07話.[臆することの方が]

「たーかーこちゃん」

「よう」

「うん、よう!」


 今日は久しぶりに優梨菜と遊ぶことになった。

 と言うより、彼女の買い物に付き合うことにしたというだけ。

 雑貨屋に行きたいということだったのでそこに向かっているわけだが、やっぱり健太は美吹とかこの優梨菜みたいな女らしいやつに集中するべきだという考えしか出てこない。

 こちらが勝っている点なんてなにもないから、恐らくあのまま続けていると必ず後悔することになるだろうし。

 だって側にふたりもいるんだぜ? 

 今度はあたしと仲良くしている過程でふたりの魅力に気づいてくれたらいいなと願っておく。


「ここだよー」

「なあ、あたしみたいなのがいて浮かないか?」

「大丈夫だよっ、ほら入ろ?」


 どうしたって女向けみたいなイメージがあるから困る。

 あたしは自分で言うのもなんだが女子力が足りないのだ。

 それとも敢えて男らしく振る舞うことで女向けの店に来ている彼氏みたいな雰囲気を出せるだろうか?


「今日は高子ちゃんのために来たんだから」

「あたしのため?」

「髪を結うためのリボンを買おう」


 100円ショップのゴムを適当に使っている身としては気が引ける。

 おまけにこういうところに売っているやつってなんか、……なんか可愛いやつが多いから嫌なのだ、もうちょっと顔と計算して言ってほしいものだと思う。

 それにきっと、今日こうして集まろうとしたのはそれだけが理由というわけではないと思う。

 あたしと彼女の共通の話題と言ったらまず間違いなく健太だ。

 最近はあいつが露骨にあたしのところに来るようになったからな、そりゃ彼女も気になることだろう。


「敢えてこの真っ赤なやつにしよう!」

「いや、その横の黒の方がいいな、同じやつだし」

「おぉ、黒もまた魅力的でいいね!」


 これもまたこちらから出すことはできない。

 結局最初の目的を果たして、間ができたら優梨菜の方から出すだろう。

 それでも言えることはあんまりないが、だってあれは健太の意思でしているんだから止めることはできないしな。


「はい、私からプレゼント」

「貰えねえよ」

「校外学習やテストのときにお世話になったから」


 どっちもあたしが動けたとは言えないから金は払っておいた。

 勝手にこれから重い話がくると構えているからというのもあるのは否めない。

 こういうときに奢ってもらっていたりすると面倒くさいことに繋がる可能性はどうしたって高くなるわけで。


「もう、いいのに」

「友達としていたいからな」

「まあ、言いたいことは分かるけどさ」


 さて、これで間ができたわけだがどうなる?


「お昼ご飯は私が作ったやつでもいい?」

「え、あ、だからこれか」


 代わりに持っていたが重さはそれに繋がっているのか。

 そんなデートじゃねえんだからさ、金を使わなくて済むのはいいけどさ。

 ちょうど近くのところに大きな広場があったからそこで食べることに。

 運が良く今日は凄くいい天気だからベンチに座っても問題ない――いや、それどころか寧ろ暑いぐらいだな、もう半袖でも良かったのかもしれない。帰ったら引っ張り出そうと決める。


「美味いな、このサンドイッチ」

「うん、やっぱりハムとか卵とかがシンプルで美味しいよね」


 でも、こういうのを食べさせることで逃さないという圧がすごいぞ、単純に考えすぎと言われればそれまでだがな……。


「そういえば健太くんのことなんだけどさ」

「お、おう」


 きたっ、どういう風に持ってくるのかが気になるところ。


「健太くんはやっぱり高子ちゃんが好きなんだね」


 そうきたかぁ……。

 確かにいまの雰囲気を見ればそう見えてしまうか?


