第一章"誰かの為に"─7
「
これ以上の時間は無駄だ。」
景色は、無機質な真っ青な広場。
そこには、現実では眠っていた人工魔族がいた。
「頭の悪いやり方だが、直接的に排除するしかないらしい。
眷星魔・ベデネデモン────これより対象の抹殺を開始する。」
広場はどこまでも広がっていて、空は継ぎ接ぎの模様のダークブルー。
深海のように黒い体に、深く青い四つ目。
無機質な殺意を放ちながら語る言葉はまるで神託のよう。
淡々と、冷徹に、こちらの思いなど関係なく、死ねと言わんばかりに視線が突き刺さる。
光の奴隷とは真反対の殺意。
そして、こいつはなんと名乗ったのか。
"眷星魔"────ああ、なるほど。
「犯人だが黒幕じゃない、か。ドンピシャだったよ、ジーク=フリーデン。」
つまり此処にいるのは命令が故に。
合理的に、かつ徹底的に、己の行動すべてが命令の為に。
言葉が、在り方が、まるで機械のようだ。
「お前の目的は?」
「答える義務はない。」
「なんで俺を狙う?」
「答える義務はない。」
「誰がお前を完成させて、特異点に送り込んだ?」
「答える義務はない。」
徹頭徹尾、暖簾に腕押しとはまさにこれ。
俺の質問にはまるで答えない。
「そうか、なら────」
なら、俺はお前と矛を交える前に。
「俺がお前に何かを渡せば、それで済むのか?」
「なに?」
「悪いことじゃないなら、協力できるかもしれないし、それで終わるならそれでいい、て言ってるんだよ。」
かつて別の施設で出会った蛇のような女の子の時と同じように。
手を伸ばすことを忘れないようにと思った。
命を奪われかけたことも、綺麗事なのも、すべて百も承知だ。
だからと言って簡単に剣を抜いたら、それが常になってしまう。
超特急で、相手を斃すことだけが上手くなるだけだ。
何はともあれ殺すという恐ろしさと悲しさは既に見たのだから。
一人でも多く、絆を繋ぎたいんだ。
俺は、眷星魔の返事を待つ。
虚無ばかりの案山子のように相手は動かない。
それから数秒。
「────素晴らしい。おまえのためにも、新たな宇宙を目指すとしよう。
雰囲気が、一変した。
それはまるで神威の持つ言霊のように。
「残酷な運命に翻弄されても、世界を呪わず誰かを救える英雄か。
極めて高潔な人間性、圧倒的だよ、救世主と呼ぶに相応しい。」
静かな口調からでも感じる情念。
それはこちらなりの決意や覚悟に対する誠心だった。
いい物はいいと、素直に認める真摯さがある。
なのに。
「だが悲しいな、生まれる時代が早すぎた。或いは、遅すぎたのか。
俺の無能だ。責めるといい。
この世界は未熟で、おまえの可能性をとても受け止められないんだよ。
クウガ=スタールック。」
嘆きのような声色だった。
歯ぎしりしていたようにも感じる。
ひたすらに目の前の誰かが、真摯にこちらに詫びていた。
「それを、俺は悔しく思う。」
なんだ、これは。
目の前の誰かから感じるモノ、俺はまるで知らない。
「腹立たしくて敵わないのさ。」
そして、そこから唯一理解出来る決意だけは確実に収縮していた。
「ゆえに─────。」
奴から魔力を感じた瞬間、誰かからの心は消え失せて。
「─────次なる宇宙の礎に成れ。」
そして─────世界が、割れた。
「おおおおッ!?」
あまりに可笑しな変化に俺は反応出来ずに叫ぶ。
突然大地を失い、その下には
無理だ、呑まれる。
今はミーティアが居らず、地に足を付けなければ存在すら出来ない状態なのに。
奴は簡単に、仮想世界の中枢の形を魔改造した。
地面を無かったことにして、中枢には
お前はここまで────!
