第一章"誰かの為に"─6

日も沈みきった丑三つ時、いつものようにミーティア達と過ごしたあと、俺はベッドから身を起こした。


静かにベッドから降りて、群の外に出た。


素肌を撫でる冷たい夜風と、微かに響く自分の足音。

行く先は決まっている。一度は向かった場所で、何より思い出深い。


道中に人がいない。

いくら平時とはいえ、見張りが居て当たり前だが、実際はご覧の通りだ。

あまりに杜撰なを晒している。

もしくは、この先にいる人物がお膳立てしたのだろうか。

いや、あいつがそんな手間をかけるとは思えないが・・・。


どちらにせよ、ここまで来たなら些細なことだろう。

後戻りする気は無い。

ようやく、かつて俺たちにとって壮絶な戦いの舞台になった廃墟の街に訪れた。


いつかのような決意を胸に、その中心部に歩いてゆく。

そして─────


「やっときましたね。早く質問してください。

手を打った後も退屈だったんですよ。」


かつては凶鳥の止まり木のようだった廃墟の建物、その屋根に紫髪の少女"ジーク=フリーデン"が不機嫌そうに座っていた。

開口一番、これである。

やはり俺のことは嫌いらしい。

というより、

なんというか、頭痛くなる。


「相変わらずだな・・・。」

「それはもう、あっちは破綻者だらけ、こっちは貴方。私の十八番が通用しない劣等ばかりでストレスが溜まるんですよ。」


きっぱりと断言された。

ジーク=フリーデンが得意とする人心掌握、そりゃレイゴルトさんには通用しないよな、と納得してしまった。

俺に手を出したら、まぁ恐らく面倒になると思ったのだろう。


「なんでも答えてくれるんだな。」

「出来れば少なめで。どうせ殆ど察しているんでしょう?」


とはいえだ、答え合わせは必要だろう。

なので単刀直入に、大前提から正すべきだ。

そう、すなわち────


「俺は一度も、

この日常も特異点に再現された、仮想世界の一部なんだな。」

「ええ、正解です。貴方があの白い渦に呑まれた瞬間から、体験したあらゆる事象は全て仮想世界です。

私や金ピカ、貴方の片割れ、果てはほかの仲間は人々でさえも、貴方と厄介オタクの記憶を基に再現された写み身です。

自我はちゃんと作られてますから、貴方の妄想とかでは無いのでそれは安心してください。」


あまりに真相は至極あっさりと肯定された。

この仮想世界の種明かしは、端的かつ的確に行われる。

・・・結局、要は最初から、すべてがすべてというやつだ。異変が始まった瞬間、俺は張り巡らされた蜘蛛の糸に知らずから絡めとられていたらしい。

そのことに勘づく決め手はやはり、レイゴルトさんの言葉だろう。

仮想世界の領域。つまり黒幕は、大元の仮想世界から更に、小さな仮想世界を複数描いていた。

ならば後は簡単だ、あちらの領域とこちらの領域。そのどちらかが俺を始末するのに失敗しても、もう片方で対処すればいい。

ところが、なんの異分子イレギュラーか。

片や英雄、片や凶鳥という規格外の戦力が領域を逆に占拠していたという。


そして俺は知らず、そして寂しいことに俺が此処で過ごした幸せは、つまり幻となるわけだ。

現実でミーティア達を心配させてしまっているのだから、そんな感傷に浸る暇は無いのだが。


そんな俺の様子を奴はまるで気にしない、というか興味が無いように説明を始めた。


「流れとしては恐らく、まず黒幕があの施設を再起動、仮想世界のコアとなる人工魔族を起こす。

最終目的はわかりませんが、少なくとも調査に来た者で何かしらの成果を得ようとした。ただ誰でもいい、ていう訳じゃないかもしれないですが。まぁそこは構いません。


で、貴方たちはまんまと人工魔族えさに接触し、準備万端で待ち構えていた相手の罠に嵌ってしまう。情けない話ですね。」

「いちいち毒を挟むな、耳が痛い・・・」


俺のげんなりとした抗議をフン、と笑い飛ばし、話を続ける。


「本来ならここで勝負あり。片割れと繋がれない憐れな餌は一気に精神をすり潰されて終わる・・・はずでした。」


しかし、奇跡は舞い降りた。


「お前とレイゴルトさんが現れた。」

「ええ、仮想世界に呑まれた人選を思えば金ピカの登場は当然ですね。私はともかく。」


そしてそれにより、俺を殺そうとした目的は瓦解する。

どちらも俺とミーティアだけじゃ、今は敵わない相手だ。

まさに踏んだり蹴ったりだ。


「まぁ仕方ありません。無駄を無くし、確率を高め、完璧に嵌め殺そう・・・なんていうのは、大概上手く嵌りません。何処かで崩れてしまう。

策というのは、成功しようが失敗しようが、結果どちらに転んでも、それはそれで美味しいように仕込む方がいいんです。」


本当に、恐れ入る。

俺の記憶から産み出された凶鳥の冴えは、今も変わらずだ。


「で、結果的には仮想世界の主は中枢までチェックメイト寸前になったという訳です。

いいザマです、誰かを弄んで嘲笑うのは私の特権ですから。」


唯一それが笑える理由なのだろう。

あの嫌な嘲笑う顔だ。

危険極まりないが、こちらに矛先が向かないならそれで今はいいだろう。


「・・・うん、分かった。ならもう、やってくれ。

