな太陽と成る。』



最後の一撃を見守るべく、英雄だけでなく、眷星魔すらも見上げていた。



「星々は集い、誓いは宇宙そらに、不屈の想いは我らの胸に。」


「『────さあ、俺たちの創世神話マイソロジーを始めよう。』」



光は、最大限収縮した。


「さあ、見せてくれ。未来の俺がお前に託したように、俺にもその輝きを示してみろ。」


英雄の声に応えるように、手のひらは眷星魔に向けられて。



「『極晃星スフィアノヴァ─────闇夜を超えろ、七色に煌めく恒星よスターライトブレイカー』」



放出する七色の恒星を練り上げた奔流。

闇を切り裂き、闇を超えて、希望を示す光そのものが迫る中、眷星魔は言葉を口にする。


「聞きしに勝る出鱈目っぷりだな。いやはや、さすが。片手間に利用できるものでは無いらしい。」


当然のように、自然に、その身体で受けるべく。

迫る光に迎撃の拳を突き出した。


「まあいいさ、収穫は充分だ。

大昔の欠陥品なりに、利用できたのならば何よりだ。

それでは、本命メインプランに還るとしよう。」



何かの呟きと共に、眷星魔は光に呑まれて、そして消えていった。

同時に、この短い仮想世界たびじの終わりを決定づけたのだった。

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