「私、安心したよ」

「……安心?」

「だって美吹ちゃんに取られるよりもいいもん」


 こちらとしてはぜひ美吹に取ってほしいんだが。

 それが無理なら優梨菜、清水は……すまん。

 あたしと仲良くなんてこれまでもやってきたことだ。

 何度も言うがもう十分な域にいるんだから他に行くべきなのになにをやっているのか。


「それにね、軽い女って思ってほしくはないんだけどさあ」


 優梨菜は色々と話をしてくれた。

 なるほど、アピールすることは決して無駄ではないと。

 それならいまから健太がやろうとしていることも、美吹のあの甘えん坊なところも効率的だったと。


「ま、真っ直ぐに言われるとこう……」

「ああ、可愛いとか言われるとうぐってなるもんな」

「そうそう――って、健太くんに可愛いとか言われてるんだ?」

「可愛くねえから言うなって言っているんだけどな」


 こっちの話なんてなにも聞いてくれねえんだ。

 そのくせ、こっちのことを考えていい行動を勝手にしてしまうから悪くも言えないでいる。

 なまじ関係が長いからばればれなのも嫌っつうか……。


「あれ、珍しいなふたりで」

「し、清水くん!?」

「ああ、俺だ」


 いつもなら空気を読んでふたりきりにするところだがやめる。


「おい清水、付き合うよな?」

「ん? どこかに行くのか?」

「あ……んー」


 目的の目的も果たした、優梨菜が作ってくれた美味しい飯も食べることができた。となると特にないな――ん? おぉ、少しはしてもいいか。


「少食だからあたしはもう腹いっぱいだ、これを食べてくれないか? 美味いから大丈夫だ」

「お、サンドイッチか、丁度腹が減っていたから助かったよ」


 ちらりと確認してみたら優梨菜は俯いてしまっているよう。


「凄え美味いな! これ、大桐が作ったのか?」

「いや、この横にいる可憐な少女が作ってくれたんだ」

「そうか! 優梨菜が作った美味しい食べ物を食べられて嬉しいよ! いやもう本当に!」


 ふはは、これぐらいなら別にいいよな。


「大桐は作れなさそうだよな!」

「おいおい、こちとら毎日毎日家事してるんだぜ?」


 ただ、両親はあたしがどんなのを作ろうと美味いと言うだろうからあまり参考にはならない、ついでに言えば健太もそう。

 3人に共通する点と言えば作ってもらえたという時点で最高という考えならしい。味付けとかに少しでも意見してくれれば合わせるんだがな。


「嘘だろっ? 流石ボスは違うな!」

「ボス言うな、ちゃんと優梨菜に礼を言っておけ」

「ありがとな優梨菜!」

「う、うん」


 しょうがない、色々な意味でいっぱいいっぱいだったんだ。

 無理やり詰め込まれるよりは空きっ腹の清水に食べてもらえた方が優梨菜的にもいいはず。


「そうだ優梨菜、これやるよ」

「え……?」

「さっきの入った店で見つけてな」

「あ、ありがと」


 だが、こうなってくるといていいのか悪いのか分からんな。

 しゃあないから帰ることにするか、ちゃんと礼も言って。


「優梨菜、今日はありがとな」

「え、か、帰っちゃうの?」

「これ、選んでくれて嬉しかったぜ、じゃあな」


 あたしはボスだからな、空気だってちゃんと読めるんだ。

 それに少しは清水の応援もしてやらないとな、テストのときはなんの力にもなってやれなかったからたまにはいいだろう――というのは言い訳で、先程から嫉妬姫から頻繁に連絡がきているからというのが大きかった。


「優梨菜さんと仲良くお買い物ができて良かったわね」

「まあそうだな、悪いまま終わるよりはいいだろ」


 もし健太のことを好きになったとか口にしたらどうなるんだろうか? いやまあ、まだ好きではないのだから考えても意味のないことではあるが。


「私にも付き合いなさい」

「どうすればいいんだ?」

「カラオケよっ」


 ――数十分後、あたし達はカラオケ店内にいた。

 結局昼食に使わなくてもこうして大体ほぼ2倍ぐらいの金が吹き飛んでいくのはなんとも言えない気持ちになるが、付き合わなければ絶対にもっと酷いことになるとは分かりきっていることだから文句は言わない。


