第2話【勇者?】

 転校初日――


 なんの面白みもない最低限のあいさつをすますと、指定された窓際の一番奥の席に座り。このクラスの一員にくわわった。

 第一印象は、じみっていうか変な統一感みたいなのに違和感を感じた。

 たぶん古めかしい学ランとかセーラー服のせいだろう。

 となりの席に茶髪にピアスっていうチャラそうなのがいて少し安心していると予想外の不意打ちを食らった。

 担任の教師が俺の転校理由から家族構成などなど余計なことまで補足してくれやがったのだ。

 おかげで冷や汗がでてきた。


 誰が話したか知らんが――


 いや、おふくろが言っていたか『田舎なめんな』って。

 現代文明からやや遅れがちで特殊な場所だからこその情報網があり、下手に隠すくらいならぶっちゃけちまった方が話が早いとかなんとかって言ってたな。

 なんとなくクラス全員から感じた、なまあたたかい空気もそれが理由なのかもしれない。

 ならばもう開き直るしかないだろう。



 休み時間に入って早々――隣のチャラいヤツが話しかけてきた。


「よっ、転校生。俺は、神原呂斗。ロトって呼んでくれればいい」


 俺的には一番なじみそうな感じがしてたヤツだっただけにありがたい。


「あぁ。わかった。じゃあ――」

「って、ゆーか。おまえ菜々瑠とか女みてーな名前なんだな」

「っ!」


 一瞬で頭に血が上りつかみかかりそうになったが、

「なぁ、都会って、そんな名前の付け方が流行ってたりするんか?」

 悪気など一切ない純真なまなざしに毒気が抜かれた。


「あ、あぁ、すくなからずいたな。心亜とかってヤツもいたし」

「ふ~ん。俺の場合は、おやじが昔好きだったゲームの主人公の名前をそのまま使ったらしい。なんでも将来勇者みたいな男になれって願いが込められてるそうだ」


 少なからず俺のコンプレックスと重なる告白で、こいつは本当にただの良いヤツなんじゃないかと思えてきた。


「何言ってんのよ! ロトはもう立派な勇者でしょ!」


 突然前の席の女子が話に割り込んできやがった。


「まぁ、確かに勇者って言われてるけどよぉ」


 通り名が勇者とか……なんかベクトルは違うが親近感がわくなぁ。


「聞いてよ! ロトってばさ! 中学生の時に女湯に入って同級生の体洗ってあげたって実績があるんだよ!」

「はぁ⁉」


 それって犯罪じゃね⁉ 俺には絶対にまねできない!


「って、ゆーか、マジ勇者だなオマエ!」

「よせよ照れるじゃねぇか。えへへ」


 まったく隠し立てせず胸を張って生きられる姿に感動しちまってる自分をおさえられきれなかった。

 こんなふうに生きられたらトラブルも少ないだろうし、ある意味見習うべきかもしれない。


「あ、そうそう。私は弓根琴歌。未古島君って女の子みたいに可愛いし。ななちゃんって呼んでもいいかなぁ?」


ブチッ――‼


 っと彼女の服のボタンが飛んだ!

 俺が思いっきりつかみかかったからだ!


「んだとテメェー! 人が一番気にしてること言いやがって! 女だからってようしゃしねぇぞ! 今度んなふざけたこと言いやがったらそのふくれっつらが倍以上になると思いやがれ!」

「ケホっ…けほっ……」

「まぁまぁ、おちつけって転校生。いくらおやじさんが薬キメたまま人はねてムショに入っちまってやさぐれてるからって初対面の女子に手をあげるのはよくないぜ」


 さすがは勇者と呼ぶべきだろうか?

 この事態に全く動じることなく正論を述べていらっしゃる。

 ってゆーか先生そこまで詳しく言ってはいなかったよな?


