第2話

「ただいまー」

私は自分の鍵で家の玄関を開ける。

「おかえりー随分遅かったね」

母は昼食の炒飯チャーハンを皿に盛りながら私を見た。

「うん。恭と喋ってて」

「あらあら。いつまでも仲良しさんね」

母は微笑みながらテーブルに皿を置き、ふう、と息をついた。

「我ながら上出来」

母は炒飯が盛られた皿を見ながらそう呟いた。

「ねぇ。昼ご飯食べ終わったら恭と一緒に遊びに行くの。いいよね?」

「いいわよ。恭くんと一緒なら安心ね〜」

母は呑気に炒飯をスプーンで掬いながらそう言った。

私は急いで炒飯を口の中に掻き込み、出かける支度を始めた。

「ちょっと!味わって食べた?すっごくおいしくできたのに!」

母が怒っているがそれは無視して玄関を飛び出す。

「行ってきまーす」


恭の家の前に着き、インターホンを鳴らす。

インターホンの軽々しい音が静かな廊下に反響した。

「はーい」

恭のお母さんが玄関のドアを開ける。

「あらあら。結月ちゃん。いつも恭がお世話になってます」

恭のお母さんが律儀に頭を下げる。

「いえいえ。私はそんな……」

「恭ー!何してるの?結月ちゃんよー」

恭のお母さんが大きな声で恭に呼びかける。

「おう。ごめんごめん」

恭が奥から顔を出す。

「気をつけて行ってくるのよ。くれぐれも結月ちゃんに怪我させないでね」

お母さんが恭に向かって小言を並べ立てる。

恭によると恭のお母さんは小言を言い出すと優に一時間はかかるらしい。

「おい。もう行くぞ。忍び足で行けよ」

恭がお母さんに気がつかれないように小声で私に耳打ちした。

私は小さく頷くと足音を立てずにエレベーターに向かった。

恭のお母さんは私たちがいなくなったことにも気がつかず、一人、玄関でまだ小言をぶつぶつと言っていた。


エレベーターを呼び出し、二十一階で止める。

私たちが乗り、一番上にあるボタン、二十六階を押すとごとん、という音と共に箱は上に動き出した。

「楽しみだなぁ。何があるんだろ」

恭が目を爛々と輝かせている。

この年頃の男子は好奇心旺盛なのかな、と一人で勝手に思った。

やがて二十六階でエレベーターは止まり、ボタンに点滅していたオレンジ色の光が消えた。

扉が開く。

私たちは背中を押されるようにしてエレベーターから出た。

「え……」

私は驚きの声を漏らす。

恭も同じく目を大きく見張っていた。

そこは倉庫でもなければ屋上でもなかった。


そう—。

そこには何もない茫洋ぼうようとした空間が広がっていた——。

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