04話.[必要なことだった]

 6月になった。

 雨が降っているのもあって薄暗い外とは裏腹に教室内は賑やかだった。


「そういうことがあってさ」

「へえ、面白いわね」


 あれから健太は美吹と仲良くしている。

 休み時間になると犬みたいに駆けつける。

 やはり弟が去ってしまったみたいで寂しいが、我慢して見ることだけにしていた。

 とにかくこのふたりは問題ないんだ。


「清水くん」

「ああ……」


 問題なのはこっち。

 せっかく千葉が近づいて来てくれているというのに清水の様子はずっとあんな感じだ。

 もう赤点の件だって解決したというのにずっとそう、あいつがなにを考えているのかが全く分からないでいる。


「うじうじしない!」

「わっ、び、びっくりしたあ……千葉、やめてくれよ」


 こちらもびっくりした。

 いきなり大きな音が鳴ったりするとひゅんって心臓が縮む感じがするのは何故だろうか。


「外は雨なんだよ? 教室内でもそんな雰囲気を出されたら周りが迷惑するの!」

「それは悪い」

「え、あー、うん、私もごめん」

「そうだよな、千葉の言う通りだ」


 まあ、千葉がいればなんとかなりそうだ。

 あたしの方はもう割り切っているからなにも言わない。

 結局のところ最後は自力で乗り越えるしか方法はない。


「だ、大桐」

「なんだ?」

「今週の土曜日、一緒に出かけないか?」


 土曜日か、特になにかがあるというわけではないが。


「千葉も誘っていいか?」

「ああ、それは構わない」


 というわけで本人に話をしたら来てくれるということだった。

 それならばと了承し、ふたりとも連絡先を交換していく。

 いいんだ、そろそろ健太は解放してやらなければならない。

 こっちはこっちで友達みたいなのができているから寂しくもない。

 もし美吹と上手くいったらおめでとうって1番に言ってやりたかった、あとはこれまでありがとうともね。


「ねえ、高子ちゃんって呼んでいい?」

「ん? ああ、好きにすればいいぞ」


 いまのあたしには千葉の笑顔が沁みる。

 笑うだけで相手の気を楽にさせることができるってもう才能だな。

 ちくしょう、あたしにもその能力があれば清水にだって……。


「それなら私のことも優梨菜ゆりなって呼んでよ」

「分かった、土曜日よろしくな」

「うん!」


 で。出かけるのはいいが……どういう格好をしていけばいいんだ?

 健太とのときは一切気にせずジャージとかシャツとズボン! とかって全く気にしていなかったが。

 優梨菜が仮にめちゃくちゃお洒落してきた場合変なのだと浮くよな。

 つか絶対、そうなったら清水は優梨菜ばかり見るわけなんだからあたしが邪魔になると。

 ま、そのように分かったら帰ればいいかと決めておいた。




 土曜日。

 ああ、あたしから見たらかなり洒落た格好で優梨菜はやって来た。

 こっちは雨というのもあって適当にシャツとズボン、シンプルが最強なはずなのになんだろうかこの敗北感は。


「清水くん遅いね」

「だな」


 というか、清水はなにを思ってあたしを誘ったんだ?

 まさかまだ気にしていてこれが詫びだとか? そうしたら律儀で面倒くさい奴だと言わざるを得ないが。


「あ、連絡きてた……風邪引いたから行けないって」

「なんだそりゃ……じゃあ、解散するか?」

「えっ、嫌だよそんなのっ、なんのために出てきたと思ってるの!」


 なんのためにってそりゃ、清水と出かけるためだろ?

 なのにそのメインである清水がいなけりゃ意味がない。

 あたしは付いていくだけって決めていたんだ、なにもしてやれない。


「カラオケ屋に行こっ、私、高子ちゃんと仲良くしたいもんっ」

「それならあたしは聞く専門でもいいか?」

「え、やだっ」


 だ、だって健太以外とカラオケとか初めてだから恥ずかしいんだ。また、仮に健太と行ってもほとんどあいつに歌わせていたから……。自分の歌声をどんな風に優梨菜が感じるのか分からないし……。