「聞けば優梨菜さんとは一緒に歌ったって話じゃない」

「ああ、そんなに歌いたいなら歌ってやるぞ?」

「歌いましょうっ、その方が友達らしいわっ」


 というわけでえっと、デュオ? というやつをしてみた。

 おいおい、なんで歌を歌うのも上手いんだよ、なにも勝てねえよ。本当にどうしてここまでハイスペック女を狙わないのか不思議だ。

 それとも高嶺の花すぎるのか? あたしは物理的に近くにいて手が届きやすいから? あたしには男友達みたいな感じで接することができる点は大きいか。

 と、歌いながらも頭の中でごちゃごちゃと考えていた。


「ふぅ、いいわねー」

「なあ」

「なにかしら?」

「もしあたしが健太のことを好きになったって言ったらどうするんだ?」

「そうしたら応援するわ、友達としてね」


 即答だった。

 流石に自意識過剰すぎたか。

 最近分かったことだが、少し妄想をしすぎるところがあるらしい、気をつけなければならない。


「はは、悪い、美吹があたしのことを好きなんじゃないかってあたしは勘違い――」

「好きよ、けれどその子に好きな子ができたら応援をしてあげるのが1番だと思うの、無理に留めようとしたところで結局その子の気持ちは離れていってしまうだけだもの」

「そ、そうか……」


 その内側は実際どんな感じなんだろうな。

 聞こうとしてやめた、気持ちに応えられないんだからこれ以上この話題を続けるべきではない。


「よし、どんどん歌おうぜ!」

「そうね!」


 どうせ小遣いを吹っ飛ばしているんだったら歌わなきゃ損だ。

 結果を言えば楽しかった。

 健太と行くそれも、優梨菜と行くそれも、美吹と行くそれも。

 それぞれ違った魅力があっていい、誰とが1番だなんて考える方が野暮というものだろう。


「ふぅ、楽しかったわ」

「こっちもだよ、ありがとな」


 もう時間もいい感じだ、今日はこれでお開きかな。

 と考えていた自分が馬鹿だった、相手は美吹だぞ、大人しく家に帰すわけがないんだ。


「お、おい、なんか近くないか?」

「その話し方今日は禁止」

「近いじゃない」

「私の喋り方の真似をするのも禁止」


 まあ美吹にあれを見せるのは別に恥ずかしくないからいいか。

 問題なのは当たり前のように彼女の家に連れ込まれているという点だが……。

 

「さあ、転びなさい」

「お、おう……」


 寂しがり屋だから少しは相手をしてやらないと駄目か。

 別に転んだからといって上に乗ってくるなんてことはなく、自分のベッドにただただ彼女は寝転んだだけだった。


「ねえ高子、友達ではいてくれなくちゃ嫌よ?」

「それは大丈夫だ――よ、私にとって美吹も大切だし」


 なんか自分にアテレコしている気分になってくる。

 先撮りした映像に後から自分で声をつけているような、そんな感じで。


「そういえば聞いた? 優梨菜さんと清水君のこと」

「ああ、さっきな」

「もう、喋り方」

「さ、さっき聞いたよ、しかも本人からね」


 おぇ……なんで自分に吐き気を感じなければならないねん。

 正直に言ってこういうときに必要なリアクションは笑うことだと思う、なにそれおかしいと笑ってくれないとこちらの精神が保たない。

 なのに美吹のやつときたら横で満足そうに寝転がっているだけだ、残酷な人間だった。


「高子、目を閉じなさい」

「また同じ手には乗らないよ」

「キスはしないわ」


 ……カラオケ屋の空気で目が疲れているからと言い訳をして閉じた。確かにキスはされなかった、そのかわりに頭を抱かれてしまったが。

 正直に言おう、男でもないのにその柔らかな感触にごくりと唾を飲んでしまう。

 もし健太にこういう物理的攻撃を仕掛けていたらあっという間にその気になっていただろうなと、どんどんと自分の中のあいつのイメージというものを悪くしていた。


「好きよ」

「うん」

「あなたが校外学習の班決めのときに話しかけてくれたから好きになったの――あ、勘違いしないでちょうだいね、別に他の子に話しかけられていたら変わっていたとかそういうのはないから」


