02話.[話にならないから]

「気をつけて帰れよー」


 学校に着いたらいつものように帰るだけとなった。

 今田や千葉、清水に挨拶をして帰路に就く。


「待ってよ」

「お疲れさん」

「ありがとね、高子がいてくれて良かった」

「礼なんかいらねえよ」


 あたしは今田に感謝したいぐらいだった。

 だから連絡先を交換したことをいいことに送っておいた。

 にしても、結局最後までふたりとは会えなかったな。

 楽しめたのならいいんだが、果たしてどうなんだろうか。


「このまま僕の家に行こうよ」

「健太の家に? 別にいいけど」


 こっちは雨が降ってないから濡れる心配もないからいい。

 ついでに言えば家に帰ってもひとりだからしょうがないし。

 両親もなあ、いつも朝から20時過ぎまでよく頑張ってくれていると思う。ただ、自分が同じように働いているところが想像できないのはなんでだろうかねえ。


「はぁ、喧嘩にならなくて良かったよ」

「あれは喧嘩じゃないのか?」

「喧嘩未遂、かな」


 ずっと座っていて疲れたから転ばせてもらう。

 別に今更遠慮をするような仲じゃない、相手の家だろうが関係ない。

 もちろん、親しき仲にも礼儀ありって言葉があるからあまり調子に乗らないようにはしているが、逆に座っていたら健太の方から転べばと言ってくるぐらいだった。


「高子が行ってくれている間、ちょっと今田さんと話したんだけどさ、意外と話しやすくて驚いたよ」

「あたしも驚いたな」


 千葉と違ってひとりでも全く気にしないやつだと考えていたから。

 なのに結果は真反対、寧ろ友達を欲していた形になる。

 友達になろうと話をしたときの安心したような顔は印象的だった。

 ひとりでいたから無表情だっただけで、実際はあんなに柔らかい表情を浮かべることができるんだなって。


「でも、次からはああいうことしないでよ?」

「ああいうこと?」

「僕を避けようとするみたいなことだよ」

「それは自意識過剰だろ、それともあたしといられなくて寂しい――」

「寂しいよ、僕は高子といたいんだ」


 基本的に呆れたような顔をしているのになにを言っているんだか。

 ただまあ、実際にそれと同じことをしたから言い訳はできない。


「分かった、まだまだあたしが守ってやらないといけないしな」

「僕も成長しているよ、守るのは僕の方だ」

「今日だってすぐにあたしに頼ってきただろ」

「うぐっ……た、確かにそうだった」


 それを情けないことだとカウントしてほしくない、こちらに頼ってくれればこれまでの礼ができるから好都合なのだ。

 ひとりで抱え込むこともある奴だから不安になるんだよな、そういう点では無理やり別班になったのは悪かったかも。


「む、無理に僕だけで説得しようとするよりいいかと思って……それに高子は入り口のところにいると分かっていたからさ……」

「別に責めてるわけじゃない、これからもそうやって頼ってくれればいいぞ、あたしにできることはたかが知れているけどな」


 健太は弟みたいな感じだから頼ってくれる方が嬉しい。

 逆に無理して頑張ろうとしているところを見ると不安になる。

 当然、血が繋がっているなんてことはないが、昔からこういう形だったから違和感はなかった。


「……不安だったんだ」

「だろうな」

「でも、高子がいてくれて良かった、千葉さんと清水君、それぞれと話をしてくれたんでしょ? そのおかげであの後はみんなで楽しく見て回れたからね」

「無駄ではなかったな、楽しめたのならそれでいい」


 それでも偉そうに言ってしまったことは反省している。

 特に帰っているときのあれはなあ、普通のことをあんな風に言われても千葉も困るだろう、だからあの後は話しかけてこなかったんだ。

 まあいい、次からは気をつけよう、次はないかもしれないがな。


「情けないよね、結局高子に助けてもらってばかりいるんだから」

「そんなことはないだろ」

「周りの子には上手く対応できているかもしれないけどさ、高子にはなにもできていないから嫌なんだよね」

「気にしなくていい、これまであたしは世話になったからな」

「そうかなあ……」


 これ以上ここにいるとネガティブモードに入ってしまうから帰るとするか。あたしもいちいち言わないで礼として助けていけばいいんだ、わざわざ言うと押し付けがましくなるから良くないし。