お前のことだから、何か手は打ってるんだろ?」

「ええ、暇でしたし。

なので、今から手っ取り早く、

仮想世界の"平和な街"という前提を根こそぎ粉砕して、維持できなくしましょう。」


こうして俺は、凶鳥を仮に味方にした場合の恐ろしさを思い知ることになる。


「では、さっそく。」


凶鳥は指を鳴らした。

その刹那、少し遠くから轟音が響いた。

合わせて、大地を揺らすほどの落下物の嵐。

何をしたと問う暇もなく、弾け飛ぶ瓦礫の雨が周囲に降り注ぐ。一瞬にして、爆破テロのような出来事が発生した。


更に、容赦なく指を鳴らして、遠くの建造物が次から次へと倒壊していく。

続けて更に、更に更に・・・もっとまだまだ。


次から次へと響く崩壊の音色。

平穏なせかいが壊れてゆく。

たった一人によって、軽やかに土砂の山へと成り果てていく。


「驚かずとも、単なる爆破解体の真似事ですよ。

発破の代わりに事前に刻んだ魔法陣から極小の暗黒天体ブラックホールを一瞬発動し、崩壊させているに過ぎません。

実に現実に忠実な街の再現でしたから、どの位の加減で発動するべきかなんて容易い話ですよ。

世界を作って人を騙す仕掛けなら、それを根こそぎ壊すまで。

今の私にかかれば、数時間かけて散歩するだけで用意出来ましたよ。」

「ふざけるな、それじゃまさか───」


まさかお前は、その気になれば散歩ついでにこんな規模の災害を起こせたというのか。

本当にたった一人で、ほんの数時間散歩するだけで、大きな都市を丸ごと一つ地獄の地平に変えられるのか?

絶句した俺を見て、呆れたように凶鳥は首を横に振った。


「いいえ、この仮想世界の領域を得た恩恵で魔力を貯めていたから出来たこと。私の暗黒天体魔法ブラックホールは燃費が酷く悪いので、現実ではこんなに同時発動も遠距離維持も出来ません。」

「だからそれがふざけていると言ってんだよ!足らなかったのは燃料リソースと射程距離だけってことだろ!」

「実に大きな不足では?」


確かにそうなのだが、納得がいかない。

自分以外を劣等と呼ぶに相応しい認識の違いに目眩がする。

こっちはお前の個人の脳みそが信じられないと言っているというのに。


「ああついでに、この仮想世界の主はあの人工魔族じゃないですよ。」


更に、至極あっさりと。 土産を渡すかのような気軽さで見抜いた真実を告げていた。


「何を驚くことが?仮想世界を作り上げるのは、自身が目指すイメージです。

あんな無機質な劣等が、それを持ち合わせているのはとても思えません。

確かに仮想世界の完成度に、機密な設定作成は重要ですが、先ずは感情とイメージです。

イメージさえあれば、どんな矛盾が会っても許容される。

私の宇宙空間を忘れたとは言わせませんよ。呼吸も歩くことも出来たのだから。


で、人工魔族による仮想世界の役割は、仮想世界の完成度の補助。

私の言葉アナログによる人心掌握に似たようなものです。

確かに魔法で人の頭に干渉して認識を壊すのも脅威ですが、人ではなく周囲をガラリと変えてしまえば簡単に人は不具合バグを起こしますからね。


そして黒幕は、相当空想世界の創造に関して研鑽している輩でしょうね。

そんな研鑽を積むにあたって最適なのは白辰です。どうにかしたかったらどうぞ、白辰内を調べたらいいのでは?

存外これは、目的は抹殺ではなく実験シュミレートに過ぎないかもしれませんよ。」


そんな事も無げに語る元強敵の姿に身震いした。

何気ない口調の裏で、仮説の精度を高めてある程度手がかりをあっさりと絞ってしまった。

認めたくはないが、他者を劣等と嘲るに相応しいくらい彼女は


恐ろしい力の持ち主以上に、その神算鬼謀と人心掌握こそが、彼女の恐ろしさなのだと心底理解した。


そして遂に、この仮想世界にとって致命の亀裂が起きる。

この仮想世界の骨子フレームにまで、暗黒天体の災害が届いたのだ。


「さて、崩壊はもうすぐですが。

ここまでお膳立てしたのですから、役立ててください。」

「・・・最後に、聞いていいか。」


その秀才を示されたのと同時に、大きなたった1つの疑問が沸いた。


「どうして、俺たちにこんな協力をしたんだ。」

「・・・答えなきゃいけません?

下手なことして、後で蜥蜴バカにしつこく言われたら面倒だからですよ。幸い楽な仕事でしたから。まあ、この位は構いません。

私たちを黒幕が上から見物されるのも気に食いませんし。」


本心かどうか、俺には分からない。

何より、彼女は凶鳥本人ではないから、彼女の性格を断言出来ない、ただ────。


「なんのともあれ、ありがとう。」


感謝だけは、伝えなければ。

彼女が元々どんな人だったとしても、この事件においては恩人なのだから。


それを聞いた彼女は、呆れたようにため息をついて。


「・・・礼はいらないんですけどね。」


そう言って最後に指を鳴らし。


そして完全に、仮想世界のうち一つの領域は崩壊した。

俺はこれから、この仮想世界の中枢へと必然的に向かってゆく────。

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