06話.[苦労しねえんだよ]
「朝か……」
今日も今日とて外は雨が降っているようだ。
美吹はと確認してみたら、お姫様はまだベッドの上で寝ているようだ。
部屋主を床で寝かせておきながらよくそんなゆっくり寝るよと頬を突いておく。
「ん……」
「おはよ」
まだ少し眠たいらしく目を擦っていた。
だが、
「高子……」
「わっ……ど、どうした、急に抱きしめたりなんかして」
急にされて危うくベッドから落ちそうになったのを必死で止める、あたしの体幹もそんなに悪くはないようだった。
美吹の方は……寂しがり屋というか甘えん坊というか、ギャップがあっていいかもな。
「……本当はもっとお喋りがしたかったのよ」
「焦らなくてもいい、あたしはどこにも行かないからな」
1階に移動してある程度の家事や支度をしておく。
飯は昨日自分が作ったやつを温めて食べるのが恒例だ。
ただ、それでは美吹の分がないからパンでも焼くことに。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
「パンと目玉焼きを焼いただけだろ」
食器洗いをしてから洗面所へ。
また歯を磨くのもそうだがここに来た1番の理由は髪だ。
あれから綺麗そうに見えるような髪型にすると決めているため、雑にすることはできない。
「やってあげるわ」
「あ、任せるわ」
とにかく美吹は距離が近かった。
でも、それ以外は特に問題もないから家を出る。
なんてことはない、美吹はいてもいつも通りの登校時間だ。
健太とは行かないから、ふたりでの登校はなかなかに新鮮だと言える。
「ボスっ、おはようございます!」
「ボスはやめろ……」
「ははっ、今日も面白い髪型だな」
なにが面白いだ、ただサイドでまとめているだけだろ。
もうどんなに綺麗に見せようとクラスメイトの評価は変わらないのか。
ああ、そう考えると優梨菜、清水、美吹は天使みたいな存在だなとしか。
決して馬鹿にしてくるようなことはしない、これを言ったら良くないというラインをしっかり把握できている。
「高子、約束はしっかり守りなさいよ?」
「違うだろ、美吹が来るって話だろ」
「あ、そうだったわ……」
大丈夫かよこいつ……。
とりあえずは彼女に全面的に任せておくことにしよう。
少し心配だったが美吹は毎時間席のところにやって来ていた。
だから放課後も付き合ってやろうとしていたら用があって残れないと口にする、それで時間をつぶそうとしていた自分としては残念だった。
「はぁ……」
外は雨だし、帰る気にもならないし。
寝てれば楽になるかと言えばそうでもなく、結局頬杖をついて前方をぼうっと眺めておくことがあたしにできる唯一のことだ。
「高子」
「あれ、優梨菜と帰ったんじゃなかったのか?」
「家まで送ってから戻ってきたんだ」
なんでそんな馬鹿なことを、今日は美吹とだっていないのに。
というか健太とふたりきりで話すこと自体がもうないと思っていたから驚いていた、流石にそこまではないかと自分の大袈裟な考えに苦笑している自分もそこにいたが。
「今日も雨だね」
「だな」
なんか改めてこうしてふたりきりになるとなにも言えないな。
基本的に待ち専門になっていることが分かる、あたしらしくないとしか思えない。
「美吹さんのことなんだけどさ」
「ああ」
「やっぱりあの柔らかい表情が魅力的かなって」
「ああ」
「……だからもっと仲良くなりたいというかさ」
「ああ」
何故それをわざわざこちらに言ってくるのか。
それにあたしは自分で決めた通り、そういう関連のことには口を出せないのだ、故に無視しているわけではないと伝えるしかできない。
「あのさ、もうちょっとちゃんと聞いてくれても……」
「そんなこと言われてもああしか言えないだろ」
「……昔と違って高子は付き合いが悪くなったよね」
「さあな、別にあたしはそんなこと思っていないが」
ふぅ、このまま続けると喧嘩になる。
ただ健太との関係が終わるだけで済まなさそうだから帰ることにした。
美吹や優梨菜に嫌われることだけは避けたい、なんだかんだ言っても清水もいてくれるから安心できているが。
「えっ、傘ねえ……」
間違えて持っていかれたか、似ている傘多かったもんなあ。
しゃあねえ、別に濡れたってすぐに風呂に入ればいいんだから帰るか。
「駄目だよ、風邪引いちゃうよ」
「悪い……入れてくれないか?」
「当たり前じゃん、だから追ってきたんだよ」
誤解してほしくないからちゃんと言っておかないと。
別に聞きたくないからではなく、聞いてもなにも言ってやれないからだと説明しておいた。健太は「そうだったんだ……」と呟いて少し黙る。
喧嘩はしたくない、少なくとも表面上だけでも仲がいいままでいたい。
「たまには僕の家に来ない?」
「お前がいいなら行く」
「うん、来てよ」
これで時間つぶしはできるようになったか。
