第一章"誰かの為に"─5

それはまるで天罰かのように、空から落ちた絶滅光によって血狂魔剣サンブレイドは跡形もなく消滅した。

細胞の一欠片も残さない最期は壮絶の一言であり、同時に彼の追い求めた理想の末路だったのだろう。

そして破壊された街に一人、圧倒的な勝利者が君臨している。

刀を鞘に納めた英雄は、最後まで血狂魔剣サンブレイドを厳しい眼差しで射抜いていた。自らの不手際で生み出された魔人の存在に責任を感じているのは、それだけで俺には一目瞭然だ。

きっと、怒りの矛先は自分自身へ向けているだろう。

なんていう普通なら当たり前の失敗を、この人はいま馬鹿正直かつ糞真面目に心底本気でキレている。


俺がよく知る現在のレイゴルトさんとは違い、16年前は常日頃からより背負い、より苛烈だったのだろう。


「見苦しいものを見せた。怪我もないようで幸いだ。」

「こちらこそ、助けていただいたようでありがとうございます。むしろすみません、一人で戦わせてしまって。」


だが、やはりレイゴルトさんである事は変わりないのだろう。

対話はスムーズな滑り出しだった、お互いに警戒すら見せず、歩み寄る。

俺には覇気の欠けらも向けてこない。もし覇気を向けられていたら身体の底から震え上がっただろう。

悪党に対しては慈悲がない反面、誠意には敬意で応える性質はどうやら健在だ。

むしろ、こちらを気遣っているように見えるのはやはり・・・この仮想世界にて彼が再現された際の基準ベースは、血狂魔剣サンブレイドだけでなく俺自身の記憶も含まれているのだろう。

俺は微笑みを向けた。


「あの男に関して、あなたが気に病まなくてもいいでしょうに。

血狂魔剣サンブレイドの台頭も、鉤爪が遺した物も、スノウさんのことも、それらすべてを予測して手を打つなんて、そんなこと神様だって無理ですよ。未来は誰にも分からないんだから。」

「だとしてもだよ。あの男然り、友の豹変然り、スノウ然り、お前やその仲間たちには余りにも多くの尻拭いをさせてしまった。

俺が後世に残してしまった負の遺産、それに被害を受けた相手がそこにいるなら・・・それこそ、語るに及ばんだろう。

どれも予想出来なかった、では済ましていいものではない。

少なくとも、今回のように俺がどうにかできる状況で、お前に任せてしまっては、それこそ合わせる顔がない。

見ての通り、こちらで事前に討たせてもらった。嘆かわしいが、俺はそう望まれて此処にいるからな。」

「ああ、なるほど、確かに英雄あなたらしい。」


闇を憎む光、それを他ならぬ悪魔に願われたらこうもなろうという話だ。

さて、こうも尽くされてはやはりというか、感服すると同時に彼に対する疑いもない。

この人は紛れもなく、白だ。

もはや、黒幕とは関係がない。


「心強いと言うか、ありがた過ぎて・・・」


現在と同じ、真っ直ぐな誠意と覚悟に嘘はない。揺るぎなき存在が、万の言葉より雄弁に"お前を守る"と告げている。


「・・・本当に、貴方は味方なんですね。」

「無論だ。俺はお前に贖罪すべきだと感じている。よって、協力は惜しまない。

現状の疑問について出来る限り答えよう。口が達者な方ではないので、そちらから訪ねてくれ。」


ならまず、問うべきものは決まっていた。


「なら遠慮なく。俺が知っている人物や、血狂魔剣サンブレイドが知る人物がこうして再現されている訳ですが、どうして貴方だけが自我を?」

「簡単なことだ。俺は血狂魔剣サンブレイドに望まれたことをベースに、更にはお前の記憶もベースに含まれた。より強い願いと、より俺を知っているお前の記憶、総合的な情報量によって、自我の有無が決まっている。

