第25話 奪還作戦

 フレイアは、夢とも現実ともつかぬ意識の狭間にいた。


 心は傷ついて、ずっと血が流れているような気がする。かつて受けた体の傷よりも、胸が痛くてたまらない。

 また、みんなに心配をかけてる。そう思うと、更にぎゅっと締め付けられるのだ。


 なぜこんなに自分は無力なんだろうと思う。だけど、どうなれば力があると言えるのだろうか。剣が振るえればいいのだろうか?魔法がたくさん使えればいいのだろうか?


 武器は自分自身。

 考えて、答えを見つけよう。その時々の最適解を。

 自分はできる、そう信じよう。



 絶対に帰りたい。みんなに「心配かけてごめんなさい」って謝りたい。

 きっとみんな、叱ってくれる。バカな事をするからって。

 でも最後は許してくれる、いつもそうだから。


 この世界に来る前の私は、いつも死んでしまいたいって思ったりもした。生きていくのが辛いって思う事もあった。

 でも今はもうそんな風に思わない。


 また、あの登録局で働いていた毎日に戻りたい。



 会いたい、私をずっと愛し、守ってくれた優しいあの人たちにもう一度会いたい。みんな大好き。大好きだよ。本当に大好き……。



 夢の中では涙が溢れ落ちるが、自分の中の憤怒の激情の熱に、じゅっと音を立てて消えてしまい、外の世界では涙は出ていなかった。





 フレイアの体は、ゴートワナ帝国とエステリア王国との国境、ガザール城にあった。堅牢でな強固な城である。剣を持つ警備は少なく、呪術や魔法での防御がメインである。戦場となる、広大な平原を見下ろす位置だ。


 帝王は、手駒の配置を楽しそうに終え、少女の眠る寝室に入って来た。

 

 ベッドの端に座り、フレイアの広がる髪をすくい上げては落とすを繰り返す。


「明日は結婚式だ」


 眠る黒髪の娘の唇に、そっと親指を当てる。


「世界を手に入れたら、おまえは喜ぶか?」


 もう、手に入れたも同然だがな、とでも言いたげな、邪悪な微笑を浮かべていた。


◇◆◇


 出立の準備が整い、五人は魔導士団の詰め所の中の、転送の魔法陣のそばに集められた。


 顔見知り程度で、親しく会話をしたこともない間柄でもあったので、改めて簡単に自己紹介をし合う。


 アルタセルタはいつもの秘書のようなまとめ髪ではなく、赤紫の髪をポニーテールにしている。化粧がいつもよりも更に濃いようだが、化粧には魔術的な意味があるらしい。

 

 セリオンとコーヘイはいつもの警備隊の制服である。着慣れたコレが一番動きやすい。剣と剣の戦いであれば甲冑が必要だが、今回は不要だろう。


「あのキレイな奴を着てくればいいのに」


 コーヘイが軽口をたたく。


「人を攻撃魔法の的にしようとするのはやめろ」


 いつもの調子でセリオンが応える。


 見送りには、騎士団長、魔導士団長が来ていた。転送術も団長自ら行うという。これはとても珍しい事であった。


 セトルヴィードは、勲章のようなメダルのついたペンダントを、コーヘイの手に握らせた。


「退魔の護符だ。使うといい」


 かつてフレイアに渡し損ねた護符だ。とても心を込めて作っていた。あの娘と同じ髪と瞳を持つ青年に、託すことができるのは僥倖だろう。


「ありがとうございます」


 この人は、本当は自分が行きたいのだ。そう思ったが何も言わない。


 ローウィンはペンダントを見て、フレイアが付けていた物を思い出す。あれはこの人からの贈り物だったのか、と知る。本当に万人に愛される、不思議な娘だ。自分も、これから命を賭す戦いに赴くというのに、そのゴールにあの子がいると思うと怖くない。


