第9話
夢を見た。
小さい頃のずっと心の奥底に封じ込めていた記憶が夢により、呼び戻された。
なんで?なんでまた思い出さなきゃいけないの?
そんな私の思いを
……激しいクラクションの音。黒い車体がすぐそばまで近づき……。
私は声にならない悲鳴を上げながら車に跳ね飛ばされた。
気がついたら病院にいた。
足が包帯で何重にも巻かれている。
軽い打撲で済んだのは奇跡らしい。
その時はよかった、ぐらいにしか思っていなかったが、今となっては医者に文句をつけたくなる。
そんな風に奇跡を安売りされてもな……。
私はその頃から、車が怖くなった。
車に乗ることも、車を見ることも。
これじゃ、まるで恐怖症じゃん。
あの時、足が
小学一年生だった私はまだ恭とは出会っていなかった。
だから知らない。恭はあの事故のことも。
そして私が手根管症候群になったことも。
後者は単に私が言っていないだけだけど。
そういえばいつの日か言われたっけ……。
「お前、最近ピアノ弾かないけど、どうしたの?」
何言ってんだ。私は手根管症候群になったんだから。もう弾けないんだから。
夢の中で私は恭に八つ当たりをする。
当時の私はといえば。
「もう嫌になったから。辞めたの」
その時、恭の顔が少し歪んだように見えたのは気のせいだったのだろうか。
「俺は結月のピアノ、好きだったよ」
目が覚めた。
なんだ、夢で思い出しただけか……。
「なんで私ばっかりこんな辛い思いしなきゃいけないわけ?」
ちょっと怒気を込めて独り言。
実は神様に向けて言ったつもり。
私はベッドの上で起き上がるとベッド付属の白いカーテンを開けた。
朝の光が窓から降り注いでいる。
私が髪を整えようと自分の髪を触った時、初めて自分の頬に涙が流れていたことを知った。
私は持参していた鏡で自分の顔を覗き込む。
「情けない」
私はそう吐き捨てた。
「順調に治ってるようで良かったぁ」
結菜さんが私の病室に来て安堵のため息をついていた。
「本当によかったよ。一時はどうなることかと思った」
恭がわざとらしくため息を吐く。
「ご心配おかけしてすみません、結菜さん。恭もごめん」
「あのさ、俺、なんかついでって感じになってない?」
「そう?だってついでだし」
「うわ。最低ー」
恭が面白そうに笑う。
すると恭の隣から柔和な笑い声が聞こえた。
「本当に二人は仲良しだね。付き合っちゃえば?」
結菜さんの冗談に私は苦笑しながら返す。
「結菜さん、流石に冗談きついです」
「そう?」
なんと言っても幼馴染だし。
長い間一緒にいると恭が異性だということも忘れてしまうくらいだ。
恭はといえばなんだか急に押し黙ってしまった。
急にどうしたのか、と心配になったがいつもの自分に慌てて戻す。
恭は黙ってくれていた方がうるさくなくていいんだよね。
一週間が経ち、無事に家(と言っても結菜さんの家だけど)に帰宅することができた。
頭の包帯も取れ、入院中は動かしにくかった頭も順調に動くようになっていた。
「そうだ!明日さ、結月ちゃんの全快祝いも兼ねてピクニックに行かない?オススメのスポットがあるのよぉ!」
嬉しそうに含み笑いをしながら提案したのはもちろん結菜さん。
「めっちゃ行きたい!夏だからちょっと暑そうだけど……」
恭が結菜さんの提案に便乗する。
「私も行ってみたいです……」
「よし!決まりぃ!何持ってこうかなぁ?」
結菜さんは私の返事を聞いたかと思うと小学生みたいに顔を綻ばせて自室へと戻っていった。
もう夜も遅い時間なのでそろそろ私もお風呂入って寝ようかな。
私が浴室へ行こうとすると恭に呼び止められた。
恭はやけに顔を赤らめていた。咄嗟に似合わないな、と思ってしまった。
「あのさ、結月は俺のこと、どう思ってるの?」
「へ?」
思ってもいなかった質問に私は間抜けな声を上げる。
「なんで?」
私がそう聞くと恭は先程よりも一層顔を赤くした。
「いや……なんか突然気になって……」
「うーん……。突然そんなこと言われてもなぁ……」
私は暫く考え込んだ結果ある答えに辿り着いた。
「恭は私の幼馴染。それ以上でもそれ以下でもないかな」
私がそう答えると恭がなんでもなさそうな顔をした。
「ふーん。そっか」
リビングを出て行く恭が明らかにショックそうだった。
「今時の男子ってよく分からん」
そう、お婆ちゃんじみたことを呟きつつ、私もリビングを出て浴室へ向かう。
お風呂のお湯にに浸かりながら私は目を閉じた。
何か引っかかるけど……。まあ、いいか。
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