第5話【もしかして初仕事?】
精神力が削られていく日々は続いていた。
学校でもバイト?でも余計なことを言わないように気をつかうというのは思っていた以上につらかった。
土日祝日が休みってのは本当にありがたい。少なからず精神的ダメージを回復できるからだ。
それでも通い続けていると、なんとなく慣れてくるもので、当たり前の日常となっていた。
バイト代は、あいかわらずの夏目漱石だが。現在でも使えると知って一安心したものの。一切手はつけていない。
なんとなくだが、犯罪に手を染めているような気がしてならなかったからだ。
俺は、おやじみたいになりたくない。
あんな人の迷惑かえりみずに好き勝手やるようなヤツにだけはなりたくなかったからだ。
そんな感じで月日は流れ――
10月にはいり、日が傾くのもだいぶ早くなってきたなぁと思い始めた頃だった。
――ジリリリリーン‼
っと、職場?に備え付けられている黒電話が鳴ったのだ!
初めてのことだったのでめちゃくちゃビックリしていると――
俺以外の3人が目を合わせてうなずきあう。
……ごくり。
なんだ! なにが、始まるんだ⁉
も、もしかして仕事か! 俺の初仕事なのか⁉
ついにヤバイ物、運ばされる時が来ちまったのか⁉
電話のベルが3回鳴ったところで所長さんが受話器を取った‼
「はいっ! 毎度ありがとうございます! 龍来軒です!」
「っ⁉ は…んぐ……」
思わず声を上げようとした瞬間だった!
思いっきり頭を抱きしめられた俺の顔はまゆまゆさんの胸に押し付けられていた!
ビックリしたやら苦しいやらでもがいていると、まゆまゆさんが耳元でささやく。
「ななちゃん、し~だよ。し~。ながぽんが電話してる時は声出しちゃダメなんだからね」
コクコクと動ける範囲で了解の意思を伝えると開放してもらえた。
のはいいのだが……。
電話の内容は、あからさまにおかしかった。
そして、そのおかしな流れのまま――まるで当たり前のように注文用紙が回ってきた。
慣れた口調で注文を受け付けている所長さんのところだけまだ何も書かれていない。
きっと今回は一番最後に書くのだろうが……気になって仕方がない。
所長さんの電話が終わったところでつい、まゆまゆさんに聞いてしまった。
「あの~。今のって間違い電話ですよね?」
「うん、そうだよぉ」
「でも、ココって天下商事ですよね⁉」
完全に気がゆるんでいたとしか言いようがない。
もしかしたら、余計なことを聞いてしまったかもしれないと気付いた時には全身から冷や汗がふき出していた。
「あ~、そ~ゆ~ことねぇん」
「あっ! スイマセン! 作業中に余計な事、聞いちゃって!」
「あ~、だいじょぶ、だいじょぶ。だって~いまわ~ななちゃんがいるでしょ~」
「は…はい!」
「だからねぇん。ここに~かかってくる電話わ~。100%間違い電話って~ことなの~」
「へ~……」
「それにねぇん! こうやってぇ注文取ってあげたひわ~。餃子がサービスになるから~。いつもよりもぉ一品追加しちゃってもOKだよ~ん」
「あ…はい。わかりました!」
――って、わかるかぁ‼
聞きてぇのはそんなコトじゃねぇよ! と言いたいが飲み込んだ!
だいたい100%間違い電話ってなに? あの電話って食事注文するだけのためにあるわけ⁉
となると、仕事の依頼が電話で来ることもなければ取引先とのやり取りにも使われることはない。
本当に遊んでるだけで金もらってるようなもんだ!
――っていうか、そのままだよな、ココって⁉
なんなんだ、なんなんだよホントにココは⁉
俺のバイト代も含めていったいどこからそんな金が出てるんだ⁉
マジわけわからねぇぞ‼
とりあえずやけ食いしたい気分だったので今日は麺類の他にマーボー丼を追加しておいた。
*
『今日さぁ、バイト先でこんなことがあったんだよなぁ』
みたいな感じでやり取りできる相手が居たらどんなに気が楽だったろうか?
すっかりなじんじまった坂道を登りながらそんなことを考えていた。
いつものように軽くノックして、
「未古島で~す。今日もよ………………」
よろしくしてくれる相手が誰も居なかった。
というよりも、もぬけの殻だった。
机もなければ、大き目の壁掛け時計も無い。
慌てて給湯室のドアを開けるが、そこにも何もなかった。
それこそ、このプレハブ小屋には最初から中身がなかったみたいに――。
「え? なに? どうなってんの?」
昨日だって何一つ変わらなかったはずだ!