 早口で言い訳するあたりが怪しいが好かれて悪い気はしない。

 でもだからこそ気持ちに応えてやれなくて申し訳なくなってくると、こういうのは自分にもあったんだなって意外な気分に。

 一応健太が自由にすることは認めたわけだからな、こういう形で抜け出てしまうことは許されることではないだろうし。

 ただ、不快に感じていないということはやはり同性もいけるみたいだ、これが所謂バイセクシャルというやつなんだろうか。


「あなただけだったのよ、4月の頃から話しかけてくれていたのはね」

「私は周りとかあんまり気にしないから」


 周りを気にしないはちょっと嘘だけど。

 確かに、クラスメイトは美人で無表情な彼女に遠慮していた。

 まあ無理もない、健太でも近づきにくいと言っていたぐらいだし、責められるようなことではないのだ。

 だからってわけではないが、あたしはただ挨拶ぐらいをしていただけ。

 だから班決め程度で好きになられてしまうと心配になってしまう、この先なにか問題が起きなければいいが。


「それに変にお洒落をしようとしていないところが良かったの、だってみんな素がいいのにお化粧とかしちゃうじゃない?」

「あ、それは分かるかも」

「でしょう? その点あなたは無頓着だったもの!」


 ほ、褒められている気がしねえ……。

 つ、つまり、周りに必死に好かれようとしないところが良かったと、そういうことだよな? 馬鹿にされていないよな?


「あとは騒がしくしないところも良かったわ」

「ある程度は抑えないと駄目だからね」

「そう、でもそこが難しいのよ、私だって大好きで大切な友達といたら声が大きくなってしまうもの。その点、高子は健太君が相手でも静かにしていたでしょう? 素晴らしいと思ったわ」


 健太は突拍子もないことを口にしないからだ。

 先程も出したが、あいつは基本的にあたしが求めるようなことを勝手に言ってくれたり、してくれたりする。なかなかできることじゃない、対人に関しては健太はハイスペックと言う他ない。


「それと、誰かのために動けるところも魅力的ね」

「それってもしかして校外学習のときの話?」

「それだけではないわ、テストのときのこともそうよ」


 あたしも清水も頑張った。

 こちらは教えることによってより理解を深くし、あちらは教えられることで知識を増やしていた――はずだったのだが、残念ながらその結果は赤点3つと良くないもので終わってしまった。

 自分のはなにもなかったのに現実逃避がしたいくらいだった。

 なにもかも否定された気持ちになった。

 が、そんなときに美吹が支えてくれたことによって楽になれたのだ、こちらこそ感謝しかない。


「MVPは美吹だよ」

「それでも1位にはなれなかったわ、まだまだ自分に甘いのよ」

「ふたりに教えつつ自分は高みを目指すって簡単なことじゃないから美吹はすごいよ、しかも私のサポートまでしてくれたんだからさ、感謝してるよ」


 感謝してもしたりない。

 いまならキス程度で満足できるならと口にすることができる。

 あ、いや、あのときの1回はという話だけどなと慌てて否定。

 本来なら気軽にするべきではない行為だ。

 いまはまだあたしのことが好きだからいいが、次に好きな人ができた場合は必ず後悔すると思う。

 勝手な話ではあるものの、自分のせいで後悔なんてしてほしくないから。


「ん? 緊張しているの?」

「当たり前じゃない、だって好きな子を抱きしめているのよ?」

「そっか」


 あたしは大人しく抱きしめられておこう。

 というか、正直に言ってそうするしかない。

 

「美吹は熱いね」

「そう? 自分では分からないけれど」


 もう夏というのもあって結構暑い。

 流石に汗とかをかいたら勝手に離してくれるだろうか?


