第4話【暗黙のルール。したらダメな謎解き】

 俺のバイトが終わる時間に合わせるように、おふくろも今日から残業すると言っていた。

 どこでどんな仕事をしてるのか全く興味もないが待ち時間が少しでも無駄にならないならそれでいい。

 へんに気をつかう必要もないしな。



 教室に居る人数は俺も含めて数名だけ。授業が始まるまでには40分以上ある。

 おふくろの仕事に合わせての登校になるためゆっくり歩いてもかなり早めについてしまうからだ。

 こんな時こそスマホが使えたらなぁ……とは思うが圏外では旧友とのやり取りもできない。

 というよりもメッセージの類が一切来てなかったところからすると俺の思っていた以上に軽いつながりだったのかもしれない。

 転校が縁の切れ目だったのかもしれないな。

 俺自身その事実に思っていた以上にダメージはなく『まっいっか』と言った感じなのだからお互い様といったところだろう。

 せいぜい窓際にいる利点をいかして登校してくるやつらをぼーっとしながらながめていた。


「おはよう! 未古島君! 早いんだね!」


 声のした方に顔を向けると、弓根さんがいた。


 ――やはり似ている。


 そっくり、そのままとはいかないまでも、あの変なしゃべり方で真似てもらえば全く同じなんじゃないかと思えるほどだ。

 体系だって、そっくりだし髪の長さだって同じく肩にかからない程度に切りそろえられている。


「あ…お…おはよう」

「ん? どうしたの…?」

「あ、いやきちんとボタンついててよかったなって」

「んも~なに言ってるの? 昨日のうちになおしてたよね」

「そ…そうだったっけ…あははは」


 胸を凝視していたとは言いづらい。

 苦しいいいわけではあるが半分以上は疑っているからだ。


「弓根さんってバイトしてたりするの?」

「んもぉ~なに言ってるの? 私は誰かさん達と違って本格派の美術部員だよ! 放課後はずっと絵を描いてるに決まってるじゃん!」

「そ、そうだよね。あはははは」

「いや~、たいしたことじゃないんだけど。ゴメン昨日ちょっと眠れなくって、頭回ってないみたいなんだ」


 これは本当だ、夢見が悪くてろくに寝ていない。


「まぁ、便利な都会からいきなりこんなとこに来たらしょうがないのかもね」

「あぁ…そうかもしれないな……」


 せっかく勘違いしてくれてるんだ、この流れにのろう。


「ホント、みんなスマホ無しでよく生きてけるよなぁ」

「んも~、なに言ってるの? 江戸時代だって人は生きてたんだからスマホなくたって普通に生きていけるってばぁ」

「でもなぁ……」


 物心ついたころにはスマホもらって――

 以来、機種変更こそすれど手放したことはなかった。

 例えるなら、老人が使う杖みたいなもんだろう。なければまともに歩くことすら叶わない。

 そのくらい依存して生きてきたのだから。


「よっ! 転校生じゃなかった、菜々瑠早いんだな! っと、琴歌もおはよっ!」

「なに! 私はついで⁉」

「いや~! 朗報も朗報! 運がよけりゃ菜々瑠にバイト紹介できるかもしれなくってさ! ってなんだその顔わ?」


 やはり顔に出ちまってたらしい。


「あ、いや、バイトは、その、みつかったんだ……」

「はぁ! マジか⁉」

「あぁ……」


 これからもよろしくと言われている以上――

 行かないって選択肢はNGな気がしてならない。

 下手な隠し事はかえってマイナスになるとも言われてはいるが、昨日の事にかんしてはしゃべらない方がいい気がしてならない。


「のわりにはさえねぇ顔してんじゃねぇか?」

「なんかね、昨日よく眠れなかったんだって」

「ホームシックみてーなもんか。ずっと都会暮らしだったヤツがこんなとこに押し込められりゃ拒否反応の一つもでるか」

「あ…あぁ……そう、なのかもな……」


 ダメだ、弓根さん=まゆまゆさんなんじゃないかと疑っている自分を抑え込むだけで精一杯だ。


