懐疑編

「で、土屋さん。結局真相はどうだったんですか?」


後日僕は探偵社で聞いてみた。


「ん? 真相? いったいなんのこと?」


「とぼけないでください、あの推理って穴だらけですよ。他の人もよくあれで騙されますね」


「事件の外にいる君からすれば明らかでも、自分が容疑者として拘束されれば精神的に動揺して脳の回転力は落ちるものさ。それに自分が犯人じゃないと示す仮説ならなおさら受け入れない理由はないものだよ」


「それは自供ってことですか? やっぱり別の真相が隠れてたんですね」


「やれやれ、これじゃあまるで君が探偵で、私が真犯人みたいな気分だ。君を雇ってやはり正解だったかもしれないな。おもしろい、じゃあ君はなぜ、あの推理ショーが嘘八百だと見抜いたのか、推理を披露してもらおう」


そういって土屋さんは手元にあのぬいぐるみをよせて椅子に座り、弄り始めた。


「わかりました。それでは折角ですので探偵っぽく語らせてもらいます」


僕は一呼吸おいて、語り始めた。推理はやはり、この言葉から始めるに限る。


「さて、まず僕が気になったのは犯人の指摘です。最初に犯人が佐久間だと宣言したうえで推理をしましたが、佐久間が犯人である根拠が全くありませんでした」


「おいおい、トリックのための仕掛けをする必要があるんだ。当然、犯人は家主である佐久間に決まってるじゃないか」


「佐久間の家の合鍵は招待客が取れるような位置にあったんですよね。そして、何度も来ているという招待客だっていたんです。以前にも遅刻したことがあったら鍵の場所を知っているものが既にいてもおかしくありません。となれば、佐久間が巡業に向かったのを確認してから合鍵で中に入ってトリックを仕込むことはできるはず。つまり容疑者は全然狭まっていないし、それどころか疑うべきは過去にパーティに来たもの全員に広まったとさえ言えます」


「しかし、佐久間は逃げて行った。やましいところがあったのは事実だろう」


「そうですね、実際に警察もそのまま彼を捕まえたわけですし、佐久間が殺しをしたのはおそらく本当なのでしょう。しかし、彼が犯人だとあの時点で断定するのはおかしい。それに底田刑事の電話の時点での会話。僕の記憶が確かなら刑事は犯人は分かっているといっていた。つまり彼は犯人は特定したものの犯行を立証できないと考えた。だからあなたに


「実に楽しい推理だ。続けて」


「では、トリックについてですが、机の位置をずらしたのはあなたでしょう? 土屋さんの指示で僕が実験としてナイフをシャンデリアにつけたとき、机の上に上ってつけたんです。つまりその時点ではシャンデリアの真下に机があった」


「その通り、推理ショーの間に警察の人に頼んでずらしておいてもらったんだよ」


「それからシャンデリアのナイフに気付くかどうかというところでみんなの思考を誘導しましたね」


「どういうことか説明してくれるかな?」


「まず、僕がナイフに気付きました。まあこれは僕がつけたので観察眼だと言い張るつもりは全くありませんが、そこにあなたはつけこんだ。『直前に話したからそっちを見てた捻くれもの』だと僕を罵りました」


「いや、罵るほど強くは言ってないって」


「まあ、そこは僕も気にしてるわけじゃありません。ただ、『直前に取り付けた』でなく『直前に話した』という理由のすり替えで、ほかの招待客も巻き込んだんです。他に見た人がいても『捻くれもの』と言われた後で名乗り出る人はいないでしょう。そして、さらにあなたは僕の傍にいた招待客に聞いた。彼も見ていない。当然です、あなたがスイッチに目をやるよう誘導するために彼を照明係として決めたからだ。なぜなら彼が、僕以外にナイフを見抜ける可能性があったからです」


「そこまで気付いてるとは思わなかったな。やはり君を雇って正解だった。今度から人前での推理ショーは君にやってもらおうか」


「勘弁してください、僕には無理ですって。さて、なぜ彼が気付く可能性があったのか、それは彼が僕の前にいた。つまり、彼が部屋に入った2番目の人物だからです。あなたは電気を消した暗い部屋にみんなを通して目を暗闇に慣らさせた。それにより暗順応を起こした目は突然の光に順応するまでの間、眩しくてものが見えなくなる。僕と彼は目が暗闇になれるより早く明かりがつくことになるので役割を振ってごまかした。違いますか?」


「素晴らしい。だがなぜ?」


「実際はあの部屋は暗くなかったからです。あなたが言った通り『窓の方を見ながら友人を待つ』ならばカーテンは開いていなければおかしい。つまり、部屋は明るくなければならない。事件当時、部屋は明るかったはずです。また、遅刻組が『窓からのぞいた』ことで事件が発覚したというならなおさらです。だからそもそもナイフに気付かれる可能性の高い隙だらけのトリックです。仮に思いついても成功するしない以前に、普通は実行しません」


「普通はそもそも殺人なんてしないさ」


「指摘の仕方が揚げ足取りレベルになってるのは追い詰められたからですね。それじゃあ、大詰めです。あなたの推理で最大の欠陥。それは被害者の体内から出てきたという合鍵に一切触れていないことです。本当にトラップ殺人だとして、あの鍵はどうやって入り込んだのかを説明しなければならない。もっとおかしいのはそれについて犯人である佐久間が反論しなかったことだ。もし鍵を入れたのが佐久間自身ならアリバイを守る最後の砦として鍵のことを主張してもおかしくはない。そうしなかったのは恐らく、あなたが突然間違った推理を披露し始めたからです。きっと本来のトリックは露見しようもない完璧なものだった。それなのに予想もしないところからトリックをでっち上げられてしまい、やっていないトリックによってアリバイを崩される。とても冷静に反論できる状態ではなかったでしょうね」


 一気に話したのでそろそろ喉が渇いてきた。これで終わりにしよう。


「なぜこんな手間のかかる推理ショーもどきを行ってまで佐久間を捕まえようとしたのか。それは佐久間の実際に使った犯行トリックを明かすわけにはいかないからです。何か事情があって、本当のトリックを教えることができない。だから、その場にいる関係者だけを騙せる偽のトリックが必要になった。違いますか?」


土屋さんは黙りきってしまった。じっと目を見ると根負けしたように目線を外して彼女は言った。


「お見事、脱帽だよ名探偵」


「名探偵だなんて、そんな。僕はただの助手ですって。それに結局のところ実際のトリックがどんなものか僕は思いつかなかったんです。だから教えてください。いったい佐久間がどうやったのか、その真相を……」


「そうだね、君は少し学んだほうがいい。この世に知らないほうがいい知識もあるということを」

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