「部下からの情報で警備の手薄な箇所は確認できています」


 ディルクは得た情報の共有を開始した。フレイアの監視時は甲冑姿であったが、今は騎士団の基本制服を更に簡略化した軽装である。

 これが本来の彼の装備なのだろう。


「あと……結婚式を行う、という情報が」


 騎士団長は驚いた声を上げる。


「これから戦端を開こうという時に、結婚式とは舐められたものだ」

「結婚は契約の儀式。何か大規模な呪術的な意味がありそうですな」


 銀髪の魔導士は、冷静な分析をしている。

 しかしローブの袖で隠した手は、硬く握りしめられている。


 ローウィンが魔導士の心情を感じ取ったように答える。


「花嫁の何かが、今回の戦いの要になるのかもしれません。我々は帝王の抹殺を目指しますが、それが叶わない場合は、花嫁の奪還に注力します」


 深夜、五人は転移の魔法陣に入り、セトルヴィードによって敵地に送り出された。



◇◆◇



 国境の広大な平野は砂漠と荒地が混ざりあった不毛な土地で、あまり人は住んでいない。

 国境という事で戦闘も多く、昼夜を問わずあまり近づきたくない場所でもある。


 翌朝、両軍はそれぞれ一定の距離をあけて、布陣していた。


 騎士団副団長が指揮する第一隊を主軸に、両翼に第二、第三隊を従える。後方に魔導士が、それぞれの副団長を指揮者とし、臨戦の構えを見せている。


 第一王子アリステアがこの戦場で全体を指揮する。騎士団長もその補佐に、傍らに馬を立てる。


 国王は王都に残り、共に残る魔導士団長が集中的に警護する。魔導士の最高位は、王都の守護という役割も担っており、城を離れる事はできないのだ。


 戦闘は、まず剣での戦いからはじまる。最初の攻撃で、いかに相手方の魔導士数を削るかが勝負である。


 ついに、どちらかともなく、戦端が開かれた。




「はじまったみたいだな」


 城内にあっても、戦場から発せられる気配がわずかに届いてくる。

 侵入に気付かれてはいないうちは、なるべく隠密にルートを探る。


 ディルクが調べていた城の見取り図から、警備の手薄そうな所を選んでいるので、なかなか時間がかかっていた。


 予想外の出会い頭で、戦闘がはじまってしまう事もあった。

 即席のチームだったが、主力の二人が息の合うコンビという事もあり、今のところ、敵に応援を呼ばせないまま各個撃破して前に進んでいる状態だ。


 セリオンが前に出る時は、コーヘイが下がり、コーヘイが出る時はセリオンが下がる。何の合図もし合わないのに、まるでそういう演舞のように、息が合っている。阿吽の呼吸もここまで来ると、見ている方も気持ちいい。


 呪術師の魔獣による攻撃が、今回の侵入で一番危険だと警戒していたが、コーヘイの持つ護符がかなり強いものらしく、攻撃を躊躇してくるので御しやすい。


 ディルクが他のメンバーを案内するように、先頭を進む。

 わずかな痕跡から、罠の位置を見つけ出し、敵の巡回ルートを予想する。そのすべてが的確で、侵入部隊はかなり最小限の戦闘で済んでいた。


 しかし、魔導士の二人が異変を口にしはじめた。


「何かおかしい」


 アルタセルタは攻撃魔法の使い手で、無詠唱の連射ができる分、消耗が激しい。それでも少し休めば魔力は回復していくのだが、その回復ペースが遅いのだ。

 ローウィンも同じである。

 魔導士は自分の魔力の残量をある程度把握できる。

 本来なら回復する半分しか戻ってきていない気がしていた。


「いったんどこかで、休憩をはさんだほうがいい」


 ローウィンは今後の事を考慮して、焦る気持ちに蓋をして提案する。

 ディルクが近くに、身を隠せそうな倉庫の存在を突き止めていたので、いったんそこで小休止し、魔導士を休養させることにした。


 倉庫は、異世界人の遺物を集積している場所だった。

 しかし、粗雑に、ひたすら積み上げて放置しているといった体だ。


「読んで字のごとく、宝の持ち腐れだな」


 セリオンが呆れたように見てまわる。

 湿度も高く、どれもこれも使い物なりそうにない。エステリア王国ならきちんと整理し、専門家が研究し、今後に生かす貴重な資料だ。しかし魔法と呪術を主力にするゴートワナ帝国にとって、異世界人の道具は玩具同然で、それに構うぐらいなら魔法の方をどうにかする、という方向性の国のようだ。一応集めてはみたが、という雑さに見受けられる。