結局寂しがり屋なんだろうな、あたしは強くないから。
これじゃあ美吹のことを笑えない、苦笑いならいくらでもできるが。
「あれ、今日は転ばないの?」
「いい」
そもそも気軽に入るべきなんかじゃないんだからな。
美吹って決めて動いているんだから邪魔してはならない。
今回は誘ってくれたから入っただけで、自分から入ることはしない。
「遠慮しないでよ、僕と高子の仲なんだから」
「分かった」
それならこれが最後。
そもそも親しき仲にも礼儀ありって言葉がある。
「なんか久しぶりな感じがするよね」
「そうかもな」
美吹優先で動いていたのは健太だ、そりゃ久しぶりに感じて当然で。
割り切っているからなんてことはないと考えつつも、発言にいちいち引っかかっている自分がいるのも確かだった。
「そうだ、高子の好きなお菓子を買っておいたんだよね」
「なんでそんな無駄なことを?」
「無駄って、高子が喜んでくれるのなら――」
「余計なことするなよっ」
衝動的に叫んでから後悔したのは言うまでもなく。
「もうそんな無駄なことはしなくていい、それじゃあな」
傘を持っていなくて良かったとすら思った。
八つ当たりしかできない人間にはこういう罰がなければならないからだ。
残念だったのは都合良く風邪を引いたりできなかったこと。
だから自分に苛ついていたら余計に印象が微妙になった。
曰く、目つきとか雰囲気とかが有りえない、と。
髪もぼさぼさなままだから迫力が増しているんだろうなと客観的にそう考えておくことにした。
「高子」
「……昨日は悪かった」
「謝らなくていいよ」
八つ当たりをした最低の人間に優しい奴だな。
意味もないことだが礼を言っておいた。
昨日から自己嫌悪がやばい。
そのくせ、徹夜だってしたのに風邪を引かない都合良くない脳や体。
「高子さ、昨日寝てないでしょ」
「は? そんなことねえよ」
「分かるから、もう何年一緒にいると思ってるの?」
何年って、小学生の頃からだから相当長いな。
それこそ人生の半分以上、健太といることになるんだから。
「でも、昨日怒った理由だけは分からないんだ……僕がなにかしちゃったかな? 高子の好きなお菓子を買っておいたら喜ぶだろうって考えていたんだけど」
「健太は悪くない、全部あたしが悪いことだ」
「言ってくれないかな、このままじゃもやもやしちゃうから」
説明しながら公開羞恥プレイかよと内で呟いていた。
だってつまり、あたしは健太にどこかに行ってほしくなかったってことだろ。全然割り切れてなんかいない、寂しかったんだとそのまま告げているようなものだ。
「ま、お前は余計なことしてないで美吹達と仲良くしていればいい、あたしのことは気にしないでくれ」
ったく、雨ばっかり降っているからだ。
それでもいい点はちゃんとあって、傘がちゃんと返ってきていたこと、しかも間違えてごめんなさいとも書かれた紙が貼ってあったこと。
そういう場合は静かにばれないように返すってのが人間のよくやることだから意外だった、朝から結構嬉しい気持ちになれたぐらい。
しかしそれをクラスメイトが粉砕してくれた形となる。
ただ起きているだけで好き勝手言いやがって。
あたしはボスだぞ、敬えこの野郎。
7月が近づいてきた。
そのため、雨が降ることも少なくなってきていた。
必要なことだとは分かっていたが鬱陶しいことには変わらなかったから地味に嬉しい変化ではある、傘をささなくていいというだけでかなり楽になるからだ。
「高子、カラオケに行こうよ」
じとっと睨んでみたが意味はなかった。
どうせなにもやることはないから了承はしておく。
「い、いい加減その目はやめてよ」
「あたしの言葉はなにも届いていなかったんだな」
「違うよ、別に高子と距離を置く必要もないでしょ?」
それはそうだ。
でも、あたしの正直なところを聞いておいて無反応だったから気になっているんだ。
奴は昔からこういうところがある、中々に嫌な性格だった。
まあ、健太とカラオケに行くことぐらいなんてことはないことなので緊張なんかはしない、対健太なら最初からどんどん歌うことはできる。
「あぁ……喉痛え……」
「のど飴あるよ、はい」
「さんきゅ……」
悪い点は健太の歌声は高いからそれを目立たせるためにも低音で歌おうとしてしまうことぐらいか、いやしなけりゃいいんだけどな。
「よし、このまま高子の家に行こう」
「あたしは帰るだけだからいいけどな」
家なら遠慮なく寝転ぶことができる。
別に女らしくないからできないというわけではないのだから。
これでも一応考えてやっているんだ、そこを察してほしい。
「正直に言って、もう駄目だと思った」
「なにが?」
「高子と、あのまま喧嘩したままになっちゃうかと思ってた」
あれは喧嘩じゃないだろ。
こっちが勝手にキレただけで健太と言い争いになったわけではない。