「当然の対処だろう。お前は片割れが居なくても戦士だ、真正面から戦うなどという愚は犯さん。
障害の排除に対し、現環境で出来ることも含めて必要な手を打つだけだ。
願わくば、一方的に死んでくれ。」
効率的な蹂躙、ただそれだけを眷星魔は突き詰める。
仮想世界の管理を任されているが故に、世界の常識すら書き換えて殺しにかかった。
虚無越しに感じる思念は神託のように。
ならば天罰だとでも、馬鹿を言うな───!
交渉は決裂と受け取らせてもらう!
「レイゴルトさん!」
「任せるがいい。」
レイゴルトさんは呼び掛けに当然のように現れ、完全に暗黒天体に囚われる前に俺を抱えて黄金の煌翼を広げて飛び立つ。
突然出来た世界の穴を飛び越えて、残る地面に着地する。
言わずもがな、英雄は静かに深く激怒していた。
俺が呼びかけている間は殺意を抑えていたが、もうこうなっては溢れる覇気は止まらない。
「俺が道を示す、迷わず進め。」
「了解!あなたの
余程接近戦を嫌っているのか、後ろに高速で下がる眷星魔。
やはり奴の職業は魔術師か。
下がりながら繰り出す巨岩の雪崩。
それをやはり、当然のように英雄は必要最低限を切り拓く。
俺はその道を駆けて、眷星魔と距離を縮めていく。
「そう、それだ。度が過ぎているぞ。狂気の所業だ。」
言わずもがな、言葉の対象は英雄に向けてだろう。
巨岩を刀で真っ向から切り開く、本来はやろうと思わない所業だ。
そして急に、俺たちは四方を岩壁に覆われた。
更に、天から稲妻が落ちてくる。
何回も何回も、俺は必死に回避する。
やっている事は無茶苦茶だが・・・はっきり言えば奴からしてみれば、最初からやっていることは変わらない。
作り出した地獄も、偽りの平和も、こうして練り上げたんだ。
つまりは、世界は最初からそうだったのだと、世界をそのまま作り替えている。
まさに仮想世界だからこそ出来る所業だった。
「くそっ、なんでもありかよ!」
「然り。現環境の理由を追求した、当然の結論である。」
まるで隙がない。
俺たちが岩壁を乗り越えたが、次にまた別の災いで対抗する。
「真に能力を使う、とはこうあるべきだ。
そも最初から奇跡も魔法も、粗が多すぎる。
心は心、奇跡を起こす原動力ではない。あくまで生物なのだから、最低限の
勝敗を決するのは内包する魔力量と性能に類したものであるべきだろう。
くだらない根性論が幅を効かせて引き下がれん存在が居るのを分かってて何故止めない?貴様らそこまで阿呆なのか?」
俺たち世界に生きる今の生命の不合理かつ矛盾に満ちた全てを愚かと断じている。
言葉を発する中で、次から次に、やはり災いは止まらない。
洪水、火災、雷、地震、津波、雪崩。
自然災害、故意な事故、全てが敵だ。
こちらが英雄の助力を得て突破しても、それを奴は繰り返して繰り返して繰り返して繰り返す。
「くっ、いい加減に────!」
喋る暇もないが、つい悪態が漏れた。
こうやって不快感を募らせるのも戦術なのだろう。
苦しさ以上に腹が立つ。
「森羅万象に配慮しろ。物理法則を守れ。
願うな、挑むな、無茶を通すな、必ず成すと暴れるな。他者に配慮して動くがいい。
秩序とは、すなわち我慢なのだから。」
主張は常に一貫している。
そして、お前に限れば筋は通っている。
だけど────!