「すぅ……すぅ……」

「えっ」


 ドキドキしていたくせにもう寝ていやがるっ。

 これはあれか、寝る子は育つということなんだろうか。

 だからいま顔を埋めているこれもたわわで魅力的で……。

 いやそうじゃない、このままでは暑苦しすぎて無理だ。


「んーっ、はっ! ふぅ、抜けれた」


 美吹ってやっぱり綺麗だな、喋っていないとよりそう思う。

 この前唇で触れることになった唇を指でなぞる。

 好きになってくれた礼として顔を近づけて、……だけどそこでやめた。

 というかね、あたしからはやめるしかなかったってだけかな。


「やっぱり私にしましょう」

「はぁ、健太があたしのことを好きにならなかったらな」

「ええ、それでいいわ」


 もう帰ろう、勝手にひとり満たされているみたいだし。

 にしても、友達として好きというレベルでもこれだけのレベルなのに、好き同士でやったらどうなるんだろうかねと気になっていた。




 あたしは優梨菜と清水を観察することに時間を使っていた。

 分かったのはあまり悪くはない雰囲気だということ。

 当然、健太に対するそれはまだあるのだろうがそれを微塵も出さないというのがすごい、あとは清水を喜ばせるのが上手いということだ。


「またそんな変な顔をして」

「誰が変な顔じゃ」


 最近のこいつの積極さは美吹のそれを遥かに越えている。

 どうなっているんだろうな、そもそもその気があったのならもっと早くからアピールしてくれば良かったんじゃないかとしか思えないが。

 それともやっぱり美吹は単純に高嶺の花だったのか、優梨菜と同じく無理そうだからダメージが大きくならない内に切り替えたということなのか?


「健太、お前いつからあたしに切り替えたんだ?」

「え、そもそも昔から高子だけを見てきたけど。だから何度も告白されたけど断ったでしょ? それを毎回報告していたのもそういうことだけど」


 あたしからすれば毎回自慢しやがってこいつとしか……。


「待て、それなら美吹の件はどうなるんだよ?」

「いいかなって思ったのは本当だよ。でも、僕にはやっぱり高子が1番だから、それ以外にはないね」

「この野郎……」

「えっ!? な、なんかごめん……」


 ちげえよ、ならもっと早くアピールしてこいよこいつ。

 あたしはいまでも魅力はあまりないと考えているが、健太からすればそれは違うってことなんだよな? いま、直接的に求められているということだよな? それならちゃんと見てやらなければならないな。

 弟みたいな扱いをするのはやめなければならない。

 こいつは家族でもない同級生の異性、しかも仲がいい奴。


「あ、話し方とかを直そうとしなくていいからね」

「なるほどな、あたしにはこの話し方しか似合わないと」

「違うよ、だって無理してほしくないから、それにずっとその高子と仲良くしてきたんだからさ」


 ああいやだねえ、いきなり変わりやがってこの野郎。


「それでもツインテールにはしよう」

「やだよ」

「それならふたりきりのときだけでいいからっ」

「おま……なんか変態みたいになっているぞ」


 そんなの見てどうするんだ。

 できたとしてもただ触れるぐらいしかないのに。

 髪型に興奮する変態というわけではないことは分かっているから特に警戒をするつもりはないが。


「よし、それなら今日健太くんにだけ特別に見せてあげる」

「ちょっ、ここ教室だからっ、みんな聞いているからっ」


 いや、ふたりきりでいいからっ、と叫んだのはお前だろ……。

 黙らせる手段はひとつ、頭を撫でることだけ。

 ただ、やってからしまったと思った、だってこれでは弟扱いになってしまうから。

 残念ながらそれからずっと放課後まで文句を言われることになった、やはり健太にとっては子ども扱いをされることがたまらなく嫌ならしい。

 その脳内はいやらしいのにな、変に気にしすぎるのもどうかと思うが。


「健太帰るぞー」

「……子ども扱いしない?」

「しないよ、早く行くぞ」


 ボスとして部下を労うことは大切なはずなんだけどな。

 

