第11話

あの車の見物会以来だ。外出するのは。

大きなけやきの木が結菜さんの家の前に佇んでいた。

私は先程貰った地図を頼りにスーパーまでの道のりを歩いて行く。

大きな公園や個人商店が立ち並ぶ商店街を抜け、迷うことなく無事スーパーに辿り着くことができた。

意外にもスーパーは私たちがワープした時、背後にあったビルの隣にあった。

入店する時、一瞥いちべつしたスーパーの店名に少し驚いた。

『桜、咲く』

「何これ」

そう呟きながらスーパーに入る。

店内はクーラーが効いていて涼しかった。

店名にも驚いたがまた驚くことがあった。

「人、多」

またもや独り言。

2020年のこの時間帯のスーパーとは比べ物にならないほどの人集りだった。

なんか、ねずみの国みたい。

私はそう思いながら、目当てのいちごを探した。

旬の時期ではないので陳列数は少なかったが、その中でも美味しそうないちごを見つけ、レジに持っていく。

レジには店員がおらず、全て機械で支払うみたいだった。

2020年でも機械で支払ってはいたが、必ずレジにも店員がいたものだ。

「随分進化するんだなぁ」

一人でいると独り言も多くなる。

結菜さんから受け取ったお金でいちごを買い、店の外に出る。

「あっつ」

日本の夏の暑さは尋常ではない。

地球温暖化のせいでますます暑くなってるのか。

私は暑くて思考も巡らない頭でそんなことを考えていた。

するとスーパーの目の前で車椅子に乗ったお婆ちゃんが狼狽えているのが目に入った。

「どうしたんですか?」

私が声をかけるとお婆ちゃんは振り向いて丁度よかった、と呟いた。

「実は車椅子が動かなくなっちゃったのよ。故障かしら」

「えっと……」

私はそのお婆ちゃんの言葉の意味をよく飲み込めなかった。

車椅子は後ろから人が押しているイメージしかないんだけど。

「最近になって自動化したじゃない?それで今『桜、咲く』まで来てみたんだけどやっぱり安物だったからか、なんか動かないのよ」

2035年では車椅子が自動化しているのか。

未来とはいえ、ちょっと進化しすぎじゃないか。

そう思いながらも私は困っている人は放って置けないタイプなのでお婆ちゃんの家まで車椅子を押していくことになった。

幸い、お婆ちゃんの家はスーパーからすぐ近くにあったので送るのにもそこまで時間は要さなかった。

「ありがとうね〜最近の若者は冷たいって思ってたけどこうやって温かい人もいるんだねぇ」

「あ、はい」

お婆ちゃんを家の前まで送り届けたところでお婆ちゃんにそう言われた。

「そうだ。家に上がってかない?お礼がしたいのよ。どうぞ上がって」

「お礼なんていいです!私が勝手にしたことなので……」

私が全力で遠慮を示すとお婆ちゃんは朗らかに笑ってこう言った。

「私も一人暮らしだから寂しいのよ」

どうしてここで一人暮らしの話が出るのか分からなかったが、そう言われてしまうと上がらないわけにもいかなくなった。


「お邪魔します」

私がお婆ちゃんの車椅子を押しながら家に入ると一人で住むには広すぎるスペースがあった。

家の中は完全にバリアフリーで至る所に手すりがあったり、車椅子用のエレベーターが設置されていたりした。

「適当に座ってて。今からお茶を淹れてくるから」

お婆ちゃんはそう言って車椅子を自分で動かし始めたので私は車椅子を方向転換させ、ソファーとテーブルが置いてある方へ押して言った。

「お茶なんて大丈夫です。お婆ちゃん、大変だし」

「あら。大丈夫よ。だってこれがあるもの」

お婆ちゃんはテーブルの上に置かれていた白い容器を手にぶら下げながら言った。

「それは……?」

「知らないの?最近の若者はお茶なんて飲まないのかしら」

お婆ちゃんはそう呟きながらも朗らかに笑って説明をしてくれた。

「これはお茶っ葉を入れるだけで自動でお茶を湯呑みに淹れてくれる機械なの。この車椅子とは違ってこの子はとても頼もしいのよ」

お婆ちゃんは自分が乗っている車椅子を軽く睨みつけ、お茶を淹れる機械を愛おしむように撫でながらそう言った。

その後お婆ちゃんは湯呑みを二つ出し、お茶を淹れてテーブルに置いた。

テーブルの上にはチョコレートが多量に入った皿も置かれていた。

お婆ちゃんは湯呑みを私に渡しながら自己紹介をした。

「私は佐藤美代子みよこ。もうすぐで古希を迎えるわ。あなたは?」

美代子さんはそう言って私に話題を振った。

私は前に結菜さんから指示されたことを思い出しながら告げた。

——「もし、名前を聞かれたら私の名字を名乗りなさい。私って人気者だからこの辺の人には名前が知れ渡ってるのよ」

「私は月原結月です。高校一年生です」

私がそう言うと私と美代子さんの間に暫しの沈黙が走った。

数十秒経った時、美代子さんが乾いた声で問う。

「………月原……?」

「え、あ、はい」

未来からワープしたことを見破られたのかと焦ったがそうではなかった。

「あなた、月原さんの子供?」

「えっと……はい」

「月原さんってご結婚されていたかしら?」

一瞬返答に困ったが私は慌てて誤魔化す。

「け、結婚してますよ!ず、随分前に……」

語尾が掠れてしまった。

美代子さんはあまり疑わず、それで信じてくれたみたいだった。

美代子さんは湯呑みを両手で何度か撫でてから口を開いた。

「子供さんの前でこんなこと言うのはあれなんだけどね……」

「はい……」

美代子さんは少し表情を曇らせながらこう告げた。

「月原さん、少しおかしいわよね……」

「え?」

「あの方、去年、過去からワープした子を預かっているって言い張ってるらしいのよ……」

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