第5話

「お〜美味そうー」

恭が食卓に駆け寄って声を上げる。

食卓に並んでいるものは私が知らない食べ物だった。

「あの……これ何ですか?」

私が躊躇いながら聞くと結菜さんは快活そうに答えた。

「ラタトゥーユよ。知らない?」

結菜さんは机に皿を置きながら私に聞く。

「へぇ。結月ん家では食べないのか?」

恭が不思議そうに聞く。

「うん。食べたことない。恭は?」

「俺はあるよ。母さんがラタトゥーユ好きだからな」

恭と私が机に向かったのを見届けると結菜さんは手を合わせて食べ始めた。

恭も勢いよく食べている。

「んっま!結月も食べなよ」

口の周りに赤い汁をつけながら恭は私に向かって言う。

私もスプーンで一口、口に運ぶ。

「美味しい……」

「だろ?」

恭が自分が作ったわけでもないのに得意そうな顔をしていた。

「よかったぁ。昨日の作り置きだから味が染み込んでるでしょ?」

結菜さんは突然机を両手で叩いた。

私たちは食べる手を休める。

「あのさ、お互い……というか私は道中自己紹介したけど君たちの名前まだ聞いてないんだよね。年齢とかも。教えてもらっていい?」

私たちは目配せをし合い、それからお互いに結菜さんに自己紹介をした。

年齢や名前、誕生日、血液型などを告げると結菜さんは始終頷きながら私たちの自己紹介に耳を傾けていた。

そして全て自己紹介が終わると結菜さんは嬉しそうに言った。

「つまり、結月ちゃんはJKってわけかぁ。羨ましい〜!」

結菜さんは首を振りながら本当に羨ましそうに呟いた。

「そんで恭くんは DKなんだな!」

「はい……?」

「男子高校生ってことだよ!」

楽しそうににそう言った結菜さんに少なからず恭が戸惑いの表情を浮かべる。

「あの……。それは未来で使われている言葉なんすか……?」

「ううん。全然。今私が作ったの!」

「はぁ……」

随分と活発な人だ。

果たして恭はこのテンションについていけるのだろうか。

私がそう思いながら、ふっと、壁の時計に目をやった時、またおかしなことが起こっていた。

「あ…あの、結菜さん。あの時計って……?」

私が恭と楽しそうに喋っている結菜さんに問うと結菜さんはああ、と頷きながら話してくれた。

「これも結月ちゃん達がいる時代とは違うものなのかな?この時計は結構前に買ったのよ。そうね……。十六年前くらいかな……」

不思議な時計とは、『9』と『3』の位置、そして『12』と『6』の位置が逆になっているのだ。

「ん……?待てよ。結菜さん、十六年前にこの時計買ったんすか?」

「ううーん。多分。はっきり覚えてないわ。だって私が買ったわけじゃないし」

「え?誰が買ったんすか?」

「十五年前よ。私は十歳。つまり小学生。母が買って気に入っていたものを使わせてもらってるのよ」

「俺らが生きていた時代の来年ってこと?ん……?」

「恭、日本語、おかしい。」

私がくすっと笑うと恭がムッとした顔をした。

「しょうがねぇだろ。ややこしすぎるんだもん」

恭は椅子の背もたれに背中を預けながらそう答えた。

「結月ちゃん達がいた時代は2020年でしょ。つまり、私の母がこの時計を買ったのは結月ちゃん達が生きてる時代で言うと一年後」

「え、ってことは、結菜さんは俺らが生きてる時代にいるってことっすか?」

恭がガバッと背中を起こす。

「そうね。まだ小学生ってことになるけど」

「すっげぇ。なんかすげぇな」

すげぇを繰り返している恭に適当に相槌を打つ。

「なぁんかややこしいね。結月ちゃん達のワープは特に」

「え?」

私が聞き返すと結菜さんは慌てて首を横に振った。

「ううん!何でもない!……そうだ!お風呂!お風呂入ってきなさい!」

結菜さんは私たちをリビングから追い出し、浴室へ案内した。

「流石に二人では入らないわよね。まあ、ここはレディーファーストで結月ちゃんから……」

「じゃ、俺入るわ」

「ちょっと!今の話聞いてた?」

「おえ」

私が恭の首根っこを掴んで私の背後へ戻す。

「じゃあ、恭入ってくるね」

私はにっこりと満面の笑みを浮かべてドアを閉める。

「うざ」

苦笑しながら恭は仕方なく結菜さんと一緒にリビングの方へ行ったみたいだった。

私は風呂場で一人、考えた。

さっきの結菜さんの様子が明らかにおかしかった。

何か隠してるの?

それって一体何……?

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