05話.[死んだみたいで嫌]
優梨菜は自分の意思で近づくことを決めたようで健太や美吹とよく一緒にいるようになった。
こっちはその間、やっかましい清水に付きまとわれている形になる。
「なあ大桐、筋肉をアピールするならこれとこれ、女子的にはどっちがいいんだ?」
「適当にしておけばいいだろ」
「おいおい、ちょっとは付き合ってくれよ」
そもそも女はそこまで筋肉が好きってわけじゃないだろ。
最近の若い女は化粧、ファッション、流行ものに過敏に反応しているだけだ、他人よりまずは自分だろうな。いや、偏見もあるだろうが。
「それより優梨菜は向こうだぞ」
「あれだけあからさまな感じを出しているやつに近づけるか?」
「といっても、その健太は美吹に集中しているけどな」
「千葉は強いなっ、俺にはできないぞっ」
余計なことは言わないって決めているからこのままにしておくが、正直に言えばどんどん気にせずぶつかってこいと言いたいところだ。
まだなにかが決まったわけではないからな、ああ、ぶつけてえよまったく。
「ぐぅ、今田は凄えな!」
「それはあたしも同意見だ」
存在しているだけで惹きつけてしまう人間に勝ち目はあまりない――というか人間が大抵それを前に諦める。
優梨菜はいま頑張っているが健太だって同じように頑張っているわけなんだ。いましているのは決して追いつくことのない鬼ごっこ、それどころか、背が段々と見えなくなっていく過酷な行為でもあった。
そういうのを承知でやっていると考えていても実際に現実を直視することになったら下を向く――ほとんどは無理だと諦めることだろう。
……優梨菜にその強さがあるのかどうか、このまま見ていればいずれは分かることだが……それを見続けるということはひとりの人間の希望が絶たれるところを直視する羽目になるかもしれないってことだ。
健太も優梨菜ももう大切な存在だからどっちも傷ついてほしくないんだがな、人生はそう上手くいかないんだよなと内で呟く。
「恋愛は早いもの勝ちだからな」
「それなら諦めるのか?」
「いや、俺は千葉のことが好きだ」
ここが難しいところだ。
可能性はほぼないと考えていても、好きだという気持ちが邪魔をする。
こうなったら前には進みづらい。
こちらとしては自ら罠に嵌りに行っているみたいにしか見えないが。
「馬鹿だな俺、いまので余計に諦められなくなった」
「作戦だろ」
「ははっ、そうとも言うかなっ」
泥沼化決定だなこれは。
清水が優梨菜、優梨菜は健太、健太は美吹と複雑すぎる。
つくづく外野で良かったと思えることだ。
「高子、ちょっと」
「おー」
話しかけてきたのは優秀人間美吹。
どうやら教室では話したくないみたいだったので廊下に出る。
雨だから薄暗く、湿気からか微妙な感じになっていた。
ただ、なんてことはない光景のはずなのに見ていると落ち着くような……。
窓に指で絵を描いても面白い、悪いことばかりでもないか。
「なんで来ないのよっ」
「い、いきなり……どうした?」
「どうした、じゃないわよ! 来てくれるのは倉原君や千葉さんだけじゃないっ、いつになったら来てくれるのかって考えているこっちの気なんて知らないで呑気に清水君とばかり話して!」
「落ち着け、避けているとかそういうのじゃない」
恋愛のことがなければ友達としてそりゃ行きたいさ。
ただ、いまの思いきりアピール中のところに加われはしないんだよ、変なのが加わると確実に良くない変化が起こってしまう。
あたしは中立の立場でいられないから。
健太も優梨菜も清水も、口にはできないが応援したくなるからな、それはできないんだ。
その都度意見を変えていたら嫌われるから行きたくない。
「こうしてふたりでとかだったらいいんだけどな、あいつらの邪魔したくないって考えるのはおかしくないだろ?」
「あくまであのふたりは友達としていてくれているだけよ」
まあ、健太が気にしているなんて分からないか。
気持ちをしっかりぶつけて仲良くできるような人間ばかりではない。
「とにかく、避けているわけではないのね?」
「当たり前だろ、寧ろお前らが楽しそうにしているからこそ行かないようにしているんだよ、雰囲気を壊したくないからな」
本来はギスギスしそうなもんなのに実際は違う。
滅茶苦茶楽しそうだ、健太も優梨菜もそう。
少し前までひとりでいた優梨菜や、優しくするけど特に他人に興味を持とうとしなかった健太がこれだ、本当にこの短期間で変わったものだと思う。
「避けていると分かったらもう1度するわよ」
「あたしは嘘ついてないからなー」
なによりひとりでいて無表情だった美吹が楽しそうにしているからというのが大きかった。気を遣われることは嫌いだが、する側になるのは嫌じゃない、相手が不快に感じていると分かったらやめるけどな。
「なるほど、つまり恥ずかしいということね」
「は? 話聞いてたか? 別に恥ずかしくなんかない」