所長さんに2回肩をポンポンされて『明日もよろしく』って言われたんだ!
なんで誰もいないんだ⁉
万が一、間違ったプレハブ小屋に入っちまったのかと思い――外に出て確認しようとしたところ‼
ドアの内側にメモ用紙が貼り付けられているのを見つけた!
慌てて内容を確認する!
『もし君に少しでも彼らに対し友情のようなものを感じていたのなら、どうか見送ってやってほしい』
と、書かれていた。
筆跡は所長さんのもの、分かるのはそれだけ。
見送るってなんだよそれ! 意味分かんねぇよ!
誰がどこで暮らしてるのかすら知らない。
そもそも本名を名乗っていたのかすら分からない間柄だった。
交わした言葉だってそれほど多くないし、そもそも一切詮索するなって話だったじゃないか⁉
それなのに、胸がざわついた。
なくしたくない大切なモノを失ってしまったみたいだった。
どれだけの時間、立ちつくしていたのかわからないが――
一つだけ腑に落ちることがあった。
あの変な口調も、最初っから馴れ馴れしい態度も、どぎつい香水の香りも――
今にして思えば完全に馴染んでしまっていたんだ。
わずかに残る甘ったるい残り香が――ココにまゆまゆさんが確かに居たんだと思わせる。
皆が居たんだと思い出させる。
理由なんて説明できない。ただ衝動的に歩き始めていた。
坂道を登り始めていた。
この先に何が在るかなんて知らない。
――でも足は自然と進んでいた。
*
――中でも、300番代。
この調査報告書の内容は酷い有り様だった。
まず目について圧巻だったのは、たった2年足らずで脱落者が56名も出ているという点である。
問題が発生した度に行われる記憶の改ざんにもかなりの手間がかかっていた。
本来ならばもっと早い段階で調査を打ち切り内容を改めるなり再検討するなりして変更するべきだったはずである。
当然であろう、極端に酷似した結果しか得られていなかった以上、調査する価値は無いに等しいのだから。
しかし、隊長の一存で調査は続行され、被験者№357により予想外の結果が出ていた。
リアンの見つめるモニターには噴水の付近でこちらを見上げながら敬礼している青年が映し出されていたからだ。
距離的に、こちらの姿は見えていないにもかかわらずである。
あんな状況下に馴染めるとしたら余程のアホウ者であろうと興味が沸き覗き見ていた。
結局彼は適正試験に合格し我が白鳥商業組合地球交易支部(予定)において臨時とはいえ順社員としての試験を受ける資格を得ている。
異星との交易を可能にするには双方に互いを理解しようとする覚悟が必要になる。
それは同じ星に住まう者同士の異文化交流とは比較にならない程のストレスを生み些細な事からいさかいを生む。
極端な話。友好の握手を求めたつもりで『宣戦布告しちゃったみたい…てへ』なんて話まであるくらいなのだから。
だからこそ、そこに住まう者にとって異様と感じさせる状況下に置いての実態調査は価値のあるものとなる。
理屈は分かる。試験内容を知っていたリアンにとってもつらい日々だったからだ。
試験内容を把握した者ですら逃げ出す者も少なくなかった。
確かに交易開始当初は特選された外交のプロフェッショナルが我々との橋渡しを円滑化してくれるだろう。
でも、我々の望む交易は対国家だけではなく個人レベルでの小さな取引までを望んでいる。
それは、この星でも日々躍進的に進化しているインターネットと呼ばれるシステム。それを用いた個人同士の取引と思ってくれて相違ないだろう。
だからこそである!
実際に、この星の現地住民との触れ合いが肝となってくる。
そこで得られた情報やら常識といったモノが役立つのである。
それらを元に対処マニュアルを作り皆に浸透させる。
まぁ、一種のツアーアドバイザーみたいな仕事である。
そして今回の任務の指揮をとっていたのが、
「ありがとう未古島君! 本当にありがとう!」
と言って敬礼しながら号泣する隊長さんだった。
*
夕日に向い敬礼して――
「ありがとうございました‼」
これで届いたとはとても思えない。
でも何もせずにはいられなかったし、ほんの少しながら心が軽くなったような気がしなくもなかった。
無事に終わったんだろうか?
誰にも迷惑をかけずになんとかなったのだろうか?
教えてくれる人は誰もいない。
応えてくれる人も誰もいない。
居ないはずだったのに――
「なな…未古島…くん?」
突然、馴染んだ声を聴いてそちらに振り向くと――⁉
弓根さんがスケッチブックを持って立っていた!