 残念ながら帰りは雨が降っていたが全く気にせず帰った。




 校外学習が終わったことにより日常が戻ってきた。

 が、それと同時に現実も突きつけてくるのが学校生活というわけで。


「高校初めての中間テストか、頑張らないとな」


 と、しっかりやろうとする者もいれば。


「高校初めての中間テスト……だるぅ……」


 と、現実を前につい不満を漏らしてしまう者もいる。

 ちなみにあたしは中立みたいなものだ、赤点を取らない程度にやろうぐらいのもので、やる気MAXとは言えない感じ。

 だから基本的にこういうときは健太と合わない。

 奴は放課後に遅くまで残ってやろうとするタイプだが、あたしはそうじゃない。別にテスト勉強なんて家でもできるからな。


「よし、一緒にやろう!」

「えぇ」


 それなのに何故だか付き合わされていた。

 救いはあたし以外にも被害者がいるということだろうか。

 千葉と今田、このふたりがいてくれるのならまあいいかな。

 

「高子、分からないところってあるかしら?」

「いや、特にないな、授業も真面目に聞いているからな」


 授業態度をきちんとして、あとは提出物もしっかり出しておけばテストで50点を取ろうがあんまり悪い結果には繋がらない。

 そこまで舐め腐った人間ではなかった。

 文句を言っているやつは大抵授業中なんかに寝ていたり、お喋りをしているから悪い結果に繋がるんだ。


「大桐さん、ここって分かる?」

「これはここを読めば分かる」

「あ、ほんとだっ、ありがとうっ」


 別にこっちを嫌っているわけではないようだな。

 そのことに安心している自分がいる、嫌われることはあたしの中でも堪えることだと分かっているんだ。

 自然と教える側と教えられる側に別れた。

 あれだけやる気を見せていた健太が教えられる側だったのは面白かったけれども。

 優秀さを見せてくれたのは今田だった。


「すごいな、余裕そうだな」

「これぐらいしかやることがないだけよ」


 暇さえあれば漫画を読んでしまう身としては言ってみたいことでもあった、勉強ぐらいしかやることがないからなーなんて。

 しかもそれがしっかり身についていることが素晴らしいと思う、こればかりはイメージ通りというのも影響しているが。


「ち、千葉さん、一緒に頑張ろうねっ」

「そうだねっ、ふたりがいてくれているから心強いよっ」

「くっ、僕も向こう側の立場になりたい……」

「頑張ろうっ、一生懸命にやっていれば大丈夫だよっ」


 千葉はポジティブのようだ。

 いつかはまたゆっくりと話ができればいいと考えている、口に出すことはしないが健太と上手くいくかもしれないからな。

 いや、今田みたいな存在の方が健太の相手としてはいいかも。

 そうしたら最強の健太になる、小学生並の言い方であれだがな。

 とにかくどうせ残るのならと真面目にやった。

 よく考えてみなくてもテストでそこそこの点数を取れていた方が後が楽になるかもしれないから。


「きょ、今日はもう終わろう」

「だ、だね、無理して詰め込んでも出ちゃうからね」


 明らかに疲弊しまくっているふたりによって終了宣言がなされた、もうちょっとやっていきたかったので一緒に帰ることはせずに続行。

 赤点じゃなければいいとか考えておきながらこれ、不安なんだろう。

 ただまあ、こうしてやったことで自信がついた。


「大桐」

「清水か、なにやってたんだ?」


 テスト週間だから部活もないというのに。

 偏見だが、清水みたいなタイプが真面目に学校で勉強をやるようには思えない。それでも家ではやるから成績を悪くさせなくて済むみたいな風に想像している。


「この前はありがとな」

「何回も言わなくていい。それでなにやってたんだよ?」

「それは内緒だっ――というのは冗談で、部活の先輩と勉強をやっていたんだよ、教えてくれるっていうからさ」

「へえ、女子だったりしてな」

「あー……まあ、そんな感じだな」


 どうやらマネージャーがわざわざ教えてくれたらしい。

 そんなことってあるか? これも偏見だが、部長だったりエースなんかと仲いいのが女子マネージャーって感じがするが。

 その人らよりも清水が魅力的だった? それとも、学力が心配になったから見てやらなければならないみたいな義務感があったとか?