「にしても、よくバイト見つかったよな?」

「だよねぇ。ここら辺じゃないはずだし」

「なんかたまたま欠員が出たらしくバイト探してるお兄さんに声かけられたんだ」

「ふーん、そうなんだ。運が良かったね」

「あぁ……そう、なのかな?」


 果たして運が良かったのか悪かったのか今後はっきりすることだろう。


「夏目漱石」

「――っ!」

「なるほどな、そういうことか」

「じゃ、私。席外すから」


 言うが早いか弓根さんは逃げるように教室から出て行くついでに数名いたクラスメイトも連れて行ってしまった。


「なぁ、菜々瑠。暗黙のルールって知ってるか?」

「まぁ、言葉くらいなら」

「お前さんは、それに首を突っ込んじまったってことだ」

「なんだよそれ?」


 ロトの目が鋭くなる。


「いいか、これから話すことは全て事実だし。今後一切この件に関する質問は受け付けない」

「はぁ! なんだよそりゃ?」

「いったはずだ、質問は受け付けないってな。全てはお前のためだけじゃねぇ。俺達にまで被害が及びかねないからだ」


 まるで悪夢が現実にでもなった気分だった。


 不安が恐怖で塗り替えられていく――


「ちょっと前の話なんだが、とんでもねぇクズな先輩が居たんだ。親が警察署の所長でな、そいつのやらかしたことは全部もみ消しちまうもんだから手のつけようがないクズっぷりだったんだよ。それがだ!」


 ロトの視線が一層鋭くなった!


「ある日突然、世のため人のために働きたいから医大を目指すとか言い始めてだな、本当に合格しちまったんだよ」

「なんだよ、ただの良い話じゃねぇか」

「ふっ……俺にいわせりゃあれは別人だった。親だってそうだ。身内の不祥事は徹底して隠ぺいしてきたことを暴露して辞職。あげくの果てには頭まるめてどっかの修行僧になってるって話だ」

「それと俺とどんな関係があるってんだよ⁉」

「いいから、ただ聞いてろって!」

「悪かった、続けてくれ」

「ココにはいろんなルールっていうか決まり事みたいなもんがあって、そのうちの一つ。絶対にかかわっちゃなんねぇもんにお前は関わっちまったってことだ」

「マジか⁉」

「下手な隠し事はすぐばれるし、後々面倒なことになっちまうから先に言っとけってのが基本ではあるが今回ばかりは例外中の例外。なにせ俺の知ってるだけでも10人以上が人格を入れ替えられたか、もしくは人が入れ替わったとしかおもえねぇ状況になっちまってる」

「え……」


 なんだよそりゃ、いくら冗談だったとしても言い過ぎなんじゃねぇか?


「下手に謎解きなんかしてみろ、俺も含めて他人にされる可能性まである。だから琴歌達は席を外したんだよ!」


 やばいのか! 俺はそんなにもヤバイなにかに足を踏み込んじまってるんか⁉


「とにかくだ! どんなバイトか知らんがお前はしっかりとやりとげろ! それ以外、自分の身を……いや、俺も含めて守る手段がないと思え!」

「ロト……お前ってホントに勇者なんだな」

「そりゃ惚れた女がいるんだ、自分以外になって彼女抱くとか考えたくもねぇからな!」

「わかった。なんとかしてみる……」


 最悪、もう関わらなければいいんじゃね? と思っていたが、どうやらそうもいかないらしい。

 ロトの惚れた女ってのはたぶん昨日弁当持ってきてくれた女子のことだろう。

当たり前のように受け取っていたし、おそらく彼女だ。

 メガネ取ったらかなり可愛い感じに仕上がりそうだし、ちょっとうらやましいと思ったのも事実だ。

 そんな二人の関係を壊さないためにも俺はバイト?を頑張るしかないんだけど……。

 あれを、バイトと言っていいものなのかどうかさっぱり分からないし。

 結局――この日の授業も含め学校ではずっと上の空のままだった。



 ――バイト2日目。


 不気味というか恐怖というか、嫌な緊張感の中ではじまった。


 昨日と同じ状況である以上――


 昨日と同じ事をトレースし続ければ間違いないはずだ!