「お前らに
「
俺とレイゴルトさんの言葉と共に、少しづつ距離は縮められている。
そちらの事情は知らないけれど、そんな風に説教される謂れは無いんだよ。
「力を貸せッ!月光!奔流を放て!」
「
俺が持つ聖剣が、神秘の光を宿し。
レイゴルトさんの刀が黄金に輝き。
神秘と黄金の二つの波動が、災害の壁を貫いた。
その先に、距離が縮まって近くまで迫った眷星魔がそこにいた。
遂に近接まで間合いが迫る。
覚悟しろ。これでもう距離を置いて逃げられない。災害を起こす暇もないと思え。
「接近を確認。戦闘方式の変更。」
それを、相手も悟ったのだろう。
悪あがきのように見えて確実に、これ以上の接近を許さぬように。
重力を重くして、周囲に雷を不規則に降らせていく。
地味だが、こちらの力を削ぐには充分だった。
相手に美学なんてないんだから、殺しさえすればいいのだから、地味は地味でも恐ろしいくらい効率的だ。
俺では突破は難しい。ならば此処は、俺が彼に道を示す番だ
俺は月光をなぎ払い、光波を飛ばし前方からの稲妻を無力化する。
そこに、レイゴルトは光波の後ろから駆けて眷星魔を守る雷すら突破し、神速の居合を七度叩き込む。
眷星魔は怯み、裂傷を受けた。
だがなお、雷の牢獄のような守りは崩さない。
「呼吸のように想定を超えてくるのだな。」
「手の付けられん悪癖だ。自覚はある。
一度決めたらこうなのだよ。」
レイゴルトは相対しながら、切実な想いを語る。
「失敗したから諦める?教えてくれ、その方法が分からない。挫けるという行動を、全く実践出来んのだ。」
逃亡できない。
煩悶できない。
泣けない、悔えない、迷えない。
自暴自棄とはどうやればいい?
「ならば後は言わずもがな。決めたら止められず、部下の問いの真意も分かっていないのを気づけない。
だから
故に己に"正義の味方"を名乗る価値は無いと言っていた。
闇が欠落し許せないだけの破綻者でしかない。
それでも─────。
「その間違いを、未来の俺や周りの者が正して奮闘しているのだ。
そこに彼を帰す為ならば、どこまでも愚かにも超えてやろうッ!」
疾風怒濤────黄金の英雄は止まらない。
たとえ過去の彼の在り方が愚かだったとしても今は、愚かなままで居られる救いがあるのだ。
「ふざ、けるな」
何処までも常識外れな突破に対して、眷星魔が漏らした感想は妥当だろう。
「穢れて狂え────。」
海属性の魔法。
認識や正気を狂わせる音色。
苦し紛れに英雄に向けて放ったのだろうが、遅い!
「させるかよッ!!」
眷星魔と英雄の間に入り、月光の聖剣が狂った音色を放つ元凶を一撃、斬る。
直ぐに狂った音は止んだ。
英雄を遮る音色はなく、もはやチェックメイトだ。
「これが流星と月光、そして英雄・・・なるほど確かに異常だ。秤にまるで収まらない。」
眷星魔は追い詰められている。
なのにやけに静かだった。
俯瞰した視点で、一人で納得している。
「だからこそ────おまえたちのような者ばかりが背負ってしまう、こんな世界では駄目なのだよ。」
瞬間、気配が入れ替わるように奴は変貌した。
先程の独特な誰かの気配。
得体の知れない気配が合理を剥がした。
「ぬぅっ!」
そして、英雄の一閃に対しての反撃もまた今までとは別物だった。
今まで使いもしなかった拳を駆使し、一撃を真っ向から弾き返す。
しかも、動きもまるで武術だ。
「やっぱり出たか、本命が・・・!」
「ああ、そして見ただろう今のを。」
勿論だろう。拳には稲妻を纏っちゃいるが、
ゼロ距離で最速最短、そして正確な一撃は確かな研鑽が伺える。
そして俺たちが警戒するべきは、どちらかといえばこちらだった。
「徒手空拳、か。武器はないが仕方あるまい。」
軽く腕を振り、地に足を確かめて。まるで動作確認かのような様子は不気味だった。
それがいったい何なのか分からないが、確かなことはただ一つ。
これが、黒幕だろう。
「秩序とは確かに我慢だ。しかし困難を強いる誰かが常にいて、背負う
光も闇も、在るがまま在ればいいだろう。それが分かっていながら、月日が永遠に過ぎてゆく。
それほど
破滅を見ることしかなかった者として、必ず新たな地平に生まれ変わってもらうとも。」
そう表明した眷星魔を被った元凶は、まるで極めたような徒手空拳の構えを取った。
「この仮想世界における最終段階だ、始めようか。」
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