 ……真剣に考える方がおかしいな、そんなのを考えたところで結局本当のところは分からないんだからしょうがない。


「ふーん、浮気か」

「いや違う違う、俺は千葉と心の底から仲良くなりたいと思っている」

「なんで拘るんだ? 言っちゃなんだが、女なんかいっぱいいるだろ」


 なんならその先輩だってそうだ、わざわざ千葉に拘る理由が分からない。


「悪い、とやかく言われたくないことだよな」

「受験のときに消しゴムを貸してくれたからだ」


 なるほど、そりゃ仲良くして礼がしたいってなるか。

 受験のときなんかそうでなくても緊張しているのに消しゴムを忘れたなんてなったら頭が真っ白になりそうだ。

 だが、そこを千葉が救ってくれたことになる。

 大袈裟でもなんでもなく天使に見えたことだろうな、ついでにあの明るい笑みを浮かべられていたら惚れてもおかしくないな。

 単純とか言うつもりはない、それもひとつのきっかけだから。


「それなら焦らずにいかないとな」

「そうだ、大桐の言う通りだ」

「明日も勉強をやるだろうからこっちに来たらどうだ?」

「そうだな、そうさせてもらおうかな」


 そこで千葉に教えられる側になれば仲も深まるだろう。

 仮に単純に教えられる側になったとしても上手く対応すればいい。

 今日の健太と千葉がいい例だ、同じような立場だと盛り上がれるみたいだから。いまは一緒に頑張ろうって励まし合えるだけでいい進歩なんじゃないだろうか。


「ここに来たのは倉原達に聞いたからなんだ」

「あたしがいるって? だからってなにもできないけどな」

「礼が言いたかったんだ、だから言えて満足している」


 基本的に席に張り付いているんだから教室で言えばいいのに、そうすればわざわざこんな面倒くさいことをしなくて済んだ。

 恥ずかしいのか、ただただ律儀なのか、どちらかは分からないが同じように落ち着いた態度で千葉にも接すればいいと思う。

 がっつきすぎたら駄目なんだ、ある程度は抑えなければならない。


「なあ」

「なんだ?」

「喋り方を戻せばいいんじゃないのか?」

「健太より格好良くていいんじゃなかったのか?」


 多分そんなことをしたら自分で気持ち悪くなる。

 背筋がゾゾゾっとなって、鳥肌が立ちまくって。

 制服以外でスカートを履いたときなんかと同じだ。

 でも、たまには挑戦してみなければならない。

 食べ物と一緒だ、嫌いだと考えてばかりでは前に進めないから。

 とりあえずダメージが少なそうな今田風の喋り方をしてみよう。


「別に変えたところで意味ないわよ」


 ぐっはぁ!? よ、余計にダメージが……。

 自分で選択しておきながらダメージを受けてる馬鹿がここにいた。


「それこそ千葉みたいな喋り方はどうだ?」

「か、変えても意味ないよ、印象は変わらないんだから」


 健太にこんなことをしたら真剣に心配されることだろう。

 そうしたら余計にいたたまれなくなる、恥ずかし死しそうとはそういうときに使う言葉だと思う。


「も、もういいか? これ以上は無理だ……」


 精神を回復させるためにもっと残っていくことにした。

 多分、30分ぐらい経過した頃、清水は出ていったはず。

 はぁ、自爆だけはしないようにこれまで生きてきたんだけどなあ。

 挑戦したらやはりデメリットもつきまとうということを今日知った。


「はぁ……」


 いくら清水が言ったからとはいえ、不快なものを見せてしまったことには変わらない。千葉もそうだったが終わり際無言だったのはつまりそういうことなわけで、明日謝らなければならなくなった。

