第8話

「すっげぇ……!」

恭が目を爛々と輝かせている。

空には沢山の車が飛んでいる。

「すごい……」

私も思わず感嘆のため息を漏らす。

「あれ?でも、地上にも車走るんすね」

恭が道路を見やりながらそう言った。

「うん。道路を走っても空を走ってもいいの。選択制よ」

結菜さんは恭にそう言った。

「やばすぎる……」

結菜さんの家から少し離れると高層ビルが立ち並ぶ場所に出る。

そこはかつて私たちが過去からワープした場所でもある。

あの時は呆然としていて空を見上げる余裕なんてなかったな……。

「でも、天体観測とかする時、車が邪魔で見えなくなっちゃうんじゃ……」

私がそう聞くと結菜さんは得意げに胸を張った。

「ふっふーん!大丈夫!夜の時間帯は交通規制が入るから!」

「そうなんですね……」

「後聞きたいことがあるんすけど、悪者がいたとして車とかで空を飛ばれたら空って無限大だから、パトカーも大変じゃないんすか?」

恭がそう尋ねている横で私は微笑を顔に浮かべる。

「おい、結月、なんで笑ってるんだ?」

「だって……。日本語おかしいから……」

「仕方ねぇだろ!俺は国語大っ嫌いだからな!」

そう大声で宣言するように言うと結菜さんに先程の質問の答えを熱心に聞いている。

私はそれを微笑ましい気持ちで見守っていた。

それが油断に繋がったのか私はいつの間にか歩道からずれて車道の端に立っていた。

「え……」

気がついた時にはもう遅かった。

白い車体がどんどん私に近づいてくる。

すると大きな声が聞こえ、恭が一目散に私めがけて走ってきていた。

「おい!結月!何やってんだ!?」

「結月ちゃん!危ない!」

結菜さんも顔色を変え、声を張り上げてこちらに走ってくる。

大きなクラクションが響き渡った。

運転手がブレーキを踏むが直前にいる私を避けられるはずがない。

当の私はというと怖さに打ちひしがれてその場を動けずにいた。

車のタイヤがすぐそばまで来ていた。私には全てがスローモーションで再生されているように見えた。

私は目を瞑った。

怖い。もうあんな思いだけは……!

すると横から恭の手が伸び、私を突き飛ばした。

私は宙を舞い、歩道に無様な格好で転がり落ちる。

恭の顔がすぐそばで見えた。

私……助かったの……?

意識が朦朧もうろうとし始め、そこで記憶が途切れた。


目を開けると白い天井が目に入った。

そういえば車にかれかけたんだっけ……。

私は起きあがろうとしたが何故か体が重く、思うように動かない。

諦めてベッドに横になる。

すると白いカーテンがいきなり開き、恭が顔を出した。

「結月、起きた?」

「あ、うん。……えーっと……助けてくれてありがとう……」

私がそう言うと恭が口を開いた。

「大丈夫だけどさ、結月あの時どうしたんだ?なんで動かなかったの?」

恭の素朴な疑問に私の取り繕っていた笑顔の仮面が無理矢理剥がされる。

「え……っと、怖かったから……?」

「なんで疑問形なんだ?」

「いいの!誰にだって聞かれたくないこと一つや二つはあるでしょっ!」

私が自分の下にあった枕を手に取り、恭の頭を叩く。

「分かったよ。ごめんごめん。結菜さんは今手続きをしに行ってるから。一週間の入院で治るって」

「え?私、車に轢かれたっけ?」

「違う違う。俺が突き飛ばした時に頭を強く打ったから。医者が打撲、って言ってたぞ」

「ふーん」

私は他人事のように受け流し、ベッドの上に横たわり、布団を頭の上まで引っ張り上げる。

「俺たちはひとまず今日は帰るからな。何かあったら携帯で知らせろよ」

恭が頭上から声をかける。

「うん。ありがと」

私は小さくそう言い、寝返りをうった。

恭が個室のドアを閉めたのを確認すると私は布団から顔を出して辺りを見回した。

未来の病院って言っても2020年とあまり変わらないなぁ……。

そう考えているうちに激しい睡魔に襲われ、そのまま眠った。

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