「それと今のは琴歌も悪い。いくら女みてぇだからってコイツは男だ! 知らなかった事とはいえ、キッチリ謝っときな!」

「あ、うん。ごめんなさい」


 深々と頭を下げる女生徒。

 転校早々ヒートアップしちまった俺……。

 さっきこういうのはしないって心に誓ったばかりだったのに。

 しかもちょっぴり太めなのだって気にしているかもしれない。

 そういった点では俺の言い方も、そうとう悪かった。


「いや、俺のほうこそ悪かった。ちょっとトラウマがあってな――」


 お詫びついでに、過去に起こった忌まわしき出来事を語ることにした。



 あれは去年の学園祭の時だった。

 毎年恒例のネタ行事。女装コンテスト。

 基本的には体育会系のごっついヤツらが気持ち悪いくらいどぎつい化粧をしていどむもの。

 筋骨りゅうりゅうしたゴッツイ男がバニーガール姿で体をくねらせたり悩殺ポーズでウィンクしたひにゃ官能的とは全く違った意味で悩殺される。

 つまり気色悪さを争うモノなのだが急きょ代役で俺が出ることになっちまった。

 いくら、くじ引きで決まったとはいえ『絶対に似合うから!』と勧められた裁縫部自慢の逸品。フリフリのメイド服を断固拒否。

 仕方なくクラスで一番背の高い女子の服を借りて女装するという一見面白みのない最終案に落ち着いての参加となったのだが。

 それこそが悪夢の始まりになった。

 身長こそ高いが細身の俺は普通に女子の服を着こなしちまったらしく。

 生足を少しでも隠したいからと用意してもらったオーバーニーソックスと短めのスカートが産み出した絶対領域の破壊力は学園際を震撼させる程に色っぽかったそうだ。

 周りのキモイ男子達は、どうせやるなら徹底的にとメイドにチャイナ、ナースに女教師と趣向をこらし色とりどりのカツラだけでなくメイクまでバッチリ決めているのに対し俺はピンク色したリップ、ややクセのある髪をストレートにしただけの超適当仕様。

 結果的に入賞はしなかったものの、『あの美少女は誰だ⁉』って感じで学園外からも問い合わせが来るようになって以来――

 一部かいわいでは、通称ななちゃんと呼ばれるようになり。貞操の危機を感じながら過ごす日々が始まったのだ。



「え、…えっと~、そ、その。ゴメンネ……」

「いや、俺こそ、いきなり…そのゴメン!」


 再び頭を下げあって仲直りって感じではあっても、どこぞに飛んでいっちまったボタンは行方不明のまま。気になってしかたがない。


「いいって! ホント! 私ってちょっと無神経っていうか、そーゆーとこあるから! それにボタンの予備とか普通に持てるから気にしないで…ね?」


 まったくにもって恥ずかしい。少しは、やせる努力をしろよ、もったいない。ってことは言わないようにしようと心に強く誓う。


「俺もすぐキレっちまうくせなおすようにするから、仲良くしてくれるとありがたい」

「うん! よろしくね! な…未古島君」


 菜々瑠でいいよと言いたかったが、間違って今回みたいになるのはゴメンだ。これで良しとしよう。



 昼休みになり、ばあちゃんが作ってくれた弁当を食べ終えた後――。

 俺は、ずっと気になってたことをロトに聞いてみた。


「なぁ、なんでココってスマホ使えねぇんだ?」

「そりゃ授業に集中できなくなるし、所かまわず電話されてちゃ迷惑だって建前があるからだな」

「いやいや、そーゆー意味じゃなくってさ! なんで圏外になっちまってるのかって話!」


 今、住んでいる家ならともかくココは学校であり、周りにだって住宅はある。あんな昭和の遺産みたいな黒いダイヤル式の電話じゃなけりゃ連絡の取りようがないとか不便すぎんだろ?


「まぁ、ココではココのルールってもんがあってだな。役人よりも電話会社よりも地主の意向ってもんが尊重されるからだ」

「は…?」


 やばい。丁寧に説明してくれてるのは分かるがやはり理解がついていかない。

 だってそーだろ? 普通に考えてスマホ無しで生きてけとか無理ゲーだろ?

 おかげで前の学園の連中とのやり取りは全く出来てない。


「つまり。ココの学園長様が、ここら一帯の地主様である以上。この学園での携帯電話は使用不能ってことだな」


 ありえねぇ。いいのか、そんなんでみんな納得して生きてんのかココらでは?