流石に嫌われる勇気はなかったんだな、だから近づいてきてくれたのをいいことにすぐに謝罪をして。
まだこうして普通の友達みたいにいられているのは健太が馬鹿みたいに優しいからに過ぎない。
やっぱり怒れないから損ばかりするんだろうけどな。
「はは、お前にとってはその方が良かった――」
「良くないよっ」
「お、落ち着け、冗談だよ……」
これが昨日の健太の気持ちかもしれない。
いきなり大きな声を出されても困惑しかない感じ。
「僕は高子といたいんだよ」
「そう言ってくれるのはありがたいな」
「だから変な遠慮しないで来てよ」
んー、あれは遠慮という捉え方もできてしまうのだろうか。
あたしとしては仲良くなろうと頑張ろうとしている健太や優梨菜の邪魔をしたくなかっただけなんだが。
恐らくこの話をしても延々平行線、両者の意見が変わることはない。
難しいところはその気がなくても他者から全く違った方向に見られてしまうということだ、もうちっとぐらい分かり合いやすく設計してもらいたかったな。
「いや、このままだと変わらないよね、だから僕から行くよ」
「おう、自由に来てくれればいい」
自分が行くのと相手に来てもらうのとでは全然違う。
仲良くしていても邪魔しているわけではないのだからなにか言われる謂れはないし、仮になんのつもりだと聞かれても友達として対応しているだけだと答えることができるから。
「というわけで高子、僕はもっと君と仲良くなりたいんだ」
「十分仲がいいだろ、親友とも言えるぐらいにはな」
小学生から高校1年生現在まで関係が続いているだけで十分仲がいいと言えると思う。逆にこれで言えないのであれば美吹とだって仲が良くないということになってしまうぞ。
「そうだね、でも僕はもっと仲良くなりたいんだ」
「お前……美吹のことはどうするんだよ?」
流石にこれで気づけないほど鈍感というわけでもない。
「美吹さんは確かに魅力的だけど、関わっていく内に分かったんだよ」
「美吹にしておけって、ハイスペックだぞ」
「関係ないよ」
ここで優梨菜のことを出すかどうかで悩んでいた。
が、勝手に名前を出して、勝手に結果を知ってしまうのは良くないということで踏みとどまる。美吹のことでもこうなんだ、出したところで変わるなんてことはないだろう。
こいつは昔から同じだ、時々物凄く頑固になることがある。
いつもは他に合わせて変えることなんて沢山あるのに。
あれだろうか? 本当に大切なときだからこそというやつか?
「後悔しても知らないからなあたしは」
「うん」
とはいえ、すぐにこちらの気持ちが変わるわけでもない。
あの寂しさだってあくまで姉としての気持ちのようなもの。
また、仲良くなりたいと口にしている以上、健太だってまだそういう意味では好きというわけでもないだろうし。
つまり、結局あたし達にできることはこれまでみたいに一緒にいるというだけでしかない。
でもさ、仮にこれで好きになってしまったら性悪女じゃねえかよという話。
別に優梨菜に頑張れなんて言ったわけではないからいいかもしれないが、もし美吹が健太のことを気にしていたらどうする?
……直接的に責めてくるなんてことがないとも言えないし、できればこういうことはない方がいいんだがな……。
「手、握ってもいい?」
「は……ま、まあ」
積極的すぎる。
先程のそれは了承と同じようなものだが、そうと分かった瞬間にこれとか……もうあの頃の健太はいないんだなって複雑な気持ちにもなってしまった。
「高子の手を握るのは久しぶりだ」
「まあ、しないからな」
「そういえばツインテールだけどさ、あれ可愛かったからもう1回やろうよ! 僕、もう1回見たいな」
「嫌だよ……またクラスメイトに笑われるだろうが……」
性悪女になることよりも嫌だ。
大体、エゴで周りの人間を不快にさせておきながらそのままというのもどうかと思う、もっと考えて行動しなければならない。
しかもあれは優梨菜の脅迫みたいなものがあったからで――言い訳はいらないな、とにかくしたくない髪型1位だというだけ。
「なら健太は女装しろ」
「い、嫌だよ、女の子じゃないんだから」
「だろ? それと同じ気持ちだ」
「いや、高子は立派に女の子でしょ」
「確かにそれはそうだが、言われて嫌なこともあるってことだ」
誰がするかよあんなの。
せっかく高校生活が始まったばっかりなのにそれを黒歴史にはしたくない、進んで悪い方に向かおうとする人間はいない!
「そっか……それならせめてちゃんと髪の毛を綺麗にしようよ」
「洗っているぞ」
「櫛で梳いたりすればもっと綺麗で可愛くなるよ」
そんなので可愛くなったら苦労はしねえんだよという気持ちをこめて頭に手刀打ちをしておいたのだった。
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