第18話「アサギ VS レキ ③」
「……ユート、ほんと?レキ、ストーカーだと思う?」
ユートへ詰め寄ったレキは、数センチの距離まで急接近した。吐息が当たる程の距離まで近寄っているレキに対して、ユートは微かに身を引きながらレキの頭を押さえて言った。
「ストーカーと思われるような行動を、お前は俺にしているのか?」
「……ん、してない。と思いたい」
「なら、それで良いじゃねぇか。お前はお前のやりたいようにやれば良いだろ」
「っ、うん!そうする。危ない、アサギの口車に乗るところだった」
ユートの言葉に頷いたレキは、不満そうな表情と眼差しをアサギへ向けた。その視線を受けたアサギは、睨み返しながら身構える。
「ユート、レキにちょっと甘いんじゃない?レキのストーカーっぷりは、傍から見れば一目瞭然なんだからさー」
「ユートは違うって言った。アサギの価値観で、ユートを語らないで」
「あんたこそ、あんたの価値観を押し付けないでくれる?」
「むぅ……ブス」
「なっ、ブッ……あぁ!?今あんた何て言ったっ?」
レキの一言を聞いたアサギは、その一言が聞き間違いだろうかと聞き直す。そんなアサギの行動を見たレキは、クスっと笑みを堪えながら挑発を続けた。
「聞こえなかったの?ならもう一回、言ってあげる。……ブス」
「――チビ」
「「っ!!」」
そう告げたアサギとレキは、再び地面を蹴って距離を縮める。同時に攻め込んだ事で、攻撃のみによる読み合いが発生した。片方が防御に徹していた今までの攻防から一変し、単純な殴り合いとなった事でギャラリーはさらに盛り上がる。
「はぁ……まったくあいつ等は」
『止めるのか?若旦那』
「あれ以上は仕事に影響が出る可能性がある。リーダーとしての責務を果たすだけだ。そうだ、おっさん。ついでに頼まれてくれねぇか?」
『何だ?』
「数日分の食糧を十人分、確保しておいてくれ。近々遠征に出る」
『っ、おう。任せろ』
ユートはそれに頷きながら手を振りつつ、もう片方の手で胸元から銃を取り出した。振り終わった手で腰からナイフを取り出し、目を細めてアサギとレキの間に割り込んだ。
「――そこまでだ、二人共」
「「っ!?」」
咄嗟の事とはいえ、本気で殴ろうとしていた動きを急停止させる。だが、ユートの持っているのは本物の銃とナイフだ。止まる事が出来なければ、負傷する事が容易に予想が出来る。
動きを止めようと体勢を切り替えるアサギとレキだったが、そのまま勢い良く転びそうになっていた。体勢が崩れてしまい、急停止の反動が全身で支える事が出来なかったからだ。
そんな二人の様子を見ていたユートは、持っていた銃とナイフを手から離した。地面に落とし、勢いを殺せなかった二人の体を抱き留めた。……のではなく、そのまま勢いを利用して投げたのである。
「うぐ……」
「ぐえ……」
「ユート、酷い……あのまま抱き留めてくれれば良かったのに」
「そうだよー!!抱き締めても良かったじゃん!何で投げるのさっ」
二人からブーイングを投げられたが、ユートは気にした様子もなく何食わぬ顔で二人に告げた。
「もう終いだ。お前等も、とっとと自分の持ち場に戻れ」
ユートにそう言われた住人達は、肩透かしを食らった表情を浮かべて従う。だがしかし、文句を一つも垂れる事なく解散していった。それを見て不満気な表情だが、アサギもレキも納得している様子だ。
「ユートが終わりって言ったのなら終わりだもんね」
「仕方ない。レキ、この決着はまた今度ね」
「ん、望むところ」
そう言って解散された勝負は中断された。不満そうだが、それでもユートがこのアンダーグラウンドを守っている前線のリーダー。守られている立場である住人は、ユートに感謝こそすれば、逆らう気は全くないと言っても過言ではないだろう。
それを理解しているからこそ、アサギもレキも模擬戦の決着が付けられない事に不満はあれど納得しているのである。
「レキ、改めて頼んだ武器を持って来てくれ」
「ん、分かった」
「アサギは、全員集めておいてくれ。監視は東西南北で二人ずつは固定だ」
「オッケー」
そんな指示を出したユートに従い、アサギとレキは行動を開始した。それを見届けるユートは、一人になった事で場所を移動した。住人としても暮らしている事もあり、移動先は小さなテント。
テントの中にはベッドが一つ、机と簡易コンロが一台ずつ。そんな質素なテント内で、ユートはベッドに倒れ込んで揺れるランタンを見据える。
「……あのまま武器を持ったままなら、少しだけ危なかったな」
模擬戦を止めに入った時の事を思い返したユートは、溜息混じりにランタンに片手を伸ばした。中心に揺れる明かりを掴むようにして伸ばし、ゆっくりとその手を閉じる。
まるで、そこにある何かを掴み取るように……。
「……少しだけ眠ろう」
そう呟いて目を閉じたユートは、夢の世界へと旅立つのであった。その時、閉じられる直前の瞳が赤く輝いていた事は誰も知らない――。
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