第一章"誰かの為に"

第一章"誰かの為に"─1



──────さあ、それでは星に挑むとしよう。


端的に言って、正気の沙汰じゃないとしても。

築き上げてきた二千年が、この実験で木っ端微塵になったとしても。

関係ない、覚悟している。

なぜならまた、歩き出せばいいんだ。


希望も絶望も飽いている。

つまりは再起も、また同じこと。

何度も、何百回も、何千回も繰り返してきた以上、立ち上がるのにも慣れた。

今更、躊躇う理由など欠けらも無い。


総ては、この世界を運命に導くために。



伸ばした手の先に、遥か昔に棄てたモノがある。


では起きろ、かつての希望。

その七番目。


製作者の命令だ─────。









白辰からの依頼だった。


廃墟となったある施設から、魔力反応があった。

微弱だったり、或いは度々であればそこを住処とする者もいただろうが。

残念なことに強力な魔力反応が続いているということらしい。



『で、僕らにお声がかかったわけなんだね。』

「うん。他でも何人か依頼があったみたいで、空いてたのが俺たちだったから。」



今は白辰の領内で、俺たちは飛んでいた。

いつものようにミーティアと融合して、目的地までなるべく最短距離を目指していた。



『白辰らしいというか・・・』

「それでも俺たちが出来るなら、協力はしたいさ。」



怪しいなぁ、と思うミーティアの気持ちは痛いほどわかる。

別に俺も信用している訳では無い。

だがもし、そこに何か助けられるかもしれない事が待っていたなら。

そう思うとやはり、いつの間にか足を動かしていた。








「─────で、来たわけだけど。」

『・・・廃墟だけあって薄気味悪いなぁ。』


廃墟の施設。

夜に来てしまったら間違いなくホラースポットだ。

苦手な人が泣きを見るのは致し方なし。

そんな廃墟を、俺たちは進んでいく。


それはやがて、ある場所にたどり着く。

広めの空間、恐らくはココがこの施設の中枢。

・・・独特な雰囲気だ。そしてなにより、廃墟と言うにはあまりに不自然だった。



『・・・本当に廃墟?なんか、綺麗じゃない?』

「うん・・・」



俺とミーティアはお互いに薄気味悪さを感じている。

確かにこれでは廃墟とは言えない。

特定の場所があまりにも綺麗に整っているから。


更に、別のおかしな点がある。



『・・・人工、魔族?』

「多分そうだ・・・というか、それ以外に考えられない。」


鋼鉄のような防壁の合間から見える、何か。

厳重に眠らされているソレは、四つ目であり、明らかに人間の皮膚ではない外皮に覆われた生き物だった。

人型ではあるが、どう見たって人間ではない。



『調査となると、やっぱりこれを調べなきゃ・・・だよね?』

「・・・そうだな。」


覚悟を決めて、それに歩いて近寄っていく。








【─────捕まえたぞ。】













防壁に繋いだ瞬間、四つ目は悪魔のような眼光を煌めかせた。

無限に広がる"向こう側"から、異変がこちらを覗き込んだ。


「これは─────」

『離れて、クウガ!』


急激に魔力。

嫌な予感は最高潮に跳ね上がる。

喰われて行く感覚と、繋いだ彼女との剥離を感じる。

怖気が足元から無限に広がって冷や汗が吹き出る。

何とか一歩、まずは離れた。


「ッ────ァ、くっ・・・!」

『うぅ・・・!離れても、喰われる・・・!?』


なのにまだ、魔力喰いは止まらない。

ならば壊すべきか。

もっと離れるべきか。


その判断を決める暇はない。

もう既に、遅かった。


「っ・・・!融合が・・・!」

「あぅっ、いっつ・・・剥がされた・・・!?」


単純に、魔力をなくして融合が維持できなくなっていた。

それだけでは終わらない。

むしろ、これで済めばどれだけ幸せだったか。


人工魔族を囲う防壁の前に、白い渦ができる。

俺たちの体長を、優に飲み込めるような渦。

あの中に誰かがいる。

あの中に原因がある。


少なくとも、調査という任を果たすならばあの中に入るべきだが、あまりに状況が悪すぎる。

此処はもはや魔力を喰らう空間。

まず間違いなく、俺たちの融合は維持出来ない。








「おい、呑気してんじゃねぇぞ?」



「─────ッ、がァ!?」

「えっ、あ、クウガ!!」


次に何をするべきか、考える瞬間に俺だけが誰かに捕まった。

その力強さから、俺を捕まえたのは人間ではないのは確かだ。

ミーティアは反応が遅れ、手を伸ばすが間に合わない。


「離、せッ、くそっ──────」


もがいて見せるがもう無駄だ。

力では遠く及ばず魔力もない今、俺はなすすべも無く、俺を捕まえた"誰か"と共に白い渦に飲み込まれた。


俺はその瞬間、意識が失われていく。

白い渦は閉ざされた。

ミーティアだけを置き去りに、飲み込まれた。

閉ざされる瞬間、俺に手を伸ばすが届かず涙を零した、ミーティアの顔だった。


そして意識がついになくなっていく中、俺の目の前にさっき俺を捕まえた"誰か"とは別の四つ目の悪魔が立つ。


