第一章"誰かの為に"─3
テロリストだった時も、麻薬を売り出していたのも、楽に鬱憤を晴らし、楽に稼ぐ為だった。
努力する意味を見いだせない、努力していたはずの人間すら踏みにじるのだから、当然だった。
それに責任なんてものからも遠さがりたい彼は、上を目指すこともなかった。
─────そんな価値観を、粉砕した出来事が起こる。
17年前、彼が所属したテロリストが壊滅する。
壊滅した際に出撃したのが、帝国が誇る英雄レイゴルトだった。
たった
なんて圧倒的な
偶然生き残った男は、初めて目にした本物の光をただただじっと見つめていた。目を離すことなど出来るわけがなかった。
例えこの輝きに目が焼かれたとしても一向に構わないから、この光景を焼き付けなければならないという使命感に突き動かされている。
全身に走る震えは絶望の恐怖ではなく、圧倒的な感動から来る震えだった。その在り方本気に、男は心を奪われた。
奴は本気で怒っている、奴は本気で挑んでいる、本気で、本気で、
全身全霊の本気で。余分な考えなど一切ないほどの本気で。
そして次の瞬間、男を襲ったのは羞恥の感情だった。
――自分はああまで
いいや、無い。絶対に無かった。
金でも女でも未来でも俗的なことでも、あそこまで本気で何かを成し遂げようとしたことなど一度だってありはしなかった。
なぜなら、今までの男の人生は不真面目そのもの人生だったのだ。今まで「楽に生きる」ことしか考えていなかったのだから。
その事実に、男の魂が衝撃で揺さぶられた。今まで自分は何をしていたのかと、昨日までの自分に燃える怒りが止まらない。
努力が報われるという保証はない?
意志の力で何とかなるなど夢物語?
なんて馬鹿な勘違いだったのだろう。目の前にこれ以上ないほどの実例がこうして存在しているというのに。
間違いに気づいた以上、もはや男に怠けるつもりは一切なかった。
そこからの彼は今までのことが嘘のように驚異的な戦功を重ね続け、その名を轟かせていく。
レイゴルトの勇士に焦がれた男は、ずっと追い求めた。
俺はかつて英雄に討たれた悪魔であり、同時に英雄の背中に魔剣を突き立てる男だ。
かつて人間だった男は、自ら人体実験を繰り返し魔族となった。
命懸けの自身への人体実験を何度も繰り返した。
より強くなければ、英雄に及ばない。結果、驚異的な魔力と魔術を行使するようになった。
一生を賭けた戦いを目指している故に、子を残す必要なし。結果、生殖器は無くなった。
全ては
英雄の死を聞いたその時も、この男の勢いは止まらなかった。
当たり前だ、
「度し難いな。」
殺戮の荒野でただ一人、どんな苦境でも覚醒し、現実の限界を超え続け犠牲者を産みだす怪物。
自他ともに、本気であることを疑わずに押し付けて、非道な行いをする悪魔。
傭兵という立ち位置にしてもなお、光の奴隷のごとく立ち上がり、かつ邪悪として荒れ狂う魔人を見て、己自身への腹立たしさが止まらない。
こんな、極めつけの阿呆を後世に残してしまった痛恨の痛手。
砕けんばかりに奥歯が軋り────衝動が猛る。
「いいだろう。貴様が生み出した、俺という幻想によって貴様を討つ。
貴様のような男を、また現実に戻す訳にはいかない。」
自身の殺意と憤怒が溢れんばかりに膨れ上がることを自覚する。
なるほど、これが本人ではなく、再現された英雄だからこそか。
だが、構わない。
それでもやるべき事は変わらない。
「そして聞け、俺は"英雄"などではない。
そんな男は、16年前に死んでいる。
此処にいるのは、より純粋な奴の幻想。」
レイゴルトを象徴していた、異常性の結晶。
そう、すなわち。
「邪悪を滅ぼす死の光────"悪の敵"だと知るがいい。」
よって、輪をかけて救えない空前絶後の狂人であると。
宣した言葉に、やはりというか。
ろくでなしの男は大歓喜した。こんなことしか、ヤツは素晴らしいと思えないのだろう。
此処に居るのは馬鹿ばかりだ。
「さあ、俺を受け止めてくれ────レイゴルト=E=マキシアルティイイイイイッ!!」
そこから産み出される、大地の魔法。
大地を自在に抜き出し刃に作り替え、赤く染めて我が物にする。
それをレイゴルトは七元徳を抜き、迎え撃つ。
夢は、始まった。
──────
あれから一週間、俺たちは何も糸口を掴めないでいた。
そりゃ、立場的にはお偉いさんでもなんでもない俺たちが情報の中枢まで潜り込むのが不可能だとしても、あまりに手がかりが掴めなさすぎる。
まるで出口のない迷路に迷い込んだようだった。
「はぁ、疲れた・・・ゴールが見えないし、そもそも道が見つからない捜査なんて・・・。」
「そう言わないでくれよ。でも確かに間違いなく、行き詰まってるんだよな・・・。」
喫茶店で好きな飲み物で喉を潤し、気力を回復する。
俺はこうしてミーティアと向かい合って座っているわけだが、もうお互いに疲れが見え始めた。
レオも協力してくれているが、バイトもあるのであまり無理をさせられない。
なので二人きり、といえば聞こえはいいが・・・。
「人手が欲しいなぁ・・・。」
「・・・だなぁ。」
お互いが机に突っ伏した。
相当参っているのだろう。
「「お・・・?」」
机に突っ伏すと、お互いの指先が触れた。
お互いがよく知る体温を感じて顔を上げ、お互いに照れを含んで微笑んだ。