「都会じゃどうか知らんが、ココでは権力持ってるヤツが一番エライってことになってんだよ。まぁ後は金かな」

「つまり、金と権力で好き勝手やってるってことか?」

「その通りだ。ついでに言っておくがお前も美術部に入った方がいい」

「なんで、いまの流れで美術部なんだよ⁉」

「そりゃ唯一の無法地帯であると同時に安全地帯でもあるからだ」


 ヤバイ、またしても分からん。

 ロトが懇切丁寧に話してくれてるってのだけはよくわかるが。

 なにせ、今まで生きてきた常識を全否定されたばかりで理解がついていかないってゆーよりも。頭が理解しようとしてくれない。


「まぁ、琴歌みたいな本格派も中には、いるっちゃいるが。間違って運動部なんぞに所属しようもんなら問答無用でハゲにされるからやめとけ」

「いや、帰宅部のつもりだから両方ともゴメンだ。なにせこづかいほしかったらバイトしろってことになっちまったんでな」

「そうか。じゃあ、今日からお前も立派な美術部の幽霊部員だな。琴歌頼むわ!」

「うん。青ちゃん先生のとこ行って入部届もらってくるね!」

「おう! よろしく!」

「じゃなくって! 俺は帰宅部だって言ってんだよ!」

「残念ながらココでは、なんらかの部活に入らなきゃいけないって決まりがある」

「はぁ⁉」

「だが安心しろ美術部だけは幽霊部員を黙認してくれている」

「も、もしかして。その美術部の顧問ってのも権力者なんか?」

「正確には権力者の孫であると同時に、この学園に毎年多額の寄付をしてくれている名家でもある」

「え~と~」

「つまり孫が美術の先生になりたいって言ったから金と権力でなんとかしたって話だな」


 うん。これは理解できた。

 なんとなくだがココではココの生きるすべってヤツが必要であり。そういった点でもロトと席が隣同士ってのは思ってた以上にラッキーだったかもしれない。


「だが安心しろ。われらがあがめたてまつる青ちゃん先生の理解力は聖母様並みだ! 本来ならば禁止されているバイトすら黙認してくれる。つまり、お前さんの理想を叶えるには、われら青ちゃん教に入信するしかないってことだ」

「あぁ、信者とかはゴメンだがバイトするには美術部に入るのが手っ取り早いってのはよくわかった」

「っと! 言い忘れる前に言っとくが、この町でのバイトは先輩優先だ。特例でもないかぎり先輩の許可が必要になる」

「ゲっ…マジかそれ?」


 ある意味、教師からバイトの許可をもらうより面倒くさそうな予感しかしない。


「なにせバイトできるところが限られちまってるからよー。基本的には先輩方がお気に入りの後輩に自分の後を譲るってのが通例だ」

「え、それって、つんでね?」


 なにせ俺は転校生したばかりであり、しかも2年で夏休みあけからである。

 仲の良い先輩なんているわけがない。


「そーでもない。2つ隣の街までいけば、それなりにバイト先もあるし先輩の許可もいらん」

「ふーん、なるほどなぁ……」


 って――‼


 交通費とか時間とか考えたら相当わりのいいバイトじゃないと残念なことになるんじゃないのか?

 なにせ都会の2駅隣とはわけが違う、来るときに思ったが駅と駅の間隔がやたらとあった気がする。いくつものトンネル抜けてたよな…たしか……。

 今までの流れから言って、そこまでして金の欲しいヤツらは、すでに駅そばにあるような優良物件でバイトしてることだろう。


「あとは、まぁ……」

「まだなんかあるんか⁉」

「とにかく、ごうにいってはごうにしたがえ~だったか? ココにはココのルールが色々とある。とにかく逆らかわらずに受け入れろって話だ」



 帰宅するにあたり――

 おふくろが迎えに来てくれることになっているのだが……待ち合わせ場所は駅だし。時間までは、かなりある。

 仕事が終わるまで待っていなければならないからだ。

 そこで、駅の近くにあったコンビニのベンチに座りながらスマホ使ってバイト探しをしていた。

 少ないなんてレベルじゃない。条件に合うバイト先は一つもなかった。

 以前住んでいた街とは大違いって、ゆーか絶望しかない。

 バイトなんて適当にやって稼いだ金で遊ぶ。金がなくなったら、また適当にバイトでもすりゃあいい。

 そんな感じでやってこれたし、ずっとやっていけると思っていた。


「ふざけてんじゃねぇ! まともなバイトなんてなんにもねぇじゃねぇか!」

「え、なに? お兄さんバイト探しちゃってる系?」


 思わず口から出ちまったもんくによもや返事が来るとは思わず顔を上げると――

 ちょっぴり油のしみついた白い厨房服を着た20代後半くらいのお兄さんが居た。


「いや~、ちょっと知り合いのところで欠員が出ちゃったらしくってさ。急きょ募集する事になったから適当な人見つけたら『よろ~』って感じで頼まれちゃっててさぁ」

「はぁ……」

「で、どう? 時給は2000円で誰でも出来る簡単なお仕事! アットホームな職場がキミを待ってるって話なんだけど、どうかな?」

「じ、時給2000円ってマジっすか⁉」

「マジマジ! むしろ俺がいきてーくれーの話なんだって!」

「ですよね!」


 時給2000円は、おいしすぎる!


 なんか軽薄そうなお兄さんだけど格好を見る限り仕事はきっちりやってそうな感じだし。

 それに休憩時間(たぶん)にもかかわらず、こうして頼まれごとをこなしてるってんだから、きっといい人なんだろう。

 多少引っかかるところがあるっちゃあるが……

 それ以上に時給2000円は魅力的だった。



【次回、なんで夏目漱石なんだよ!】に続く

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