「なのに来ないじゃない、私達は友達になったのに」
「だからさ、健太と優梨菜がな?」
「関係ないわよ、みんな友達なんだからいいじゃない」
分かってねえ……話を聞いてない美吹は楽で良さそうだ。
なまじ知っているからこそ悩んでいるんじゃないか。
「はぁ、あなたは強そうで弱いのね」
「だからさあ、別に美吹のところには行けるんだって」
ただ、美吹と仲良くするということは健太はその間なにもできないということだからな。
健太がなにもできないことに焦れるだろうから優梨菜への対応を疎かにするはずで、あたしが行かなければ防げることだってあるはずなんだ。
「あいつらがいないところだったらいくらでも相手してやるよ」
「それって休日とか?」
「放課後とかもな、どうせ20時頃まで暇だからな」
1対1なら問題ねえ。
後は3人に任せるだけだ、そこから先はあたしには関係ないことだと片付けることができる。
「きちんと守りなさいよ?」
どんだけあたしが好きなんだよこいつ。
ま、友達になってくれと頼んだのは自分だから我慢するが。
口にしたことだから守る、いくらでも付き合ってやらあ。
どうせ健太も優梨菜も清水も恋愛脳だからな、あたしになんて微塵も興味ないんだからこれをありがたいと思わなければならないんだしな。
「誓いなさい」
「そんなに言われなくたって守る、これはお前のためでもあるんだ」
「私のため?」
「お前があいつらと楽しそうに話しているから邪魔をしたくないってのもあったんだよ、それだけは分かってほしい」
「馬鹿ね、あなたが来てくれるのが1番楽しいわよ」
いつだって怖いのはこいつだな。
ただまあ、求めてくれるならあたしは行くだけだと内で呟いて片付けておいた。
早速その日の放課後から実行された。
ただそこにいて話をするだけだから気負う必要もないのがいいかな。
「へえ、優梨菜さんはそっち派なんだ」
「うん、逆に健太くんはそっちなんだね」
「うん、昔からそうなんだよね」
美吹大好き少年と健太大好き少女がいてくれなければもっといいがな。
「高子、変な顔をしてどうしたの?」
「誰が変な顔だ……」
約束と違うぞ美吹さんよ。
しかもさ、ひとり悠々自適に読書とかなに考えてんだ。
「つかなんでお前らいんだよ……」
「え、もしかして美吹さんを独り占めしたかったの?」
「そうだよ、だから帰れ」
「ちぇ、行こうか優梨菜さん」
「だねぇ、酷いよね高子ちゃんも」
ちげえよ、約束を守っておかないとなにをされるのか分からないからだ。あとは自分が言ったことを1日も守らずに終えるというのも有りえないからな。
「ふふ、大体10分ぐらいかしらね」
「あ、てめ、くそが」
「まあ、口が悪いわね……」
くそ、試していやがったな。
ここで仮になにもしていなかったら罰とか言われてキスされていたことだろう。優秀だけど、優秀な人間はどこか癖が強かったりするのは確かなようだ。
「嬉しかったわ、独占したいと言ってくれて」
「違うぞ、約束があったからだ」
「それでも口にしたことは確かじゃない、しかもあの子達の前で堂々とね」
このことについてはいつまでも異を唱えていこうと決めた。
勘違いされては困る、好感度を上げてはならないのだ。
「高子、椅子を引いて」
「おう――って、なんでここに座るんだ」
傍から見たら完全に同性同士のカップルに見えるかも。
「駄目なの? ずっと放課後まで我慢してきたのだけれど……」
「別に駄目とは言わないが、この距離感で勘違いされたらどうすんだ?」
「いいわよ、あなたとなら」
彼女はそのままこちらを抱きしめながら「ボスの恋人なんて光栄なことじゃない」と囁いてくる、無敵だからこちらとしては黙ることしかできない。
「寂しいのよ……」
「あたしはいつでもいるよ」
「相手をしてくれない状態でね」
やっぱり邪魔できねえんだよふたりの。
健太がする可能性は低いが、上手くいかないことを優梨菜に当たるなんてことも全くないとは言えないから。
どうしたって誰かの望みは叶わなくなるものの、それを自ら手で作りたくなかった。
「ね、手を握って?」
「甘えん坊だな、ほら」
世話になったからこれぐらいは構わない。
だが、キスは駄目だ、確実に美吹が後悔することになるから。
「やっぱり条件を変えましょう、放課後までの時間も来てほしいのよ、あなた来てくれないと嫌なの」
「そうは言ってもなあ」
「だってちらっと確認してみても全くこっちを見ることすらしてくれないじゃない、その度に私は心にダメージを負うことになるのよ? それでもいいと言うの?」
第三者がちらちら見ていたら気持ち悪いだろうと判断してのことだ。何度も言うがボス扱いされているからそれだけで教室がざわつくからというのもある。
やけくそになってこの前はツインテールで学校に行ったが、本来そういう目立ち方はしたくないタイプだった。そこまで強くないから悪口とかだって言われたくないぐらいの感じ。