逆に再現された人物に自我こころを持たないパターンは、その人物の在り方をほとんど知らないということになる。」


つまり、心ひとつで自我を得た訳では無い。

見た目、能力、そしてあり方、それらを統合してより多い情報によって自我が再現されている。

故にこうして、英雄は英雄らしく、"悪の敵"として仮想世界で行動しているというわけだ。


しかし、だからだろう。

再現性が高いが故に、他ならぬ自分自身が己の危険性に愛想が尽きている。

奥歯を静かに噛み締めながら、尽きぬ怒りに拳を握りしめていた。


「俺は確かに16年までの実感しかない。だがこうして己が罪を記憶から見てしまえば、俺への怒りは収まらん。

だがな、悪いことばかりではない。」


その言葉と同時に、彼の表情は和らいだ。


「俺はな、お前やその仲間たちに心の底から感謝しているのだよ。

何故とは言うな。

何かあれば託せる、強く優しい流星お前たち

仲間を守り、何処までも命を燃やせる男。

力は誰かを倒すのではなく、守るために学び、鍛える少年。

あまりに強い力がありながら、凶悪そのものだった者を許し、受け入れた親友。

こんな俺を従兄だと認め接してくれている従妹。

その辛い思いで生きてきた従妹を受け入れた従者や少年。

俺の全てを受け入れて慕ってくれている少女。

生きる事を、贖うことを赦された俺が、あんなにも幸せなのは、絆を紡いでくれたお前たちのお陰だ。」


一度決めれば辿り着くのは他者の破壊ばかり。

それを切ないと思っていても止まれない。

そして成そうとしてしまう。他の何かを鏖殺して。


「英雄が地に堕ちても、こんなにも強く優しい光と闇の境界線が存在していたのだ。

ああ、震えたとも、奇跡を目にした気分だった。

だからこそ、尊敬の念しか湧いてこない。お前たちのような者こそ生きるべきだと思っているよ。」

「それは、こちらも同じです。貴方はやはり、格好いい。

問題点も危険性も、知っている上でそう感じています。俺たちが立ち向かう心を更に押し上げてくれたことで、誰かを守れたことは決して嘘じゃありませんから。」


辛い時、苦しい時、悲しい時。

自分の手が届かなくて希望が失われそうな時。

それでも更に奮起出来たのは、彼の雄々しさに背中を押されたからだろう。

光も闇も、今の俺たちのこの先を形作る大切な一部なんだ。だから、そう。


「レイゴルト=E=マキシアルティは、今でも俺たちが尊敬する先輩です。」


それだけは譲れない。そして、認めて欲しいと願う。


「なのでどうか、強く雄々しい英雄をあまり貶したりしないでください。

いつまでも恩人を馬鹿にされたら、流石の俺でも悲しくなりますから。」

「・・・」


返答は沈黙だった。

口元は引き締められ、鉄のように動かない。

頑なに、それだけは頷けないと告げている。


「・・・やはりお前は、優しく、そして強いな。

ならばこそ、必ず現実に帰還させてみせるとも。安心しろ、もうすぐだ。

事態は一気に加速する。

俺が仮想世界の領域を奪った。

そして、も、別の存在が仕掛けを作っただろうな。」

「・・・まさか、奴ですか。」

「それ以外に誰がいる。」


つまり、アイツは黒幕とは無関係だった。

なるほど、少しづつ答えが見えてきた。


「やはり、最後は四つ目ですか。」

「この仮想世界を展開した、あの人工魔族だな。アレが出てくるのも、時間の問題だろう。」


ならばもう、種明かしの時ももうすぐの所まで迫っている。

焦る必要はどこにも無い。


「では、せっかくなので歩きませんか?

