義兄があああぁぁぁ!

熊雑草

 私の母は金髪碧眼の外国人だ。父は黒髪黒目の日本人だった。

 そして、母が日本に留学した時に学生だった父と恋に落ち、私が生まれた。

 三人家族で温かい家庭だったと思う。


 だけど、三人家族だったのは小学校二年生までだった。

 父の突然の事故死で、私たち家族は母子家庭になった。

 母は父方の子会社である化粧品会社の社長を任されていたので金銭的に生活が苦しくなるようなことはなく、普通に学校へも通えている。

 何の不自由はない。

 ……ないのだけど、子供ながらに母は私に弱みを見せないように強くあろうとしているのが分かった。


 だから、私はなるべく母に迷惑は掛けないようにしようと心掛けていた。

 本当は一緒にご飯を食べたかったけど、スーパーやコンビニの惣菜やお弁当のご飯を一人で我慢して食べた。

 本当は一緒に行事に参加してもらいたかったけど、運動会や学芸会に参加することをお願いできなかった。

 それでも母が居れば、幸せだった。


 …


 私が中学三年生になった、ある日のことだった。

 ここ数ヶ月、どこか機嫌がよかった母が、どこか不安を抱えた顔でこう言った。


「お母さん、再婚しようと思うの」


 突然の告白に、私は何も言えなかった。

 でも、どうして母が機嫌がよかったのか、原因が分かった。


「相手は誰なの?」


 そう、私が尋ねると母は静かに答えた。


「あなたも知っている人よ。私の秘書をしてくれている人」


 あの人か……。

 何度か顔を合わせていて、母をいつも裏で支えてくれている人だ。

 毎年、私の誕生日にプレゼントを贈ってくれる、気の利いた優しい人。

 優しすぎる分、どこか頼りなく見えるが、気の強い母とは相性がいい感じがした。


 問題は、私がその人を受け入れられるか、ということだろう。


「今度、一緒に食事をしてくれない? その時、あなたが嫌だと思ったら、お母さんは再婚を諦めるから」


 女手一つで私を育ててくれた母に何を言えようか。

 感謝こそすれ、反対なんて言えるわけがない。

 何より、母には幸せになって欲しいと思う。

 きっと、私は相手に気に入らないところがあっても、我慢して受け入れるだろう。


 だから、私は笑顔で答えた。


「うん、いいよ」


 母は安堵した顔で言った。


「そう、よかった……。相手方にも息子さんが居るんだけど、仲良くなれるといいわね」


「そうね」


 返事を返したが、きっと、私は分かっていない。

 再婚して新しく家族を迎え入れるという意味も、今まで居なかった兄弟が増えるという意味も。

 ただ母のことを優先しただけだということに……。


 …


 それから三日後、母の会社の近くの高級レストランで、母の婚約者となる男性とその息子に顔を合わせることになった。

 レストランで見た男性は、やっぱり私の知っている秘書の人だった。

 温和な顔つきで柔らかい物腰でしゃべる人。

 子供である私に対しても気を使ってくれていた。

 この人が新しい家族になるのなら問題はないかな……そう思った。


 問題は、その男性の子供の方だ。

 一見、問題はない。

 外国人の血を引いている私よりも背は高いし、精悍な顔立ちをしているし、落ち着いた感じがある。

 礼儀作法がなっていないということもない。


 ……問題なのは、彼がここに来てから一言も言葉を発していないということだ。

 また、彼は、どこか具合が悪そうというか、終始何かに怯えているような……そんな感じなのだ。

 婚約者の男性が話し掛けても、母が話を投げ掛けても、一向に何も答えない。


(何なんだろう、この人……)


 何を考えているのか、さっぱり分からない。

 母が幸せになることを願っている私としては、この人のせいで母が幸せになれないのは納得できないし、許せない。


(おじさんだけだったら、何も問題ないのに……!)


 そう思い、私は密かに拳を握っていた。


「え~っと、何か好きなものとか、嫌いなものとか、聞かせてくれる?」


 諦めずに母がそう尋ねると、彼の顔がゆっくり上がった。

 そして、ぼそぼそっと呟くように言った。


「……女……女が嫌いだ」


「は?」


 そう答えてしまったのは、私だ。

 女? 女が嫌い?


「ど、どういうことよ?」


 私が聞き返すと、彼は声を大きくして叫んだ。


「俺は……女が大嫌いなんだ! 怖いんだよ! しかも、外国人じゃねーか!」


「ハァ!? 外国人の女だと何がいけないのよ!」


「巨大になるだろうが! 日本人の女でさえ怖いのに、それ以上にでかくなる遺伝子を持ってる女が近くに居るなんて耐えられるかっ!」


 何だ、コイツは!?

 女性恐怖症だと!?

 それよりも、言い方!

 巨大になる遺伝子を持ってるなんて言われたのは初めてだ!

 そんなもん、私にどうこうできる問題か!


「あったま痛くなってきた……」


 どう考えても、この結婚は無理だろう。

 こんな変なのが、私の義兄になるなんてありえない。


 ……いや、待て。私の中に悪魔的な閃きが浮かんだ。

 コイツが女性恐怖症なだけで、他の人には何の害もないのではないか?


「もし結婚したら、おばさんに何かして欲しいことはある?」


 私の考えとはよそに、再度コミュニケーションを図ろうと母が彼に話し掛けていた。

 彼が恐る恐るといった感じで口を開く。


「……ひ、ひとつだけ」


 母は努めて笑顔で聞き返す。


「何かしら?」


「け、結婚したら、直ぐに離婚してください!」


「……‼」


 キレた。

 私の我慢は限界だった。


「こんのおおおぉぉぉ! 馬鹿義兄があああぁぁぁ! お前にお母さんの幸せを壊させてたまるかーっ!」


「ぎゃあああぁぁぁ!」


 私は初めて人を殴った。

 それも、これ以上ないくだらない理由で。


 私はぶっ飛ばした義兄に馬乗りになってマウントを取り、首根っこを捕まえて母と義理の父になるであろう人に振り返る。


「こいつは、私が躾けるから! 二人は心置きなく結婚して!」


「……あ、うん」

「……え、ええ」


 私は義兄の首根っこを握ったまま言う。


「あんたに逆らう権利はないわ! 女である私が絶対に勝つんだからね!」


「汚いぞ……! ひ、卑怯者……!」


 何とでも言うがいい。

 お母さんの幸せを奪おうとする奴は許さない。


 母のための我慢?

 それなら出来るだろう。


 義父のための我慢?

 それも出来るだろう。


 義兄のために我慢?

 我慢などしてやるものか。


 お淑やかな私は、もういない。

 今日、私の中の何かが変わった。

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