第6話「VS小型バグ ③」

 ――バグ。


 その名を聞いた時、人は何を想像するだろうか?

 恐らく、大多数の人間が、ゲームやプログラムに出現する不具合の事を想像するだろう。ゲームの場合は長時間プレイを阻害するように作られた物、あるいはプログラムの入力時に別のプログラムが読み込む事が出来なかった際に出現するものだ。

 あくまで個人的なイメージだが、バグと聞けば大体の人間がそれを想像するだろう。だがしかし、その名称は現実にも存在するのだと痛感した。

 降り注ぐ隕石に張り付き、各国を滅亡まで追い込んだ地球外生命体――それがバグである。この世界では、その化け物がそう呼ばれるようになった。


 「――ぐっ」

 『ギギィッッ』


 数本の足で歩行し、赤く鋭く輝く双眸。見た目が柔らかいように見え、その体は銃弾や砲弾の雨を容易に潜り抜ける事が出来る。足元で人間が捨てた菓子屑かしくずを素へ運び、女王に捧げる昆虫のような見た目だ。

 だが目の前に居るそれは、容易に踏み潰す事が出来た昆虫とは異なる存在だ。もし、バグが昆虫と同じ存在だと述べる者が現れれば、その人間は頭が可笑しいのだと疑いたくなる程だ。


 「はぁ、はぁ、はぁ……(アサギ達は地下に戻ったか。ゲイルも見ている様子は無い)」

 『ギギ……ギギ』

 「今なら、誰の目に入らないか。……――っ!!」


 見た目こそ昆虫に近いが、それは見た目だけの話だ。バグは数本の内の二本、所謂いわゆる前足の部分であらゆる物を切り裂く事が出来る。生半可な覚悟で近付けば、人間なんて簡単に切り刻まれる。

 建物も、分厚い鉄の壁も、目の前に居る化け物は容易に突破出来るのだ。だが、そんな勝ち目の無さそうな化け物でも、やはり弱点というのは存在する。人間が首を落とされたり、心臓を貫かれれば動けなくなるのと同じように。


 「……」

 『キシャァァァァァァァッッ!!』


 振り上げられた前足は、敵を切り裂こうと振り下ろされる。それを回避しつつ、一定の距離を保ったまま様子を伺う。恐らくチャンスは一度。もし失敗すれば、バグの胃袋の中へと入る事になるだろう。

 そして地下へ戻った仲間も、全滅する可能性だってある。生き残った人間が居る以上、先導している以上、こんな所で死ぬ訳にはいかない。


 『!!』

 「(今だ!!)」


 一定の距離を詰めようと前へ出たバグの懐へ入り込み、サバイバルナイフをバグの口の中へと突き出す。腕を噛み千切られればそれまでだが、

 

 『――――――!!!!』

 「このまま、くたばりやがれよっ!!!化け物がっ!!」


 突き刺したナイフを奥へ、奥へと差し込み続ける。痛みに耐えているのか、断末魔のような叫び声が耳の奥から脳内まで響き渡る。その最中、片手で腰に備えた銃を取り出して紫血しけつが溢れるバグの口内へと突き付ける。

 

 「終わりだ」


 ダン、ダン、ダン、ダン。


 数発の弾丸を撃ち込んだ末、痙攣けいれんを繰り返してバグは脱力した。目の前で地面に崩れ落ち、バグの血液で出来た水溜まりを見つめた瞬間だった。


 「ぐっ……うぅ……」


 激しい頭痛に襲われ、視界がグラついた。血溜まりの上に手を付き、倒れるのを回避した時にそれは目に入った。

 紫血が溢れて出来た水溜まりに映った少年の瞳は、まるでバグのように赤く輝く双眸となっていた。そこに映る自分の姿を見つめながら、諦めたように笑みを浮かべて言ったのであった。


 「――ははは、やっぱり俺もか」

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