第1話
桜の花びらが通学路に散乱している中、私は新しい学年になったことへの喜びを噛み締めていた。
この春から、ずっと憧れてきた高校生になった私は胸が躍り、気がついたらスキップをしていた。
桜の木は昼の太陽を浴びてキラキラと輝いていた。
私が駅に向かおうとさらに一歩踏み出そうとした時、背後から大きな声が聞こえた。
「おーい!先行くなよー!」
振り向かなくても分かる。昔からの付き合いだから声だけで誰か分かるのだ。
私は彼が追いつけるように歩く速度を緩めた。
「
息を切らしながら
「ごめん、ごめん」
私たちは桜並木を肩を並べて歩く。
幼い頃から恭が隣にいるのは当たり前だった。
小学生からずっと同じ学校でよく一緒に通学路を歩いたものだ。
十年間苦しいことや楽しいことは二人で共有し合っていた。
私たちは駅のホームに着き、駅から見える小川に目をやった。
春の穏やかな空気が気持ちよかった。
午前中に学校が終わることは始業式や終業式だけだから今の時間帯に電車に乗るのは新鮮。
私たちが住んでいるマンションは駅から徒歩で三分の便利な場所にあり、街の中でも一番大きなタワーマンションだ。
私は二十二階、恭は二十一階に住んでいる。
二十五階が最上階のマンションで、維持費はすごく高いものの、ここから引っ越すことはないだろう、という父の大きな決断によって私の家は買われたのだ。
そんなことを考えながら電車に乗り込む。
十分ほど電車に揺られ、やがて私たちの住んでいる駅に着く。
そして三分歩き、桜の花びらが床に四散しているマンションに入る。
二人で最新式のエレベーターに乗り、各々の階数が書かれたボタンを押す。
二つのボタンにオレンジ色の光が点滅した。
「なぁ。ずっと気になってたんだけどさ……」
「うん」
恭の方を向くと恭はオレンジ色の光を宿したボタンを指差しながら言った。
「ここは屋上がないし、部屋も二十五階で終わりなのに二十六階のボタンがあるんだぜ?おかしいと思わないか?」
「うーん……」
私も小さい頃から気になってはいたが、何かの倉庫だと思っていた。
「倉庫じゃない?珍しいけど最上階に倉庫が設置されているマンションもあるみたいだし」
私は自分を納得させるように言った。
だってそうと考えなければ怖くて仕方がなかったから。
「それじゃあさ、どうして親は皆、口を揃えて『行っちゃダメ』だって言うんだ?倉庫なら子供が行ったっていいじゃん」
口を少し尖らせる恭に尋ねられるが私は曖昧な笑みを浮かべて「さぁ?」とだけ言っただけだった。
二十一階で一旦エレベーターが止まり、扉が開く。
恭は扉を出て行く時に一言「行ってみないか?」と言った。
「え?」
私は恭の言っている意味が分からず聞き返す。
「だから二十六階に」
「でも……」
口籠る私に恭はエレベーターを降りるように促す。
自分の家はもう一階上だが私は言われるままに恭の住んでいる階に降り立つ。
もうこの階には幼い頃から何度も来ていて同じような玄関が並んでいてもどこが恭の家かがすぐに分かる。
「ずっとダメって言われてきたんだ。でも俺らもう高一だぜ?子供の領域には入んないだろ。親には内緒でさ、一緒に行ってみようよ」
恭の言葉に私の思考は現実に戻される。
「……分かったよ。何もなかったらすぐ戻って来ようね」
私は恭が一緒、ということもあってか折れて恭の意見に賛同した。
「よっしゃ!じゃあ、昼飯食べたら俺の家の前に集合な」
——もう。世界が自分中心に回ってると思ったら大間違いなんだから。
そこはレディーファーストで私の家の前に迎えに来るのが普通でしょ。
私は心の中でぶつぶつ文句を言いながら恭の言葉に渋々頷く。
私たちはエレベーターの前で別れて恭は自分の家に、私はもう一階上の家に行くためまたエレベーターに乗る。
私は二十二階のボタンを押して扉が閉まるのを見つめていた。
二十六階には何があるんだろう。
倉庫とか屋上とか色々言われてるけど外からマンションを見ると屋上らしきものは見当たらない。
私は自分が少し二十六階について興味を湧かせていることに気がつき、自分の気を引き締めるために頬を両手で叩く。
しっかりしなきゃ。
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