 くっ、あたしの場合だけデメリットが大きすぎる。

 大体、喋り方を変えるだけで相手を不快な気分にさせられるって逆に才能だろこれはもう。

 

「帰ろう……」


 帰って寝よう。

 できればそのまま風邪でも引けると最高なんだがな。




 残念ながらそう都合良くは風邪を引けないのが人生というやつだった。

 今日は自分でも驚くぐらいにうじうじとしている。

 突っ伏したり清水を目で追ったり、傍から見たら恋しているような女に見えるだろうがそうじゃない。

 何故ならあたしの中には気まずさと申し訳無さしかないからだ!


「お、おい清水、だ、大桐が睨んでいるぞ?」

「な、なにしたんだお前、下手すりゃ殺されるぞ!」


 違う違う、つかあたしのイメージ最悪すぎだろ……。

 清水はそれでやっと気づいたらしくこちらにやって来た。

 ざわつく教室、突き刺さる様々な視線。


「どうした?」


 と、清水の方から動いてくれた。

 こうなれば勢いだ、これを逃したらできなくなるからな。


「昨日は悪かったっ」


 あたしが急に謝ったことにより余計にざわついた。

 なにより、ボスみたいなあたしが(クラスメイト曰く)清水に謝ったことが信じられないことだったらしい。これによりクラスの中で清水はかなり上位の存在になったそうな――なんだこれ。


「昨日?」


 だが、その清水はボケを噛ましてくれるというオチに。

 それとも上位の存在になったからこその余裕なのか? 千葉にがっつきすぎて喧嘩になりそうになった奴はもういないというのか?


「ほら……喋り方の件で」

「ああ、謝るなら俺の方だろ、無理やりさせたようなものだしな」

「謝るなっ、いいな?」

「ん? 大桐がそう言うなら」


 謝られたら余計に惨めな気分になる。

 くそ、少し大袈裟に反応しすぎたか。

 そのせいでボス的扱いをされていることを知ってしまったしな。

 なんだよ、特になにかをしたわけでもねえのに。

 なんなら他の連中よりも大人しくやっているってのに。


「なになに? なんの話ー?」

「千葉か、今日の放課後に清水も一緒に勉強をやろうって話だ」

「おぉ、できれば清水くんもこっち側だといいなぁ」

「こっち側?」

「教えてもらう側ですっ」


 いい意味でも悪い意味でもポジティブだということか。

 少しは変わろうとしなければならない。

 千葉ならまあ、あたしみたいにダメージを受けることもないだろう。

 仮に勉強を頑張れるのならいい結果にしか繋がらないからいいよな。


「安心してくれ千葉、俺は教えてもらう気満々だ!」

「そっか! なら倉原くんも含めて頑張ろう!」

「く、倉原……だと?」

「あ、喧嘩はだめだよっ、また悪く言ったら今度こそ怒るからっ」

「言わない言わない……大丈夫だ。ただ、倉原は教える側だと思っていたから意外でな」

「あ、それは私も同意見かも!」


 んー、このふたりもいい関係になれそうなんだよな。

 やっぱり健太には今田かな、片方は不貞腐れ、片方は読書中だが。


「おい健太、なにやってるんだ」

「だってさ……結局これでも高子に頼ることになっちゃうじゃん」

「いいじゃねえか、得手不得手ってのはあるんだから」


 綺麗事を言わせてもらえば教えることでこっちもより強固なものになっていくから悪くない。つまり、健太達のためにしているようで、結局は自分のために動いているということだ、偽善者というやつだな。