殺されるのか。

殺されたくない。

まだ、まだ・・・取り残したものは、まだ沢山あるのに─────。








「────巫山戯るな。」



俺たちの間にまた、またしても知らない誰かが割り込んだ。


・・・いや、違う。

俺はあの顔を、後ろ姿を、何よりその覇気を。

芯に響くまで知っている。


いや何処かも分からない暗い空間。

それを赫怒と共に、そして言葉にしない誓いと共に、闇を斬り裂いて現れた。

雄々しく、熱く、勇壮に。

おまえを守ると告げている。


「邪魔だ、何故己の邪魔をする。

退け、すべては命令を優先とする。」


動じたような声色ではない。

まるで機械のように淡々と、言葉を吐いている。


次の瞬間、俺はさらに闇に引きずられていく感覚がした。

意識が刈り取られてゆく。

落ちて、堕ちる。

絡め取られたように、恐らくは仮想世界であるこの場に俺は、奥底まで沈んでいった。








意識が、戻る。

もう暗くない、だが────やはり景色は絶望だった。


まず鼻腔をくすぐったのは、焦げ付くばかりの何もかもが焼けた臭い、そしてむせかえるような死の臭い。

炎が死体を飲み込み、蒸発する血と油が世界に地獄を塗りたくる。


耳に刺すような悲鳴や炸裂音が止むことは無い。

見上げた空に見える、内蔵のような赤色が消えることも無い。

有象無象の区別なく、あらゆる者が慟哭してこれは悲劇だと狂い哭く。


「な、んだよ、これ・・・。」


こんな地獄は、そうそう無い。

これは、これではまるで。


まるで戦争の真っ只中じゃないか。


俺はこの絶望の感触を知らない。

だが、だからこそ間違えようもない地獄だった。

なにより、俺はこれを他人事のように見ることは出来ない。

それが何故なのか、分からない。


「ッ!しっかりしろ・・・!仮想世界なんだぞ・・・!」


自分の頬を叩き、何をするべきかに思考をシフトする。

よく見て聞けば、その悲鳴や匂いや光景すべてがループしている。

不自然なほど同じ光景ばかりで、まるで見た思い出を一枚切り取ったかのような感じか。


とはいえ、こんな所にいつまでも居たら毒だ。

ミーティアとの繋がりが期待出来そうに無いと分かった今は、自分の身を守るしかない。


そう何故なら─────


「・・・だよな、そうだと思った。」


後ろから奇襲を仕掛けた何者か。

それは先の四つ目の悪魔でも、俺を連れ去った誰かでも、何より先程闇を斬り裂いて現れたあの人でもない。


「あの時の・・・そうか、俺の記憶からなんだな・・・!」


白い異型の誰か。

そいつは様々な人をイグニスさんが使うようなメモリで実験し、地獄に落としたあの男。

火、水、風、雷。天候に関わる現象を操るあの男だった。


だが、決定的に違うことがたった一つある。

目の前にいるあの男から、感情が何一つ感じられない。

再現されたのは外殻からだ能力ちからのみか。


ならばもう、コチラからの声は届かないだろう。


「牢屋から出てきちゃ困るんだよ。出てくるんなら、ちゃんと反省して勤めてからにしてくれ。」


だがやはり、応答無し。

悲しくなるほど、俺の仮定は正解だった。

だったらどうするべきか、答えは一つだ。

今は平和的解決を期待する思考を断ち切り、幸いにも背中にあった月光の聖剣を強く握り締めながら胸に決意の火を灯す。


「ミーティアを置いて行っちゃったからな、悪いけど切り抜けさせてもらう!」


相手はこちらが"SphereSavior"を発動して、ようやく止まった強敵だ。

そんな相手に能力もない、生身一つで挑むなど自殺行為でしかない。

分かっていながらも、今はこれしかない。


「これから先も、行き着く先で泣いている人を笑顔にする為にも────!」


築き上げた大切なだれかと共に、これからも胸を張って生きるんだ。


脚が大地を踏み込み、蹴り抜いて前へ────








「ならば生きろ、"英雄"よ────お前が真に誰かを救える者ならば。」








白い異型をたった一太刀で斬り裂いて、はまた姿を現した。


「──────。」


その時、視界に映る雄々しい姿を俺は忘れないだろう。

何度だって見たはずなのに、鮮烈に上書きされていく。

痛み、嘆き、絶望。それらの負の一切を、木っ端微塵に鏖殺する光。

まさしくそれは、邪悪を滅ぼす光─────天霆の如く。



「涙の雨を笑顔に変える男というなら、是非もなし。

尊敬すべき若人よ。鏖殺の天霆が、命を繋ぐ火となろう。」



辛い時、苦しい時、悲しい時。

どこからともなく現れて、助けてくれる無敵のヒーロー。

そんなふうに、そんな昔でもないのに御伽噺のように歌われていた内容をそのままに。

俺は、黄金の英雄レイゴルトに救われた。





ただし、俺が知る彼ではない。

わかる範囲でも、帝国軍人の姿であり、顔にあったはずの傷がなかった。

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