うん、二人きりはいいな。
手のひらを返すような感じになったが、やっぱり一番好きな人の体温を感じるのは、変え難い幸福があるものだ。
・・・で、やっぱり恥ずかしくなってまた机に突っ伏す訳だ。
俺たちってヘタレなのかなぁ、とか。
ついそんな事を考えていた時だった。
「あら、失礼。」
何か、当たった。
女性の声は確かであることは間違いない。
向こうはぶつかったことを詫びたのだから、返事をしなくては失礼と思い、顔を上げる。
「いえ、大丈夫、で─────。」
余りに、見覚えがあり過ぎる。
紫の髪を靡かせた少女。
だがその正体は邪悪で、他者の心を自在に弄び嘲笑う凶鳥。
今ではなりを潜めたが、いつ何処で神算を働かせているか不気味なほど分からない。
そんな彼女が、俺たちのことを知らない風に装って、悠々と出ていった。
「まさか─────。」
今回の事件。
まさか奴も関わりがあるんじゃないか、と。
不吉な予感を感じて身体を起こす。
思考が一瞬で真っ白になった。
顔から血の気も引いた気がする。
もし、正体の掴めないこの件で、黒幕を操った誰かなのか、或いは黒幕そのものだったとしたら。
それは駄目だ、奴の思考に追いつける気はしないが、早く手を打たないと配下でも増やして時間を奪われかねない。
彼女は
「どうしたのクウガ────ううん、緊急事態だね。」
俺の様子に勘づいたミーティアに感謝しつつ、俺は立ち上がる。
「ミーティアはいつでも融合できる用意を!俺は外にいる!」
「事情は追いかけながらだね、了解!」
そう言って俺は先に出口の扉に手をかける。
俺の前に姿を現したのは裏があってのことだろう。
何かあってからではもう遅い。
一手、二手、或いはより遅くなっては全ての選択肢を詰みにされかねない。
思考は完全に非日常にシフトした。
俺は勢いよく扉を開いた────。
「─────ッ!」
本来は平和な街中だったはずの景色は、またしても戦火に飲まれた景色になっていた。
そして目の前から襲いかかる帝国軍兵士。
背中の聖剣を引き抜いて、目の前から襲いかかる複数人の剣戟を捌ききる。
「くそっ、何がきっかけだ!」
また、あの仮想世界に呑まれたのか。
背後を見ればさっきまであった喫茶店がない。
無論扉はないし、ミーティアとの接続も出来ない。
三日前に飲まれた時よりは遥かにマシな状態だが、危険は危険だ。
兵士たちを見ればやはり、感情がまるで見受けられない。
ただひたすらに、彼らの全てが薄ら寒い。
「悪いな・・・この位を切り開ける剣術くらいは身につけているんだよ!」
群に来てから、誰に鍛えて貰ったと思っている。
かつて英雄だったあの人からだ。
兵士たちの剣戟を躱した俺は、反撃の為に剣戟をお見舞する。
直ぐに決着はついて、俺は周りを見渡した。
今度の地獄は、前回と景色は同じだが、悲鳴は聞こえない。
肉塊と化した人々すら、見受けられない。
つまりは、前回とは違う
「だけど、どういうつもりだ。ジーク=フリーデン。」
心はともかく、
かつて蜥蜴さんを操ったようにあの仮面を付けてやればいいものを、らしくない。
戦力の投下があまりに無駄が過ぎる。
仮に倒される前提にして命を弄ぶにしたって、これでは彼女の愉悦は満たせない。
だったら目的はなんなのか。
困惑する思考回路は・・・足元から伝わる衝撃によって一瞬で硬直した。
耳を澄ませば微かに響く。
闘争の炸裂音。
ぎこちなく、俺は振り向いた。
まだハッキリ見えないが、そこには確かな魔力による輝きが二人分、見える。
距離にして数百メートル先。
誰と誰が激突し、ひたすら殺しあっているのか。どれほどの死闘を演じているのか。
理解した。してしまった────その瞬間。
「アアアアアアアァァァ、ハハハハハハハハ─────!
最高だ、最高だ、最高だ、最高だ、最高過ぎて死にそうだ、夢みてぇだァッ!」
大歓喜する人の形をした怪物が、地盤を引き裂き天高らかに飛び上がった。
子供がお菓子を粉砕するように、砕けていく大地と建造物。
全身から血飛沫を振りまいて、砕けた無機質を自在に集め、赤き牙に、赤き鱗に、赤き爪に変換する、あの男に俺は覚えがあった。
「あいつが────!」
あの男が、俺を白い渦に連れ去ったんだ。
つまり奴が、犯人の一人。
あの男は、感涙を溢れだしながら咆哮して天を見上げる。
「お返しだ。受け取れ英雄、悪魔はまだまだ健在だぞォッ!」
何十にも増える、赤く変色した無機質から変貌した剣。
それらに加えて、巨大な竜の爪のような物体。
何十もの剣を飛翔させながら、爪にて押しつぶさんと襲いかかる。
こうなっては、逃げるのはあまりに困難だ。
逃げられたとしても、他の無機物を操り始めるだろう。
故に、逃げなどという愚は犯さない。
真っ向から滅ぼすのみと、英雄も命の炎を燃やす。
そう、対峙していたのは、俺を助けてくれた
「切り伏せる─────!」
まさに無双────超高速で放たれる輝く斬撃の嵐が、無数の剣の雨と、巨大な爪を真っ向から斬滅させていた。
幕開けたのは英雄譚。
俺は、そのたった一人の観客であるかのように見上げるしか無かった。
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