第10話「監視対象」

 小型バグを討伐したユートは、気を失った状態でアサギに運ばれた。地下へ戻った際に死んでしまったのかと疑われたが、アサギは苦笑しながら気絶しているだけだと仲間達に告げた。

 それから二日間、気を失った状態のユートの面倒をアサギは見続けた。監視対象であり、この地下で最も必要な存在であるユート。バグと戦う姿を見ていたアサギは、ユートの上半身を拭きながら目を細める。


 「すぅ……すぅ……」

 「可愛い寝顔するじゃん。戦ってる時よりも、こっちの方があたしは好きだな」

 「んん……」

 「おっと……やっと起きた?」


 二回程、ユートは瞬きをしてから周囲を見渡す。ここが何処なのかと把握するように視線を動かし、やがてその視線はアサギの事を捉えた。微かに寝惚けているユートの様子が可笑しかったのか、アサギは小さく笑みを浮かべて言った。


 「おはよ、ユート。体は大丈夫?」

 「……アサギ?……っ、バグはっ、あぐっ」

 「急に起き上がったら傷口が開くよ。バグはユートが倒したからもう平気、みんな生きてるよ。怪我してるのは、ユートだけ」

 「……そうか。それは良かった」

 「随分と無茶したね。一人でバグに立ち向かうなんてさ」

 「があったし、丁度良かったからな」


 そう言ったユートに対し、アサギは目を細めながら口を開いた。


 「それって、バグの能力チカラの事?」

 「っ!?」


 その言葉を聞いた途端、ユートは心底驚いたような表情で起き上がった。動揺しているのは反応を見れば明らかで、アサギの発した言葉と表情を見てユートはやがて片手で自分の顔を覆った。

 そしてアサギの方を見ずに問い掛ける。


 「見てたのか?」

 「あたしは戦場を見るのも仕事だし、得意分野だからね。先に言っておくけど、誰にも話してないよ。その様子だと、誰にも知られたくないみたいだしね」

 「……何が目的だ?」

 「そう警戒しないでよ。あたしはこれでも、ユートの味方だって自信を持って言えるんだけど。それともあたしがユートを裏切ると思ってるの?」

 「人間ってのは状況次第でいくらでも判断を変更出来る生き物だ。自分が優位になる事があれば、それを軸にして物事を考えるのが人間だ」

 「あたしの事、信用出来ない?」

 「俺の秘密を知ったんだ、警戒するに越した事は無いだろ」

 「――っ!?」


 ユートはそう言いながら、アサギの事を押し倒してアサギの腰から銃を奪った。躊躇無く銃口を突き付けたユートに対し、アサギは抵抗もせずに全身の力を抜いた。

 突然に腕を引っ張られ、押し倒されたアサギ。最初だけ抗おうと力を入れていたが、銃口を突き付けられた瞬間に脱力させた。その行動が、ユートの警戒心を下げさせた。


 「どうして抵抗しない」

 「抵抗したら、あたしの言ってる事を否定しちゃうじゃん。それに……」

 

 ユートは銃口を突き付けながら、目を見開いてアサギを見た。頬へ伸ばされた手は振り解けず、目の前にあるアサギの表情から目を逸らす事が出来なかったからだ。


 「赤い眼であたしを脅してるつもりみたいだけど、撃つのを躊躇ってくれてるっぽいしね」

 「引き鉄さえ引けば、お前はここで死ぬ」

 「ユートがそうしたいなら、そうすれば良いよ。けど、それからどうするの?あたしを撃ったとして、その後はどうするの?みんなにどう言い訳をするつもりなの?」

 「ぐっ……それは……」

 「それにさ、今ここであたしを殺したらユートの居場所が無くなっちゃうよ。赤い眼を隠してたのは、居場所が無くなるのが怖かったからじゃないの?」

 「一人は慣れてる。居場所が無くなった所で落ち込むような奴に見えるか?」

 「見えるよ。だって、今のユートはって顔してる」

 「っ!?」


 アサギの言葉に動揺を見せたユートは、アサギから銃口を離してから溜息を吐いた。押し倒されていたアサギは起き上がり、片手で自分の顔を覆うユートを見つめる。


 「誰にも言わないのか?」

 「あたしは、ユートの味方だよ。もし赤い眼がバレちゃって居場所が無くなっても、あたしだけは傍に居てあげる」

 「どうなっても知らないぞ」

 「へーきへーき。後の事はその時に考えれば良いっしょ」

 「能天気な奴だな、お前は」

 「それがあたしだからね」

 

 小さく笑みを浮かべたユートは、押し倒してしまったアサギへ手を伸ばした。その手を見たアサギが掴み取ると、ユートはアサギの事を引っ張って立ち上がらせた。

 そして奪った銃を返したユートは、目を細めてアサギに告げた。


 「ありがとな、アサギ」

 「っ……べ、別に良いよ。それよりも、早くみんなの所に行きなよ。みんなユートの事、心配してたからさ。顔ぐらいは見せに行きなって」

 「あぁ、そうするよ」


 アサギの提案に従ったユートは、仲間達の方へ声を掛けに行った。その背中を見つめながら、アサギは悲しみを帯びた笑みを浮かべて後ろに手を組んで呟いた。


 「……ごめんね」

 

 

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