第3話【なんで夏目漱石なんだよ!】


「ほ……ホントにココでいいんだよな?」


 お兄さんが『行けば絶対わかるから』って言ってたとおり。

 というか説明通り不可解な道のりだった。

 おふくろの勤め先に電話したあと。

 来た道を戻り、学校を通り過ぎ、さらに坂道を登って行くと民家がなくなり、急に道が良くなった。

 道幅も広くなり歩道までしっかりと整備されていて街灯まで洒落ている。まるで都会の一部を切り取って貼り付けたみたいだった。

 そこからさらに登って行くと巨大な建設中の建物があり。間違いなくお兄さんの言ってた通りだと思った。

 工事現場の入り口には関係者以外立ち入り禁止の文字。

 言われた通り気にせず中に入ると確かにプレハブ小屋があった。

 この現場で以前働いていた人達の休憩場所だったらしい。

 そして、そここそが目指してきた職場!


 ――天下商事である‼


 なんとなくだがこの工事現場が俺の働く場所になるような気がする。

 時給2000円だもんなぁ。そりゃ重労働ぐらい覚悟してたさ。

 出入り口と思われるドアの辺りには押しボタン式のチャイムなどはない。

 ふむ……とりあえずノックでもしてみるか?

 コンッコンッという安っぽいドアの音に続けて、

「未古島という者ですがバイトの面接にきました~!」

 少し声高に叫ぶと直ぐにドアは開き中からなんとなく見覚えがありそうな女性が出て来た。


「あ~ん。いらっしゃ~い。キミが新しいバイトの子ねぇ~ん」


 あまりの気色悪さに思わず、

「す……」

 スミマセンマチガエマシタと言って来た道を戻りそうになるのをぐっとこらえた。

 ほとんど役に立たなくなったスマホとはいえ手放したくなないし。

 そもそも、こづかいカットでは今後の交友関係ふくめ、やっていく自信もなければ、先輩達の目の届かない場所まで行ってバイトしたところで手元に残るのはわずかしかない。


「うち~。面接とかぁ~。そ~ゆ~めんどーなの~ないからぁ。きょうからぁ職場仲間ってぇ、ことでよしくねぇ~ん」


 吐き気をもよおしそうになるほどに甘ったるい香水の香りと気持ち悪い言い回しに背筋がゾッとする。

 しかしながら、その声色にもなんとなく聞き覚えがあるような気がして引き返すタイミングを逃してしまっていた。


「あっ!」


 ぐいっと手をつかまれ、建物の中に引きずりこまれ――そこには、職員室で見かけるような机が5つ並べられていた。

 4つが向かい合う形で奥の机だけがこちらを向くようになっていた。

 おそらくその席に座っているのが、この職場のエライお方なのだろう。


「あぁ、キミのことは篠崎君から聞いているよ、なんでもお金に困っているそうじゃないか。ココもちょうど人手不足でね! キミのような若い戦力を待ち望んでいたんだよ!」


 いかにも事務職員さんってな格好をされたおっさんは、とてもにこやかである。

 それと対照的なのが一人居た。

 柔道の重量級かラグビーでもやってましたって感じのどでかいおっさんが無言で携帯式のゲームらしきもので遊んでいるのだ。

 まぁ、きっと今は休憩時間なんだろう。


「え~とぉ。これがぁタイムカードねぇん。おなまえ~。かいちゃってもらってもい~かなぁ?」

「あ……はい」


 履歴書もいらないとは聞いていたが。まぁそうなるわな。

 名前も知らなきゃ指示もできんだろうし。


「へぇ~、ななちゃんって可愛ぃお名前なのねぇん」

「んっ! くっ!」


 本日2度目じゃなかったら確実にぶん殴っていた。

 こらえられたのは間違いなく弓根さんのおかげだろう。

 琴歌でいいとは言われたが、いきなり女子を名前で呼ぶのもどうかと思い結局、弓根さんにおちついていた。

 バイト代が入ったらなにかおごってあげることにしよう。


「み、未古島菜々瑠です! よろしくおねがいします!」

「では繭野さん未古島君の指導よろしく頼むよ」

「は~い。わたしがぁ。新人教育担当の~。繭野麻由で~す~。まゆまゆってよんでねぇん」

「は、はい! よろしくおねがいします!」


 語尾にハートマークつきっぱなしの軽いお姉さんみたいな感じではあるが、特殊メイクの下地は、もっと若い気がする。

 まるで年齢を偽ってキャバクラでバイトする女子高生に見えなくもなかった。

 ただ、現時点でもひとつだけ確かなことがある!