「たまには頼ってもらいたいっ」

「それならちょっと付いてきてくれ」


 この教室には居づらい。

 こうして一見弱そうな健太を連れ出したことにより余計に影響が。だからボスじゃねえって、パシリみたいなこともしたことねえし。


「ほらよ」

「ありがと」


 こういうときに甘いのはよく沁みる。

 やっぱりまだまだこいつはあたしがいないと駄目だな。


「いい子だ」

「むぅ、子ども扱いしないでほしい」

「ほら、あたしはいま健太に頼っているだろ?」

「違うよ、これも僕のためでしょ」

「違う、あたしが教室に居づらいから健太を頼ったんだ」


 こういうところでは頑固だから困る。

 別になにかをしてほしくて一緒にいるわけではないんだ。

 そういうことばかり考えて時間を無駄にするのが1番駄目だ。


「お前はあたしといてくれているだろ? それだけで十分だ」

「なんだかなあ……それじゃあ微妙じゃん」

「微妙じゃない、あたしにとってはありがたいことだ」


 パックを捨てて教室に戻る。

 これまでずっと支えられてきたから今度はこちらからというだけ。

 なにもしなくていい、いつもみたいにいてくれればそれで。

 あとはまあ、誰か大切だと思える人間を見つけて幸せになってくれれば十分だった、仮にそうなっても関係をなくすわけでもないしな。

 流石に授業中はざわついたりはしなかった。

 特に視線が向けられるということもなく、一般的な学生生活らしい時間を過ごすことに成功する。

 10分休みや昼休みなんかは視線の攻撃に晒されたが乗り越えた。


「うへぇ……今日も地獄の時間が始まるんだぁ……」

「が、頑張ろうよ、せっかく高子と今田さんがいてくれてるんだから」

「そうだぞふたりとも、俺もいるから大丈夫だ!」

「「「頑張ろう……」」」


 あたしは今田に先に礼を言っておく、流石にこの人数を相手にひとりというのは厳しいから。

 彼女はまた柔らかい表情を浮かべて「大丈夫よ」と言ってくれた。

 その笑顔がいまのあたしに沁みる、ありがたいぜ本当に。

 ボス扱いしてくる可愛げのないクラスメイトとは違うな!

 基本的に今田はバランス良く教えていた。

 あたしはほとんど清水専属みたいになっている。


「わ、悪い……分からないところばかりでな」

「気にするなよ」


 うん、これだとマネージャーも気にするわ。

 困っている1年生のために年上なら動きたくなる、のかもしれない。

 補習かなんかで部活動に参加できなくなったら可哀相とも思うはず。


「ちょっと休憩にしましょう」

「だな、あまり焦っても駄目だから」


 今田凄え……ふたりにバランス良く教えられるなんて。

 もうね、ふたりの今田を見る目がキラキラしていやがる。

 対する清水は……ぜえはあと死にそうな顔をしているだけ。

 教え方が下手くそなのかもしれない、なんとかしないとな。


「ほい、ジュースでも飲め」

「悪い……大桐に世話になってばかりで」

「本当だよ、だから結果で見せてくれよな」

「ああ、赤点を取るようなことは絶対にしない」


 これはもう今田に礼をしなければならないな。

 巻き込んでしまったようなものだし、人として最低でもな。


「高子、ちょっと付き合ってちょうだい」

「お? おう」


 飲み物を買ってやれば礼になるだろうか。

 それともなにか贈り物? それともなにかしてやるとか?