 結局了承されないままカラオケ店に連れ込まれた。

 で、最初に優梨菜が歌ってくれたわけだが、とてもじゃないがこの後にあたしの歌声を晒すわけにはいかない。

 なんでいきなり93点とか出しちゃってるのこいつ……。


「はいっ、高子ちゃんの番っ」

「む、無理だ……聞いておくからいっぱい歌ってくれ」

「それなら一緒に歌おうよ」


 それなら補正がかかって悪い点にもならなくか。

 あんまり空気が読めないような行動は取りたくない。

 せっかく友達みたいになれているんだからこのままでいたい。


「はぁ……」

「上手だったじゃん、気にしなくていいよー」

「それは優梨菜がいてくれたからだ、ありがとな」

「……い、いちいちお礼なんて言わなくていいよー」


 なんかいま、一般的な友達同士みたいなことをできている気がする。

 いいなあこういうの、できればずっと続けたいものだな。

 優梨菜さえ良ければずっと友達でいてもらいたいものだった。


「ふぅ、1時間ってあっという間だね」

「だな。悪い、結局何回も歌ってしまって」

「いいよ、お金だってちゃんと払っているんだから」

「そうか、楽しかったぞ」


 たまにはこういうのも悪くない。

 機会があればまた優梨菜を誘ってみることにしよう。


「どうしよっか」

「優梨菜に任せる」

「もうお昼ご飯は食べてきているしねー……ん~」


 彼女が悩んでいる間、あたしはしゃがんで側の花を見ていた。

 上から落ちてきた水滴を跳ねたり、そのまま垂らしているそれをずっと。

 ただ、これだけ水分を浴びておきながらも綺麗に咲いているそれは純粋に美しいと思う――って、美吹と関わるようになってからこういうことばっかり考えるようになったのはいいのか悪いのか分からないが。


「そういえば私、高子ちゃんの家に行ったことない!」

「そりゃそうだろ、最近は忙しかったからな」


 その前やっとまともに話し始めたんだから。

 なんならキスだってした美吹だって家に来たことはない。

 

「なにもないが行くか?」

「うんっ。それにね、ちょっと雨がね……」

「ああ、だな」


 傘をささなくて済むというだけで楽だった。

 だからこの提案はありがたい、あたしは気にしなくていいからというのもある。

 家に入ったら飲み物だけ準備して床に寝転んだ。


「ああ……清水もなにやってるんだか」

「楽しみすぎて寝られなかったのかもよ?」

「そりゃそうだろうな、優梨菜と出かけられるんだから」


 気になる異性と出かけられるってなったら興奮して落ち着かなくなるんだろう。経験したことがないから分からないが、そわそわとする感じだけは少しだけ分かった。


「私よ仲良くしたい……んだよね?」

「だな、そう言っていたな」

「消しゴムを貸しただけでそこまで感謝しなくてもいいのに」

「優梨菜はなにも分かってねえ、男ってのは優しくされたら意識してしまうものなんだよ」


 だからあの健太だって初めてあんなことを言ったんだ。

 美吹は同性の自分から見ても素晴らしい人間だと思う。

 だからこそ任せられる、弟みたいな存在のあいつを。


「補習期間のとき、どういう風に清水に対応したんだ?」

「もう前を見るしかできないって言い続けた、悔やんだって過去は変わらないでしょ? 私、昔のことを思い出して後悔することが多いからさ、清水くんにはそうなってほしくないって思って」