「ふっ、やっとふたりきりになれたな」

「え、ああ、確かにそうだね」


 教室内では基本的に美吹といるからふたりきりには全然ならない、仮に移動教室とかだったりした際には優梨菜や清水といった感じになるから健太とは特に合わないからな。


「あたしの家でいいだろ?」

「え、僕の家で良くない?」

「どんだけ早く見たいんだよ」


 急いだって仕方がないのに。

 それにふたりきりでなら……まあ別に構わないんだからさ。


「そ、そういうことじゃないけど……」

「お前ってえっちなことをするとき自分だけ気持ちよくなって満足しそうなタイプだな」

「ぶふっ!? な、なに言ってんのっ?」


 なにってあくまでそれっぽいなと思ったことを口にしただけ。

 まあいい、正直に言って健太の家だろうと緊張することはしないからな。


「ほら、あたしは寝ているから自分でしてくれ」


 選んでもらったリボンを取って手渡す。

 何気にふたつセットで1800円だったからそこそこ高い。


「え、か、髪に触れろって?」

「はぁ、いまさらなに緊張してんだ」

「わ、分かった、やってみるよっ」


 なにをそこまで意気込んでんだ。

 あくまで普通に結ぶだけだろうに。


「ちょ、お前、痛えって」

「ご、ごめん……力が入っちゃって……っと、よし、これでいいかな?」


 携帯で確認してみた結果、なんとも言えないバランスだった。

 ただまあここでちくりと言葉で刺してはならない。


「よく頑張ったな」

「あ、だから子ども扱いしないでってっ――わあ!?」


 少し力を貸してやった。

 そうしないと無駄に緊張したままだから。


「あたしに覆いかぶさって、キスでもしたいのか?」

「ち、ちがっ!?」

「まあまあ、健太もこの際に大人になっておかないとな」


 結果は駄目だったがある程度は煽れたので満足している。

 こういう風にしておかないとなにもかもが進まないままだからな、仕方がないんだ。


「寝るから後で起こしてくれ」

「え……」

「なんだ? 寝たら駄目なのか?」


 お喋りをするにしてもずっとできるわけじゃないから寝るのが1番だと思ったんだ、いまさらになって少し気恥ずかしくなってきたというのもあったが。


「駄目じゃないけど……」

「もしかして襲っちゃう?」

「も、もうっ、やめてよそういうこと言うの!」


 これ以上は言うのやめておこう。

 本当に襲われてしまったらどうしようもなくなる。

 それでも寝ることだけは継続することにしたが。




「はぁ……」


 こっちの気なんて知らないでと内心で呟く。

 好きになろうと努力する必要なんてない。

 散々支えてきてくれたこともあって、とっくの昔から好きだったからだ。

 いまごろになって焦っているのは強力なライバルである美吹さんが現れたからだ、同性だろうと関係なしに惹きつけてしまう魅力があるから。


「あ……」

「おはよ、まだ午後21時だけど」

「昔の夢……見てた、健太が家出をしたとき必死に探していたときの」


 懐かしいな。

 当時は携帯なんか持っていかなかったから連絡もできなかったことを思い出す。

 お母さんと喧嘩して勢いだけで外に出て、しかもそれは夜だったからすぐに後悔して怖くて泣いて。

 だけど子どものときから無駄なプライドがあったから決して自分から帰ろうとは思わなかった。

 帰る気になったのは何故か彼女が来てくれたから。

 足音が聞こえてきたときはかなりの恐怖が、顔が見えたときはかなりの困惑が、手を握ってくれたときはかなりの安心が。

 僕はそうしてずっと守られてきた、僕ができたことは頼ることだけ、必死にアピールできなかったのはそれが影響している。

 だってあのままじゃ完全に一方通行だった。

 そもそも高子は僕のことを男としては見てくれていなかったからね、どうしてもマイナスなイメージしか湧かなかったんだ。


「自分から家を出ておきながら馬鹿みたいに怖がってて、あたしが手を握った瞬間に馬鹿みたいに泣きでしてさ、守らなきゃいけないって子ども心ながらに思ったわけだが」

「馬鹿って……」

「実際その通りだろ」

「それでも好きになってよ、僕は君のことが昔から好きなんだ」


 馬鹿だと言うのなら、馬鹿ぐらいに真っ直ぐと。

 なんにも恥ずかしいことじゃない、寧ろ臆することの方が駄目なんだ。

 彼女はそれから暫く驚いたような顔をしていたが、やがて柔らかい表情を浮かべて、


「いつの間にか泣き虫じゃなくなっていたんだな」


 と、呟いた。

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