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母が再婚し、私は高校生になるのを機に新しい新居へと引っ越した。
義父の持ち家である一軒家で家族四人の新しい生活が始まると思っていたが、思いもかけない事態になった。
「じゃあ、お母さんたち、新婚旅行に行ってくるから」
「……嘘?」
母と義父が新婚旅行へと旅立ち、広い家には私と義兄だけが残されたのだった。
…
入学した学校は、一つ上の義兄の通う学校だった。
昨日までは新しい制服に袖を通して浮足立っていたはずなのに、今日から女性恐怖症の義兄と二人っきり。
学校へ行く用意をして、割り当てられた二階の新しい部屋から一階のリビングへ向かうと義兄が居た。
私が『おはよう』と声を掛けようとしたら、同じく制服を着た義兄が口を開いた。
「こ、殺さないでください」
「殺さないわよ!」
女性恐怖症になると、女性全般が殺人鬼にでも見えるのか?
義兄の行動パターンがいまだに分からない。
溜息を吐きつつ、朝食の用意をしようと思うとリビングにはいい匂いが漂っていた。
テーブルの上にはスクランブルエッグとトーストが二人分用意されていた。
「作ってくれたの?」
「気分を害したら死に直結するからな」
「…………」
何で、こんなに女性に怯えてるんだろう……。
しかも、死に直結するって……。
あまり深く考えない方がいいかもしれない。
朝食を手早く済ませ、今日から兄妹なのだから一緒に学校へ行こうと義兄に声を掛ける。
「一緒に家を出れば鍵を閉め忘れないから、一緒に家を出よ――」
と、そこで声が止まった。
出掛け前に義兄が床にぺったりと足を開いて上半身を付けている。
「……何やってるのよ?」
「ストレッチだ。家を出たら、いつ女が襲ってくるか分からないからな」
ないよ。
そんなことないよ。
何か恨みを買うことを世の女性にしてしてるのか?
ストレッチに十分ほど時間を掛けてから義兄は立ち上がった。
「よし、準備は整った」
何の準備だ。
学校へ行くだけで、大げさな。
治安のいい日本で、一体、何に襲われるというのか。
襲われるにしても、それは女性ではないと思う。
「まあ、いいわ。行きましょう」
義兄と一緒に家を出て鍵を閉める。
学校に通い慣れている義兄が『先を歩いて案内する』と玄関先から道路へと出る。
きっと、率先して案内してくれるのも、女である私の気分を害したくないという理由だろう。
溜め息を吐いた、その時だった。
「ぐあっ!」
目の前で義兄がエビぞりでCを描いた。
「義兄があああぁぁぁ!」
私は思わず叫んだ。
…
人がエビぞりに反っていることを見たことがあるだろうか?
反っても限度があり、せいぜいが20°~30°ぐらいの角度だと思う。
だけど、私が見たのは英語のCだ。
しかも、吃驚人間がゆっくり反らすあれではなく、激突による強制的な反りだ。
あんぐりと口を開けている私の目の前で自転車が止まった。
「こめんね~。また引いちゃった~」
そう言ったのは黒髪をポニーテールにした女子生徒だった。
制服が私と同じだから、同じ高校に通っているはずだ。
ただ、首のリボンの色が義兄の制服のネクタイと同じだから高校二年生のようだ。
「って、呆けてる場合じゃない!」
慌てて義兄に駆け寄ると、もぞもぞと義兄が四つん這いで起き上がった。
「ストレッチをしていなければ死んでいた……」
いや、生きる死ぬの問題じゃねーよ。
背骨いったんじゃないの?
「だ、大丈夫なの?」
義兄は顔だけ私に向けて、無言で頷くと立ち上がった。
「よくあることだ。……女怖い」
「…………」
よくあることなんだ。
頑丈だな……って、そうじゃなくて!
義兄が女性恐怖症になった原因は、これなんじゃないか!?
「あんたのせいでしょう!」
私はポニーテールの女子を指さした。
「ん?」
ポニーテールの女子が首を傾げた。
「あなた、誰?」
「あの馬鹿の義妹よ!」
「ああ、再婚したんだっけ。で、あたしのせいって?」
「義兄が女性恐怖症になった原因よ! あんたがバンバンバンバン引き続けたから、女性恐怖症になっちゃったんでしょうが!」
「え?」
ポニーテールの女子が義兄を見ると、義兄は明らかに私とポニーテールの女子から距離を置いていた。
「そうなのかな? もっと前からだったような?」
私は義兄を見る。
「この女が原因で間違いないでしょう?」
義兄がゆっくりと深く頷くと、不思議そうにポニーテールの女子が私を見た。
「他の子が原因かもしれないよ?」
「いいえ、あなたよ!」
「何で?」
「義兄は、外国人とハーフの私のことを凄く恐れているからよ」
「どういうこと?」
ぐっ……!
あまり言いたくないけど、分かってしまった以上、言うしかない。
「1/2×体重×スピードの二乗=運動エネルギーよ」
「握力×スピード×体重=破壊力?」
「勝手に得体のしれない公式に置き換えるな! 重たいものほど、運動エネルギーが大きいって言いたいのよ!」
「つまり、自分が重いって言いたいの?」
「ぐっ! そう言うだろうと思って、言いたくなかったのに! そうじゃなくて! 私は外国人の血が混じっているから日本人より大きくなるって言いたいのよ! 義兄は女が誰でもあなたみたいに自転車で引く生き物だと思い込んでいるから、私のことを必要以上に恐れてるってことよ!」
「おお、そういうことか」
私はハアハアと息を切らし、自分が太っていると言っているみたいで空しかった。
義兄へと振り返る。
「そういうことでしょう?」
「いや、違うけど」
「…………」
じゃあ、何が原因だ!
「こんのおおおぉぉぉ! 馬鹿義兄があああぁぁぁ! 空気を読めえええぇぇぇ!」
とりあえず、女である以上、絶対に負けはない!
私はポニーテールの女子を残して、全速力で逃げる義兄を全速力で追いかけた。
義兄があああぁぁぁ! 熊雑草 @bear_weeds
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