 とにかく今日という日を乗り切ることに全力を注いだ!

 平静を装って挨拶をしてから、お茶をいれて回り。宿題と予習復習に手をつける。

 これで大丈夫なはずだ!


 ――っていうか大丈夫であってくれ!


 食事の注文内容も昨日と似たようなものだった。

 俺のところには天津飯と餃子が追加されている。

 チャーハンが天津飯になっていることに意味はないと信じたい。

 試しに、昨日よりもじゃっかんグレードアップしてラーメンをチャーシューメンにしてみたところ。

 やはり、まゆまゆさんに大盛りと改ざんされていた。


 ――よし! ここまでは、ほぼ昨日をトレース出来ている。


 夕食を食べ終え、あと少しで8時になろうという頃だった。

 睡眠不足と予習のつまらなさから眠気が襲ってきた。

 ダメだ! 寝ちゃダメだ!

 いくら変なバイトとはいえ寝たらアウトだろ⁉

 歯を食いしばって必死で耐えるしかない!


 ……パタリ。


「く~~~」



「ねぇ、ななちゃん! ななちゃんってばぁ!」


 誰かが、おれの体をゆすりながら呼んでいる気がする。

 弓根さんには、たのむから『ななちゃん』呼びはやめてくれって言ってたはずなんだけどなぁ……。


「ん~~~。く~~~~」


 起きようとしてはみたが、やはり眠気には勝てなかった。


「んも~! ななちゃん! 起きてってばぁ~!」

「らから、ななちゃんは……はれ? 弓根さんは?」

「むっ! 誰それ⁉」


 まゆまゆさんの冷たい眼差しと冷え切った声に一瞬で目が覚めた!


「すっ! スミマセンでした!」


 思いっきり頭を下げて謝ったのに、まゆまゆさんの目は厳しいままだった。


「で、弓根さんって誰⁉」


 へ……寝てた事に怒ってるんじゃないの?


「あ、いやクラスで気になってる女子がいて…ですね」


 これは嘘じゃない。好きとか嫌いとかといった方向性のものではないが……。


「なぁ~んだぁ! ななちゃんも男の子なんだねぇん」

「それよりも寝ちゃっててスミマセンでした」


 再び思いっきり頭を下げるが、まゆまゆさんは不思議なものでも見るような目で俺を見ていた。


「ん~~~? ななちゃんはぁ、ながぽんからぁ、寝たらダメとかって言われてたりしたの~?」

「あ、いえ。別にそういうことは言われてませんが……」


 ――いや、バイト中に寝るとか普通にアウトだろ⁉


「んもぉ~。ビックリさせないでよね~ん」

「うむ、そうだぞ未古島君。就業時間は過ぎている早く帰り支度をしたまえ!」

「え、は、はい!」


 慌てて勉強道具を片付けていると所長さんがやってきてポンポンと俺の肩を叩いた。


「いや~。やはり君を雇って良かったよ! 明日からもよろしく頼むよ」


 と言って昨日と同じく茶封筒を差し出してきたのだった。



 謎は深まるばかり。

 しかし、下手に謎解きすれば俺だけじゃなくロトにまで迷惑をかけることになりかねない。

 根本的に俺があそこにいるメリットって何があるんだ?

 ただの頭数合わせで4人以上いないとまずい何かでもあるんか?

 現時点で考えられるのはそのくらいだった。

 果たしてそんな理由だけで人を雇う場所なんてあるんだろうか?

 少なくとも俺は知らないし、誰かに相談するわけにもいかない。


 あ~~~~もう、ダメだ!


 何もせずにやり過ごすことが、こんなにもつらいなんて思わなかった。

 しかし……やるしかない!

 どこまでやれるか分からないが、耐え続けるしかないのだから!




次回【もしかして初仕事?】に続く

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