 きっと彼女は働く場所を間違っているのではないだろうか? ということだ!

 なにせいやでも目に入ってくるピンク色の服装――胸部はガバット大きく開き下着が顔をのぞかせるレベルだし。

 ただでさえ太めなせいか胸についた脂肪もすごい。

 弓根さんと同じかそれ以上あるだろう。


「じゃぁ、まずはぁ担当場所からね~ん」

「はっ、はい!」


 いったいぜんたい何をやらされるんだろうか?


「わたしのぉ隣がぁななちゃんの席でぇ大事なのは~一つだけ! 私達の事は一切詮索しないこと!」

「へ……?」

「以上! 説明終了~。今日もまゆまゆちゃんぱーふぇくとだねぇん」


 え? あれ? 仕事についての説明は?

 俺って何すりゃいいわけ?

 制服とかもないみたいだし。3人とも違う服装をしているのだからたぶん自由なのだろう。

 でかいおっさんはスーツ。一番エライおっさんは眼鏡をかけた事務職員で、あと一人はキャバ嬢?

 工事現場っぽいし重労働も覚悟していただけに、かえって不安だ。

 すすめられるまま席について5分が経過した。

 右斜め前に居るでかいおっさんは相変わらずゲームで遊んでいるようにしか見えないし。

 事務職員は新聞らしきものを見ながらペンを回している。

 右隣のまゆまゆさんは見たこともない音楽プレーヤーで音楽を聴きながらファッション雑誌を読んでいる。

 現時点で分かることといったら音には気を使っているのだろうといった一点だけ。

 まゆまゆさんもでかいおっさんもイヤホンを使っているからだ。

 音漏れも気にならないレベルで大き目の時計のカチカチ音だけがやけに気になった。


 10分経過――


 あいかわらず、まゆまゆさんからの指示は一切ない。

 なんとなく事務職員の視線が時折、俺に向けられているような気がする。


 ――は⁉


 もしかして仕事の依頼を待っているのか⁉

 そしてその内容がスペシャル級にハードだからこその時給2000円なのか⁉

 いくら詮索するなと言われても仕事の内容ならば問題あるまい。


「すいません! まゆまゆ先輩!」


 なんで不思議そうな顔してるかなこの人?

 正方形に近い5センチ角くらいのプレイヤーの停止ボタンを押すとイヤホンを外す。


「ん? どーしたの~ななちゃ~ん?」


 ――く‼


 ナチュラルに人のトラウマえぐってくるよなこの人!


「皆さんの事はなんと呼べばいいのかなって思いまして……?」


 どこまでがセーフラインなのかくらい見極めないといけない!

 はたしてセーフかアウトか?


「あそこでぇ~ゲームしてるのがぁ、いわぽんでぇ。ハゲたカツラを~かぶってるおっさんがぁながぽん所長でぇす」


 セーフだったのは喜ばしいが、いわぽんだのながぽんだのとかいきなり呼んでいいんか?

 普通に考えてダメだろ⁉

 それとも本名知ること自体がアウトラインなのか⁉

 他にもツッコミたいところはあるが今はいい。


「では所長さんは所長さんと呼ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「ふむ、そうですね社員の紹介くらいは、いいでしょう」


 おっしゃー! セーッフ!


「先ず私は横流進。ゲームをしているのが千重岩雄、そして君の教育を――」

「わたしは~まゆまゆでよろ~! って、もう自己紹介してたよね~ん」

「あ、はい。改めて皆さんよろしくおねがいします!」

「うむ、とりあえずは合格といったところだろう」


 まるでここで一番エライのは俺だと言わんばかりの野太い声で千重さんがしゃべっていた。


「よろしい、無駄口はそのくらいにして作業に戻りたまえ」

「え、今って休憩時間じゃなかったんですか⁉」

「ちょっと! ダメだよななちゃん!」

「へ……?」

「みんな一生懸命働いてるんだから遊んでるみたいな言い方しないでよね!」

「す、スミマセン」


 なぜか怒られたので反射的に頭を下げておいた。


「ながぽんは競馬新聞読みながらペンを回すのがお仕事! いわぽんはゲームで私はファッション雑誌読みながら音楽聞くのが仕事なの!」

「で……では、俺はいったい何をすれば……?」

「することないんなら机の上でも片付けてれば?」


 やばい、完全に怒らせっちまった!