現実とは違う、貴方だからこそ話したいこともあるから。」

「お前から見た記憶は把握したが、いや・・・そういう所が、お前の美徳なのかもしれんな。」


時間は僅かだが、語るには充分だ。

言葉と共に想いを交したいという提案へ、英雄は快く頷いてくれた。


こうして、俺たちは街を散策した。

帝国軍兵士が現れたことから予想は出来ていたが、散策しているうちに分かった。

この仮想世界内のこの街は、16年前の帝国の街だった。

人気もないし瓦礫だらけだが、それでも記憶の限り現在の帝国の街を比べながら、基本はこちらの一人語りに相手は頷く。

広場にはあの店が、街中に今はないが昔はあった店だとか、思い出を共有し相槌をうつレイゴルトさん。

傍から見れば不機嫌に見えるが、むしろ逆であることが俺にはとてもよく分かった。

悪を滅ぼすことが上手いからといって、この人は殺し合いは好まない。

素質と理想が噛み合わない人だったから、人間らしい喜びを上手く表現出来ないだけだと知った。

幸福だった日常を聞く度に、無表情なその横顔が心做しか安らいだように見えたのは────きっと、間違いじゃないと信じたい。

意味が、きっとあったんだ。


それから、少し悪いことではあるが最早ここは誰もいないし秩序もないから、半壊していた飲食店から無事なジュースを拝借する。

酒瓶で乾杯としても良かったのだが、俺は残念ながら未成年なので我慢だ。

なにより・・・


「むしろ有難い。俺はアルコールはあまり趣味じゃない。酩酊感がついぞ苦手だったよ。」


とのこと。


「そう言いながら、かなりの酒豪ザルじゃないですか。聞きましたよ、スノウさん相手に飲み続けてもケロッとしてたって。」

「負けず嫌いだからな。従妹の誘い、となれば流石の実感のない俺でも背を向けるのは性に合わん。

しかしまさか、あの幼い氷使いの魔術師が、俺の従妹だったとはな・・・」


どうやら、顔を合わせたことはあったらしい。

だが、お互いがその正体を知らなかったようだ。

正体を知らなかったのは仕方ないけれど、やっぱりこの人は気にしただろう。


まぁそれはそれ。

酒代わりのジュースを、強引に手渡す。

悪意には滅法強い反面、この人は他者だれかの善意を中々うまく断れない。

スノウさんがやっていたように、悪戯っぽく笑いながら返事を待たず、瓶を掲げる。


「人から誘われないと気を抜くことさえしないんですから。

それじゃあ心配されますし、こうして世話も焼かれます。」

「耳が痛いな。俺の副官を思い出す。

互いに会ったら、どんな酒を勧めてくるだろうか。酒精は苦手といつも言っているのだがな。

全く、それだから独り身のまま話が進まんのだ。」

「何処かの中隊長も、群に来るまではそうだったじゃないですか。」

「俺と契るなど、俺が俺を赦さんよ。俺に恋人が出来たというお前の記憶を見ても、俺には皆目実感が湧かない。」


相変わらず一切ぶれない自己評価の低さに苦笑しながら、ジュースの瓶を小さく打ち合わせた。


そこまで断言する様を見てはグランさんはどう思うだろうか。

いやそれにしても、ああまでこの人の在り方を変えたグランさんは凄いな。


俺たちは瓶を傾けて、お互いに一口飲み込んだ。


「現実でも、帝国の街は繁盛してましたよ。」

「それは何よりだ。やはり、俺がいなくとも彼らは立派にやり遂げているな。」


英雄を裏切った者はいても、誰もが嫌っていた訳では無い。

彼に勇気づけられて、いなくても頑張っている人々が大勢居たのは確かだった。

それがたとえ、16年の年月がすぎたとしても。


「俺が頼める立場ではないが。

スノウやグラン、そしてもし俺の副官に出会えたなら、仲良くしてやってくれ。」

「はい、この話を土産に。」


染み入るような心地良さで、どちらもまたジュースを飲み込む。

今の感情を反映してか、美味しく感じた。


「・・・やはり、こちらの方がゆっくり味わえるな。」


・・・帝国時代でも、そんなふうに呟いてしまう人間らしさを、俺は忘れないと内心誓うのだった。


程なくして、背景が揺らぎ始める。

これが何を意味するのか、もう分かっていた。


「時間が来たか。」


名残惜しいが、奇跡の邂逅はここで終わりだ。

期限の到来を理解した俺たちは改めて向き合う。

伝えるべきことは伝えたのだ、もう言葉は必要ない。


「それでは、また。」

「ああ、すぐにな。」


直ぐに訪れるだろう最終戦を目標に、もう一度瓶を打ち合わせた。

瓶が小さく打ち合う音色が響いた。その瞬間────


俺がまた地獄に迷い込んでしまう前の街の景色が広がった。

そう、俺は何事もなくに帰還した。


同時に、店から勢いよく出てきたミーティアを迎える。

何がなにやら分かっていないミーティアに、大丈夫だと告げながら、これから自分がやるべきことを頭の中で整理していた。


それじゃあ、よくも翻弄してくれた黒幕に反撃と行こうじゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る