「な、なんで、弓根さんが、ココ…に?」
一瞬、まゆまゆさんかと思ってマジでビックリした。
「や、それはこっちのセリフってゆーか。私、放課後はずっと絵を描いてるって言ってたよね?」
開かれたページには、この公園で夕日に向かい敬礼する青年が描かれていた。
「げ……」
「いやぁ、画題的には死んだ仲間の敵を討った主人公が夕日に向かって敬礼するって内容だったんだけど……」
「あ、いや、俺の場合は……」
「うん、大丈夫分かってるから……」
と言って弓根さんは含み笑いをしながら目をそらした。
言いたい! 言い訳したい! でも、したらダメな気がする!
だから「内緒にしてくれたらメシおごるから」と言ってごまかすことにした。
「えっ! ホントに⁉」
「あぁ…」
約束はしていなかったがいつか彼女に何かおごってあげようと決めていたんだ。ちょうどいいと言えばちょうどいい。
「実はさ、今日この後、ロトに大事な話があるからって呼び出されてるんだよね」
「ふ~ん。そうなんだ……」
「まぁ、愛の告白って事は分かってるんだけどね~」
「はぁ⁉ あいつ彼女居るじゃん‼」
いつもロトのために弁当持ってきてくれる眼鏡っ子。吉崎羽音である。
「あれはね、ロトが勇者になった原因が羽音ちゃんだからだよ」
「へ……?」
「つまり、女湯で体洗ってあげたのが羽音ちゃんで、それを知った羽音ちゃんのお父さんが、そこまでしたなら結婚して責任を取れって話しになって花嫁修業の一環としてお弁当作って持ってくるようになったの」
「そ、そうだったんだ」
な、なんてうらやましい展開なんだ。
普通なら警察案件だよな?
「で、どうするんだよ?」
そんな相手決まってるヤツに告白されるってどうなんだ?
「もー ホントに、ななちゃんってば可愛い顔して女の子の気持分からないよねぇ」
「悪かったな……」
「私さ、ロトのこと好きだよ!」
彼女の言葉はズキンと胸に刺さり心拍数が跳ね上がる!
これ以上俺の気持を揺さぶるのは止めてくれといって叫びたかった!
そんな願いは叶わずに時は刻む。
「でもね、その……ね、ずっとさ、友達やってきたじゃん。だからね、その…ね。きちんとね。きちんとよーく考えてね。応えなきゃダメだと思うんだ。だからさ、気分落ち着かせるっていうか時間欲しいんだよね。ソレに私ってほら頭脳労働派だからお腹空いてるときちんと物事考えられないんだよね~」
「なるほどな、つまり俺の提案は、この上なくラッキーだったと」
「うん。だからさっ、とりあえずラーメンセット食べながらじっくり考えてみるんだ」
「いやいや、そんなせこいこと言うなって。豪快に腹いっぱいになるまで食ってくれ!」
わざと明るく盛り上がって見せたが寒いだけだった。
それでも彼女には気持が届いたのか温かな笑みを浮かべてくれたのもつかのま……すぐに苦笑いに変わった。
「あ、うん。でも、ゴメンナサイ!」
と言ってなぜか急に頭を下げた。
「え、あれ、なんか俺まずいこと言った?」
「まずいこと言ったの私の方! 未古島のこと……」
「あぁ…そういえば……」
ななちゃん呼びされちまってたな。
あまりにもナチュラルだったもんだから気にもならなかったというよりも――
「もう、いいんだ」
「え?」
「だから、これからは、ななちゃんでいいってこと」
「ホントに⁉」
「あぁ」
少なくとも彼女には――
まゆまゆさんと、そっくりの声をもつ彼女だけには、『ななちゃん』と呼ばれ続けたかった。
「じゃっ行こっ」
弓根さんは俺の手を取るとスキップでもしそうなくらい軽い足取りで歩きはじめた。
スマン、ロトよ……今日の想い人はニンニク臭い。
茜色に染まる坂道を女の子に手を引かれて下っていく彼女の手はとても暖かくとても手に馴染んだ。
また、まゆまゆさんと彼女が重なってしまい――
心のどこかで彼女にすがってしまえと訴えている。
でもそれはそれだけはダメだ。
だって彼女は友人の想い人なのだから。
邪魔するだけならまだしも奪ってしまう事だけはしてはいけない。
それが俺の出した答えだったのだから――
【エピローグ】に続く
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