 俺の机の上なんて何にも無い……それとも机でも磨いてろって話しなんだろうか?

 こうなったらごきげんでも取るしかない……って、どうすりゃいいんだよ⁉


 ――悩んだ末に俺がとった選択肢は、状況把握だった。

 皆の事は詮索しちゃダメとは言われたが、この職場を調べちゃいけないとは言われていない。

 そこで、とりあえずまゆまゆさんの背中側にあるドアを開けてみた。

 ロッカールームだった。ぱっと見た感じ40人分くらいのロッカーが並んでいた。

 まぁ、あれだけ巨大な建物を作ろうってんだからこれでも少ないくらいかもしれない。

 次に、その隣にあるドアを開けてみた……トイレだった。

 さらにその隣にあるドアを開けると給湯室だった!

 そうだ! みんなにお茶を入れよう!

 何がどこにあるのかさっぱりなので時間は、かかったが4人分のお茶をいれることができた。

 ドキドキしながら、「どうぞ」と言ってそれぞれにお茶を配り終えるときちんとお礼をいってもらえた。


「気が利くじゃないか未古島」

「うむ、いい仕事するじゃないか」

「ありがと~ん」


 気色悪さしか感じないしゃべり方に戻ってるところからもまゆまゆさんのご機嫌も少なからず戻ったみたいでホットした。


「ふぅ……」


 自分の席に着きお茶をすすってみた。


 ――以上! 仕事終わり!


 んなわけあるか――‼


 だいたい競馬新聞読むをかゲームするとかファッション雑誌読むとか仕事じゃねぇだろ⁉

 どうなってんだよココは⁉

 まるで家族が家でくつろいでるみたいじゃねぇか!


 ――って!


 もしかしてアットホームな職場ってこういう意味なんか⁉

 こうなりゃやけだ!

 俺の取れる手段は一つ!

 学生は学生らしく宿題と予習復習でもしてやろうじゃねぇか!

 怒られたら怒られたでクビになるだけだ!



 時刻が6時15分を少しすぎた頃だった――


「は~い、ななちゃんの番なのねぇん」


 まゆまゆさんから手渡されたのは龍来軒と書かれたメニューと注文用紙だった。

 上から、ながぽん、いわぽん、まゆまゆちゃん、ななちゃん、と書かれていて、その横に食べたいものが記入されていた。

 さすが千重さんといったところだろうか注文したメニューの横に×3と書かれている。


 ――ってゆーか。なに、ココって夕飯まで食べさせてくれるわけ⁉


 しかも俺のところには、すでにチャーハンと餃子が知らないうちに記入されている。角ばった筆跡からいって千重さんが書いたっぽい。


「あの~。すでに俺のところも書いてくれてあるのですが?」

「ん~、それはねぇん。若いんだから最低でも~、そのくらい~食べろってことでぇ。その他に食べたいものを書いてっていみなのねぇん」


 マジか⁉


 今までにも、まかない出るところでバイトした経験はあるが、ココまで優遇された記憶はない。むしろ一番安いメニューから選択しろよ的なプレッシャーを感じながらお願いしてた経験しかない。

 とはいえ、すでにそれなりの注文内容である。

 ようすみてきに定番のラーメンと書いてまゆまゆさんに渡すと――


「じゃぁ~。大盛りにしとくねぇん」


 かってに改ざんされてしまっていた。

 どうやらマジで注文金額に上限とかないみたいだ!

 なんて恵まれた職場なのだろうか?