 連れて行かれたのはただ目の前の廊下だった、疲弊しているやつらばかりだから疑似ふたりきりみたいなもの。


「悪いな、そっちにばかり負担をかけてしまって」

「いいえ、こういうのは友達らしくていいじゃないっ」

「え……ああ、いいのか?」

「少なくともあなたが謝るようなことではないわ。それにあなたと同じ気持ちなの、あのふたりが結果を出してくれればそれでいいわ」


 弱え見返りの要求だなあ、それこそ今田にはもっとがつがつきてほしいように思う。とにかく友達という存在を大切にしていることは分かるが。


「それより問題はあなたよ」

「あたし? ああ、教え方が下手くそだってことか」


 一朝一夕で身につくことじゃないから難しい、それでもこれを頑張ったところでデメリットはないからいいよな。

 恥ずかしい思いをすることもない、また聞く側も楽になるから正にウインウインというやつだ。


「違うわよっ、いつ名前で呼んでくれるのっ?」

「いつって言うけどさ、あたし達がまともに会話し始めたの校外学習のときなんだぜ? 流石にまだ早えんじゃないかな」

「関係ないわよっ、美吹って呼びなさいっ」


 な、なんか健太以外の人間の名前を呼ぶのが恥ずかしいっ。

 あたしはボスなんだぞっと先程気にしていたことなど忘れて叫びたくなるぐらいにはそうだった。


「高子、今田さん、続きをお願いします……」

「わ、分かった、いま――美吹、行こうぜ」

「ええ!」


 名前で呼んだだけで大袈裟すぎる。

 けれど、向こうはそのおかげか楽しそうな雰囲気だった。

 ……なのにこちらは、


「悪い……すまない……」


 何度も謝らせてしまう始末。

 気にしなくていいって言っているのにな、あたしもいまの美吹みたいに笑ってやれればいいんだが……。


「清水」

「な、なんだ?」

「次に謝ったら千葉に見てもらえなくなるぞ」

「なにっ? そ、それは駄目だっ、頑張るしかない!」


 そうだ、そもそもあたしが付き合っている時点で問題ないと分かれ。

 あたしは嫌なら引き受けたりしない、そのことを理解してほしい。

 しかもあれだろ、そんな気分でいたら集中もできるはずがないんだ。寧ろあたしを使ってやるぐらいの気持ちでいてくれれば良かった。

 いいのか悪いのかは分からないが、それからは堂々とできていた……気がする。


「ふぃ……こうしてテスト勉強をちゃんとしているとなんか自信がついてくるなあ、高校生らしくいられているというか」

「分かるっ、しかも優しいふたりがいてくれるからねっ」

「すごい話だよな、俺達のために時間を使ってくれるなんてさ」

「「「感謝しかないっ、ありがとうございます!」」」


 礼なら美吹に言えと吐いて突っ伏す。

 ……なんか嫌だ、大してできてないのに礼を言われることが。

 あとは単純に先程と同じで恥ずかしい、礼を言われ慣れてないから。


「高子、お疲れ様」

「美吹もな……」


 3人がすぐに帰ってくれたから助かった、美吹相手に照れる必要もないから突っ伏すのをやめて本人を見る。

 涼しそうな表情を浮かべて窓の方へと視線を向けている彼女は同性からみても綺麗に見えた――って、どうかしてるな最近のあたしは……。


「美吹は凄えよ」

「そう? 普通にしているだけだけれど」

「それを普通にできるのが凄えんだよ」

「それはあなたが名前で呼んでくれたからよ」


 大袈裟すぎる……名前をそこまで大事にしているのは素晴らしいが。

 あたしは正直名前負けしてしまっているからな、高子のくせに身長が160センチぐらいしかない、これでは低子だろう。

 栄養や睡眠だってしっかり摂(取)ってきたのにな、母からの遺伝が強かったのかもしれないな。


「とにかく、テストまでよろしく頼む」

「ええ、任せてちょうだい」


 教えるばかりではなくて自分のもしっかりしておかないと。

 あたしが赤点を取ったら話にならないからな

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