第16話「アサギ VS レキ ①」

 ユートの合図とほぼ同時に地面を蹴った彼女達は、互いに互いの間合いに入り込んだ。躊躇なく接近した彼女達は、接近したと同時に肉弾戦をし始めた。


 「(右、からの左!!)」

 「……(フェイントを入れつつ、左右から来る気?ならっ)」


 彼女達の目付きが、先程よりも鋭くなっている。ただの模擬戦のはずだが、傍から見れば殴り合い以上に殺気立っている事だろう。周囲から眺めているギャラリーは、どちらが勝つのかと賭け事を始めているぐらいだ。

 仲間内で争っている場合ではないのだが、それでも息抜き程度にはなるものだ。そんな事を考えながら、ユートは彼女達が戦っている様子を見つめる。


 「今日こそは、勝たせてもらうから!」

 「勝つのはレキ。……これは、決定事項っ」


 何やらヒートアップしているようで、ギャラリーの声は聞こえていない様子だ。殺傷能力がある武器の使用は禁じてるし、攻撃も禁止にしているから問題は無いとは思っている。

 無いとは思っているのだが、彼女達はムキになると優先順位をすっ飛ばす傾向があるとユートは知っている。念の為に銃の引き鉄を引いておき、勝負の行く末を見守る事にした。

 そんな溜息混じりに見守るユートの気も知らず、アサギとレキは激しい乱闘をし始めていた。アンダーグラウンドでは、何かを奪い合う場合でも乱闘が起きる事は珍しくない。

 欲しい物を同時に欲しいと言われた時、じゃんけんで決めるような事を力押しで納得させる。それがこのアンダーグラウンドで、ここに生きる者達が決めた決定権を掴む方法だった。

 得体の知れない化け物が地上を支配している以上、弱い者は簡単に命を落とす世界へと変わってしまった。だからこそ、自分を守る力以上に他者よりも強い事を示す場も必要だという事なのだろう。

 それを理解しているのだが、盛り上がっている様子を見つめてユートは肩を竦める。


 「はぁ……これが地上だったら、一発でバグにバレて食われるな。こいつ等」

 『若旦那が居るから、っていうのもあると思うぜ?皆、気が緩んでるのさ』

 「オレ一人居ても何も変わらないぞ。数で押し負ける」

 『女子供はどうか知らないが、ここら辺の男共は若旦那を信頼してる。だからこんなバカ騒ぎを開いても、店を畳まずに見て居られる』

 「単にお前らがバカ騒ぎしたいだけじゃないのか?出汁に使おうって魂胆が見え見えだ」

 『ハッハ、やっぱバレたか。だが、信頼してるのは本当だぜ?ここの連中は、若旦那のおかげで生きられてるようなもんだからな。どうしても気が緩んじまうんだよ』

 「……そうかよ」


 そう言われながら背中を叩かれるが、ユートは痛がりつつも口角を上げていた。盛り上がる様子は楽しげで、かつて暮らしていた街の様子が目に浮かんだ。その面影を懐かしみながら、ユートは小さく笑いながら言葉を続けたのである。


 「あぁ、そうかもな」

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