 ――PM7:00頃。



 事務職員ではなく……所長さんが電話で注文してくれた品々が届いたらしく。

 強めのノックのあと、

「毎度あざーっす! 龍来軒っす!」

 威勢のいい声が聞こえてきた。

 すると、まゆまゆさんが立ち上がり俺の肩を軽く叩いた。


「ほらほら~。ななちゃんも手伝ってねぇん」

「あ、はい……」


 なんかもうななちゃんと呼ばれたからと言って、いちいち怒るのがばからしくなってきた気がする。

 たぶんまゆまゆさんの呼び方があまりにもナチュラルだからだろう。

 まゆまゆさんがドアを開けると俺に仕事を紹介してくれたお兄さんが居た。


「あ~ん、しのぽんありがとねぇん」

「いっいえ! まゆまゆさんのためならお安いごようっす!」


 あ~。この人まゆまゆさんのこと好きなんだと一瞬で察した。

 人の好みは人それぞれ、とやかく言うのはぶすいというものだろう。

 めちゃくちゃ嬉しそうだしな!


「おかげで大助かりだよぉ~」

「あっ、その、お役に立てたのなら光栄っす!」


 お兄さんと目が合ったのでペコリと軽く頭を下げておいた。

 そして2人して注文した品々を配り終えると夕食タイム。

 千重さんだけで、ゆうに6人前くらいは軽くありそうだ。

 きっとココは上客の部類なんだろう。

 ちなみにお金は俺とまゆまゆさんが注文した品を受け取る際に所長さんが支払っていた。

 とんでもない量をガツガツと食べ進める千重さんの勢いに圧倒されながらも、負けじと俺も食べきった。

 なかなかのボリュームだった。満腹というよりも苦しいレベル。

 とはいえ、食後のお茶くらいは必要だと思い、何とか立ち上がってお茶をいれて回った。


 PM7:30分――


 どうやら休憩時間は30分であり。食べ終わった食器を外に置くと――いかにも今日の仕事は、お終いって空気が流れていたが。

 みんな元の作業?に戻ったので俺も予習復習を再開した。


 PM9:00


 所長さんの、「今日もお疲れ様でした」の一言で作業終了となった。

 そして茶封筒に入ったバイト代と思われるものを手渡されると同時に耳元でささやかれた。


「ココでの事は他言無用で頼むよ」と――



 ゾクッとした。やたらと鋭い声色だったからだ。

 なにをされるか分からない恐怖すら感じた。


「はっ! はい! わかりました!」


 と、とっさに言うと。

 所長さんは俺の両肩を軽くポンポンして、にっこり。


「いや~君なかなかの働きっぷりだったよ! ぜひ明日からも頼むよ! うちは土日祝日は休みだからその点だけ気を付けてくれればいい」

「あ、はい! わかりました!」

「うんうん、ななちゃん、明日からも~よろしくねぇん」

「はい! こちらこそよろしくおねがいします!」

「うむ未古島君。キミ、なかなか見どころがあるじゃないか。まだ若いのにしっかりした信念のようなものを感じる。その調子でよろしく頼むよ!」

「はい! わかりました!」


 ペコペコと頭を下げてから、

「お先に失礼します」

 と言ってプレハブ小屋を後にしたのだった。



 よかったんか⁉

 あんなんでホントによかったんか⁉

 なんか飼いならされた後でヤバイ物とか運ばされるんじゃないんか⁉

 行くときに感じた不安よりも、はるかに重い不安が積もっていく。

 学校まで下って来たところでおふくろと合流した。

 状況的に合流場所をかえた方がいいと思ったからだ。

 ここで暮らすために買ったボロイ4WD車に乗り込むと、「で、どうだったの?」言葉少なにおふくろが聞いてきた。

 聞きたいことは色々あるんだろうが所長さんの、


『ココでの事は他言無用で頼むよ』


 がすっごく気になる。


「ゴメン、おふくろ。あまり詳しく言うなって言われたんだ」

「だったら、もう聞かない! 何度も言うけど、ココは田舎の中でも古い習わしがみたいなもんが根強く残ってるトコだからとにかく合わせておきなさい!」


 ロトにも言われたが、きっとそういうことなんだろうなぁ。とは思いたいが……

 いろんな意味で不安しかなかった。


 ――家につき、自室に入り茶封筒を開け中身を確認してみると⁉


 見たこともない1000円札(ピン札)が8枚入っていた‼


「なんで夏目漱石なんだよ!」


 これって偽札かなんかか?

 それとも今でも使えるお金なのか?

 詐欺られたような気分ではあるが、あの内容でメシ食べさせてもらったんだから文句も言いづらい。

 またしても不安ばかりが積もっていくのだった。




【次回、暗黙のルール。したらダメな謎解き】に続く

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