「帝王ヴィルヘルムは即位して十年になるが、彼の性格によるところも大きいのだろうな」

「強い魔導士ほど、自分の力を過信する……過信するというか、それに依存してしまうところがありますわ。うちの団長でさえ、そんな感じですもの」


 強い力を持つと、それがすべてになってしまって、手放せず、それを磨く事に邁進してしまう。自分の力を信じたい気持ちが、他の力を排斥させる。魔導士が異世界人を嫌うのは、その意識が高すぎるからだ。


 アルタセルタが、持ち込んだ軽食を口にしながら、つまらなさそうに続ける。


「あたくし、ちょっとあの局員に期待しましたのよ。団長の目を違う世界に向けさせるんじゃないかって。でも、団長ったら、自分には魔法しかないからって、魔法を今まで以上に磨こうって方向に行くんだからもう、呆れちゃいますわ」


「アルタセルタ嬢は、魔導士団長にどうなって欲しかったんですか」


 ローウィンが、ぷんぷんという感じの子供っぽい怒り方をする美女に興味深そうに聞いてみる。


「魔法以外にも果敢に挑戦する勇気をもって欲しかったですの。国の責務とか、そんな事を言い訳にせずに。……後悔するぐらいなら、自分から会いに行けばよかったのだわ」

「男は基本、弱虫で意気地なしなんですよ」


 セリオンが、美女にこき下ろされるここにはいない魔導士をフォローする。


「帝王ヴィルヘルムも、弱虫かもですよ」


 ディルクが続ける。


「王は寝室で眠らず、即位以来、ずっと王座で眠るそうです」


 先王を弑逆して奪い取った地位だ。自分もいつ奪われるか怖いのだろう。しかし怖がっていることを知られたくなくて、あえて横暴にふるまって虚勢を張る。残虐性も幼児性の表れだ、とローウィンは解説する。


「大きな力を手に入れたお子様か、質が悪いとしか言いようがないな」


 それにしても。アルタセルタの話を聞いてると、あの魔導士団の団長もフレイアにベタ惚れに思える。ここにいる誰もが、彼女の話をするときは楽しそうだ。本当に罪作りな子だな、とセリオンは笑う。帝王ヴィルヘルムが彼女の魅力に気づいたら、更にややこしい事になるのでは、とも思った。



 やや緊張感に欠ける雑談の中、コーヘイはガラクタの山から使えそうな物がないか探していた。

 見つけたのは一丁の拳銃。それほど古くなく、状態が比較的良い回転式拳銃だ。作りが単純な分、故障が少ない。メンテナンスなしで放置されていたとしても使える可能性が高い。唯一使えそうな1発の銃弾の径も合った。径さえあえば専用弾でなくても使えるのがリボルバーの強みだ。

 この手の銃は扱った事はないが、見様見真似で撃つことはできるだろう。武器は一つでも多い方がいい。命中精度も有効射程もわからない。自分は射撃の成績はとてつもなく悪かった。だが、持っておく価値を感じていた。


「だめですわ、ほとんど回復しない」


 アルタセルタは、息を大きく吐き出す。

 休んでも魔力は取り戻せない。まるで吸い取られていってるようだ。


「まさか本当に、吸い取られてるんじゃあるまいな」


 ローウィンは不安を口にした。


 だが、もう行かねばならない。今のまま行ける所まで行くしかないだろう。

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