健太達から見て優しく見えるのは嫌われないように頑張っているからというだけでしかない。
「お願い」
「つかさ、美吹が来てくれればいいだろ?」
「その手があったわ!」
気づいてなかったのかよ……。
そうだよ、それなら自然に対応してやれる。
友達が来てくれたのに無視をするような畜生ではないからだ。
「抱きしめてもいい?」
「もうしているだろ」
「違うわ、毎日してもいい?」
「好きにしろ」
もし美吹が同性を好きになるような人間だったら健太はどうなる? ……無理だからと諦めるのはありそうだが、だからと言って好意を寄せてくれている優梨菜に、とはならないだろう。恐らく多く言い訳をして躱そうとするはずだ、いまは恋のことはいいとか言ってな。
だからあたしの理想を言わせてもらうのなら健太がこの美吹といい感じになるのが1番だ、流石に付き合った年数が違うから応援したくなる。
そうなったら優梨菜には悪いが健太のことは忘れてもらう、別にだからって清水になんて屑みたいなことは考えていない。
そもそも言わない、いや、言うべきではないことなんだ。
「今日、私の家に来なさい、これは命令よ」
「はいはい、なら行こうぜ」
「ええ」
19時半までに帰れば一通りの家事と入浴ができてしまう。
それまではテストも終わったことだし暇だった。
そのため、あたしは特に考えていなかったわけだが。
「なに帰ろうとしているの?」
現在時刻は19時45分。
意外にも話しているだけで時間は簡単に経過してくれたわけだが、家に帰ることを許可してくれなくて困っていた。
流石にこれ以上は駄目だ、家事はあたしがやるって言ってあるのだからと何度も説明を試みたものの聞いてはもらえず。
「頼む、飯を作らなきゃいけないんだよ」
「それなら付いていくわ、ご飯をを作り終えたらまた戻ってきましょう」
「それならもう泊まっていけばいいだろ」
「なるほどっ、その手があったわ!」
優秀なのかそうじゃないのか分からなくなってくるぞ。
作り終えて、どうせならと美吹にも飯を食わせておくことにした、泊まらせるのに食わせないなんてありえないし。
あたしはその間に風呂。
「はぁ……」
どの季節に入っても風呂は気持ちいいな。
毎日毎日雨でうざってえから家にいること自体が落ち着くし。
「出たぞー」
「入っていいの?」
「そのために着替えを持ってこさせただろ」
「それならどれを使っていいのか教えてちょうだい」
「了解、こっちだ」
もし美吹が姉だったらと考えてみた。
結果はすぐに出た、疲れそうだからあくまで他所様同士でいいと、近いことがいいことばかりでもないと。
「これとこれを自由に使ってくれ、タオルはここに置いておくからさ」
「ええ、ありがとう」
それで躊躇なく脱いだ彼女だったが……。
ぼうっと見ているのも悪いからと部屋に行っていると残して退散した。
いや正直に言おう、抱きしめられたときに分かっていたことだが、でけぇ、そういうところでも健太は惹かれたのかもな、男だから仕方がない。
「女としての魅力は……0だな」
喋り方も見た目も仕草も、なにからなにまで敗北している。
学力や運動能力だって負けていることを考えるとかなり凹む。
「ただいま」
「おかえ――ちゃんと髪の毛拭け、風邪引くぞ」
子どもの頃の健太じゃねえんだからさ。
下からタオルを持ってきて優しく拭いていくことに。
面倒くさそうだけどこういう妹がいても可愛くていいかもな。
「ありがとう」
「おう」
そろそろ帰ってくるであろう母を待っておかなければ。
きちんと説明しておかないと暴走してしまうからしょうがない、面倒くさいけどしょうがないんだ。
「たっだいまー!」
「おかえり」
「あっ、誰か来てるねっ」
「最近できた友達なんだ、あ、女だから安心してくれ」
「ほう! 邪魔するのは悪いからご飯食べてお風呂は入るね」
「おう、ゆっくりな」
よし、これで問題はなくなった。
が、部屋に戻ってゆっくりしようとしたときのこと。
「ん? 眠たいのか?」
「……ごめんなさい、そうなのよ」
うとうとしていた美吹を発見した。
本当に先程から小さい子ども、弟や妹を相手しているようで新鮮だ。
「それなら遠慮しないで寝てくれ」
「……ベッドでもいい?」
「あーまあ、美吹が嫌じゃないならな」
しっかしそうなると電気を点けてたら可哀想だよな。
あんまり長く起きていても仕方がないから寝てしまおうか。
「おやすみ、ちゃんと暖かくして寝ろよ」
「高子は……?」
「あたしは大丈夫だ、こういうときのために敷布団があるからな」
「そう……なら良か……った」
なんかこういう終わり方をされると死んだみたいで嫌だな。
それでもゆったりとした寝息が聞こえてきたから安心して寝たのだった。
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