「悪いな、あたしのせいでああなったのにさ」

「ううん」


 ここで清水のことをどう思っているんだなんて聞くのは違うか? 友達同士だからってずかずか踏み込んできてほしくないだろうし……。


「そういえば健太くんから聞いたんだけどさ、美吹ちゃんと……ちゅーしたって本当?」


 どうやらこっちの方は仲良くなれているみたいだ。

 ただなあ、そこに優梨菜が加わると泥沼化してしまうと。

 清水が男を見せつつ、優梨菜のことを考えて積極的に行動できるならまた変わってくるんだろうが……、実に難しい問題だ。


「高子ちゃん?」

「あ、キスはしたな、しかも唇同士で」

「そ、そうなんだ……最近は友達同士でもするのが普通なのかな?」


 首を振って否定しておく。

 そんな普通はない、そんな普通があったら百合カップルばかりになる。

 あいつもいいのかね、初めてだって口にしていたけど。

 あたしも初めてだったがどうでもいい、気になっているのはそれだけだ。

 勢いだけで行動をすると必ず後悔する。

 先に気づけないのが人生の難しいところだった。


「ね、ねえ、高子ちゃんは健太くんと付き合っていたりしないの?」

「しないよ、あたしと健太はずっと昔からいる親友ってだけだ」


 言い方を悪くすれば腐れ縁ってやつ。

 離れたくはないから合ってはいないがな。

 これまでずっと同じクラスでやってきた。

 放課後だって一緒に帰ったり、一緒に遊んだりしてきた。

 でも、それも今年で終わるかもしれない。

 あくまで優先するのは美吹とか優梨菜とかその他女子とか――まあ、そういう感じになる可能性は高そうだと考えている。


「おいおい、まさか健太のことが気になっているのか~?」

「で、でもさ、健太くんは美吹ちゃんと仲良くしたそうでいるし……」

「関係ないだろ、仲良くしたいならすればいい」

「だってさ……私が考えているのはその先もなんだよ?」


 美吹の魅力に気づいてしまった状態からでは分が悪いか。

 しかも関わっていく内にどんどん惹かれていくことだろう。

 まだ全然時間は経過していないから入ることは可能だろうが、優梨菜側の気持ちを考えると素直にそれでもとは言えない。

 あたしは健太にも頑張れと言ってしまっているから裏切ることになってしまうのもある、つまりあたしにできるのは無責任に優梨菜次第だと口にすることだけ。


「つか、清水は駄目なのか?」

「……清水くんには悪いけど、いまはイメージが持てなくて」

「そうか」


 ああ、残酷だな。

 もちろんこの後、変わる可能性は0ではない。

 が、結果は初回に決まるって現実がさ。

 初動で失敗すれば挽回のチャンスすら与えてもらえない。

 ただまあ、これを聞けていて良かったと思う。

 そうしないと余計なことをして彼女に嫌われていたから。

 今回学んだのは安易に頑張れなんて言ってはいけないということだ。

 外野にいるあたしはただ見ているだけしかできないことも。

 外野が出しゃばったら破綻してしまうから当然ではあるが。


「あ、ごめんねっ、私ばっかりのことで」

「なんでだよ、こういうことを話してくれて嬉しいと思ってるぜ」


 それなりに信用してくれてないとこんなことは言えないだろうから。


「……高子ちゃんって優しいよね」

「よせやい、優しくなんかねえよ」

「まともに話したのは校外学習のときだったのに、こっちの話とかも呆れずに聞いてくれてさ、なんでもっと早く話しかけようとしなかったのかって後悔してたんだよ?」

「そうなのか、まあしょうがないんじゃないのか?」


 あたしはボスらしいし。

 健太以外とはほとんど話してなかったから怖く見えるんだろ。

 いまのあたしにとっては嬉しさしかない。

 先程のそれと似たようなもので、つまりいま優梨菜はあたしのことを怖くは思ってはいないということに繋がるからだ。


「だから帰りのバスのとき席を交代してもらったんだ」

「あたしはあのとき、嫌われたと思ったけどな。偉そうに言った後に優梨菜が黙っちゃったからさ」

「ち、違うのっ、親身になって聞いてくれて嬉しくて……」

「そうか、なら良かった」


 なかなか悪くない雰囲気だった。

 もうずっと前から友達でいるみたいな感じ。


「でもね、言いたいこともあって……」

「自由に言ってくれ」

「髪の毛をもっと綺麗にしよう!」

「あ、洗っているからな!?」


 美吹のときと違って鏡ありで髪型変更会となった。

 変更点はそれだけではなかった、月曜日はツインテールで学校に行こうだなんて地獄のようなことを言ってくれた。

 おいおい、あたしはあの教室のボスだぞ、そんなことをしたら駄目だ。

 つか変に洒落たりすると笑われるだろうからと適当にしているというのになんてことを言ってくれてんだよ……。


「約束、守ってねっ?」

「おぇ……」


 守らなくても学校でしてあげるからと脅迫つきで。

 まあいいや、それで笑われてしまえばもうちょっといやすくなるだろ。

 寧ろやばいやつ認定されれば立場がはっきりするし。

 あたしが見ているだけで睨んでいるなんて言う失礼な奴らだからな。

 ――翌日。

 教室内は当然のようにざわついていた。

 そりゃそうだ、寧ろ普通に話しかけてくる優梨菜と美吹がおかしい。

 あの健太だってあたしを見て困惑していたもんな、面白いぐらいだ。


「だ、大桐」

「おう……なんとでも言えよ」

「そうじゃなくて、土曜日は悪かった」

「それは気にしなくていい」


 悪く言ってくれよっ。

 そうじゃないといつまで経っても落ち着かない。

 ノーリアクションじゃないことはまだマシだが……。


「そ、それよりその髪型はまた思いきったな」

「ああ、たまには変えてみようと思ってな」

「なら喋り方もさ」

「いや、あれは高ダメージだからな……」


 ああ、清水の視線が突き刺さる!

 なんでこいつ、変に安心したような顔をしていやがるんだ。

 思いきり困惑するか、思いきり馬鹿にするかはっきりしてほしいぞ今回ばかりは!


「お、俺はいいと思うけどな、恥ずかしいことなんかじゃない」

「んー、いや無理だ」


 優梨菜みたいな存在なら美吹を真似しても、敬語キャラでも、また男勝りみたいな話し方でもなんでも似合うだろうが、あたしは違うんだ。

 ある意味ツインテールを要求してきた優梨菜より残酷だな。


「それより清水、お前なに3教科も赤点取ってんだごら!」

「い、いまかよ……もっと早く言ってくれれば良かったのに」

「うるせえっ、次は絶対に変な遠慮すんじゃねえぞてめえ!」

「し、しないって、今度はちゃんと聞くからさ……」

「破ったら尻を引っ叩くからな!」


 今度は一切遠慮なく美吹に任せることにしよう。

 効率を良くするためにもそれは必要なことだった。


「大桐、それを続けようぜ」

「お前、それ死ねって言っているのと同じだからな」


 こんなのはしないが、まあまた面倒なことになっても嫌だからそこそこ綺麗に留めておこうとは決めたのだった。

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